フレイヤの訪問【完結お礼小説】
「久しぶり、フレイ君」
「久しぶり、姉さん。ごめんね、狭いところだけど、どうぞ」
「ううん。狭い方が安心するから」
私はブァン国からアース国へ魔物について学びに来ているフレイの家を訪ねて今日はやってきた。約3年ぶりの再会なので少し緊張したが、フレイは手紙のやり取りを事前にしていた為、普通に出迎えてくれた。
数年ぶり会ったフレイは、あの時より背丈も伸びている。私と同じぐらいだったのに、私が伸びたよりもよく伸びたようで目線が高い。そういえば陽の時もこうやってあっという間に抜かれたんだっけと思い出す。多分これからまだまだ伸びるのだろう。
「狭い方が安心するって、姉さんは相変わらずみたいだね」
「前世から庶民で、生まれ変わても庶民なんだから仕方ないと思うんだけどね」
フレイの部屋は結構狭い。でもちゃんと自炊可能なようにキッチンはついているようだ。風呂やトイレは共同だろう。
前世の記憶があるとは言え、14歳で一人暮らしは中々大変だろう。
「……あのさ。姉さんって、どれぐらい前世を覚えているの?」
フレイに勧められた椅子に座り、お茶を出してもらえたところで、そう切り出された。フレイもこの話題を切り出したはいいものの、言っていいものかどうなのかを迷っている様に見える。
そういえばフレイと前世の話をする事はあまりない。知識確認をしたりする事はあるが、記憶確認はほぼないと言ってもいい。
フレイの前世はヨウ。ユイの弟だ。フレイ自身名前が中々出てこないと言っていたが、それだけは間違いないらしい。前世を思い出したくないというわけではないようなので、あまりその手の話を振ってこないのは、もしかしたら私が死んだところを知っていて気を使っているからかもしれない。
まあ自分の最期なんてあまり気分のいいものでもない。
「あっ。別に深い意味はないんだけどさ――」
「結構覚えてると思うよ。小学校の記憶もちゃんと覚えてるし。流石に幼稚園までさかのぼると怪しいけどね。後、どうして死んだかもちゃんと覚えてるから、別に気を使う必要はないよ」
元々前世ではそれほど仲のいい姉弟というわけでもなかったので、こういった時フレイもどうしていいのか分からないだろう。ちゃんと気にしていない事は気にしていないと私から言わなければ。
「あ、やっぱり思い出したんだ」
「うん。まあ、一度死ななくちゃ転生はできないわけだし。たぶん私、変死扱いだったと思うから、当時は本当に迷惑かけたよね」
「そんな事全然誰も気にしてないよっ!」
フレイの声がいつもより大きくて、その声が途切れると、シンとしてしまう。
何となく、気まずい雰囲気になってしまって、私はジュースに口をつけた。
このまま前世の話をしても面白くないだろうし、一度ジュース美味しいねで話題を変えてしまおうか。今日だって、私はフレイの様子を見に来ただけで、別に前世を語り合おうと思ってきたわけではないし。
「このジュース――」
「たぶん、俺が前世の記憶を持っているのは、姉さんの事が心残りだったからだと思う」
フレイだって話を変えて欲しいだろうと思ったのだけど、予想を外してフレイはそのまま前世の話を私に語った。
「僕さ。たぶん姉さんが好きだったんだけど、どうしていいのか分からなくて。周りは皆姉さんより僕ばかりちやほやするし。でもって、姉さんもそれでよしとしてしまって、一歩引いて付き合おうとするし。思春期迎えて気恥ずかしいだけじゃなくて、どうやったら仲良くできるのか分からなくて――ごめん。何言ってるんだって感じだろうけど」
ああ、きっとこれは陽が生前に私にぶつけたかった言葉なんだろうなと思う。
フレイが陽の記憶を持っているのは、陽が上手く成仏できなかったからなのかもしれない。私の場合は……好きな人が友達の事が好きで、それなのに友達に彼氏と喧嘩したと泣きつかれて、慰めに行こうとする途中で車にひかれたという……しかも、勝手に友達は好きな人と仲直りしたという状況だったからそれが心残りの可能性が……。うーん、我ながら間抜けすぎて涙がちょちょぎれる。もしも本当にこれの所為でユイの記憶が残ってしまったのだとしたら、フレイと違って自分勝手過ぎて誠に申し訳ない限りだ。誰かの為って言うより、間違いなく自分の為……情けない姉で本当にごめん。
「それを姉さんが死んだ後に気が付いたわけで。その後、姉さんの部屋を物色して、日記を読んだり、姉さんの好きだったものをやったり読んだりして、シスコンを拗らせたんだよね」
「えっ?私の日記……読んだの? 後、私が好きなモノって――」
さあぁぁぁぁっと血の気が引く。
「ごめん。死んだ後だけど、勝手に日記を読んで」
「いや、それより。私が好きなものって……えっとどの辺まで?」
むしろ日記より、後者の方が大切な情報だ。すでに『RPGの中心で愛を叫べ』をプレイされてしまった事だけは理解している。もしくはその公式の本も読んだのだろう。そうでなくては、この世界がBLゲームの世界だとフレイが気が付けるはずがないのだから。
その点は前の時に納得し、心の奥底に念入りに鍵をかけて封印した記憶だ。
でも今話してみて、フレイは自分自身をシスコンだとのたまった。死んでしまった姉の部屋に入って日記を読んだりするレベルのシスコンだ。
「基本的に、姉さんの部屋の物はすべて見させてもらったよ。PCの中に入っているイラストも。内容はさておき、上手だよね。そっちの道に進めば――姉さん?! 何してるの?!」
私がごんごんと頭を机に打ち付け始めたことで、フレイが慌ててそれを止めた。
いや、止めないで。止めて。
「う、ううううう。もう一度、記憶喪失になりたい」
でも記憶喪失なんてなりたくてなれるものではないし、フレイヤの時とはまた別の意味でなので、流石に難しいだろう。でも羞恥で死ねる。何で死んだ後に弟に黒歴史をみられたことを知らなくてはいけないのだろう。
ええそうです。同人活動もばっちり行っていました。
入って来る情報だけでは物足りなくて、自家発電ばっちりやっていましたとも。ああ、死にたい。
「だ、駄目だって。記憶喪失なんかになったら。あ、でも。もしも姉さんがそんなことしたら、今度は俺と姉さんが恋人同士で、今は魔王から逃避行中というネタの記憶を植え付けてみようか?」
「……えっ?」
「冗談だよ。俺も近親相姦はごめんだから。でも姉さんが記憶喪失になったら、どんなことするか分からないから、ちゃんと俺の事は忘れずに覚えておいてね」
そう言って、フレイは今日の天気でも言ったような普通の様子で私に笑いかけた。……本当に、冗談だよね? まあ冗談だろうけど。
でも普通、あの黒歴史をみたら、シスコンにならずに家族の縁を切りたいと思うのではないだろうか。実の姉が腐っていましたというのは、フレイにとっても黒歴史な気がする。
「……えっと。ドン引きだったんじゃない?」
正直本当に申し訳ない爆弾を残していってしまったと思う。せめてパソコンだけでもクラッシュさせておけばよかった。鉄バットあたりで、復旧できないぐらいに。
というか、私は変死だったのだし、警察がPCの中まで確認したという事はないだろうか。いや、考えてはいけない。それを考えたら今度こそ本当に精神が崩壊してしまいそうだ。
あれはユイがやらかした失敗としたいが、フレイヤとユイはすでに一心同体。綺麗に混ざってしまっているので、他人の所為に擦り付ける事もできない。
「まあ、びっくりはするよね。普通に」
「だよねー……本当に申し訳ない事をしたというか、なんというか……」
腐っていてごめんなさい。
「でもさ。前も言ったかもしれないけど、姉さんの事を知れて嬉しかったってのもあるかな。僕も姉さんも生前はあまり姉弟らしいことができなかったから。一つ知るたびに、一歩ずつ姉弟に近づけるような気がして」
切れてしまった縁。
それを必死に陽は手繰っていたのだろうか。私のゴミというか汚物に近い趣味もすべて調べるぐらいに。
「だからさ。来世にまで持ち越すぐらい、俺はたぶん根っからのシスコンなんだと思う」
「それでいうと、私もブラコンかもね。やっぱりかわいい弟にはいいところ見せたいし。色々隠しておきたかったなぁと思ったりするわけだし」
今だけの付き合いだったら、ここまでショックも大きくはなかったと思う。
でも陽が手繰り寄せてくれた縁を私も繋ぎたいと思うから。今だけの関係ではなくて、この先もずっと姉弟で居たいから。
「これからも姉弟でいる為に、今日は色々話をしようか。今日来たのも近況報告とかしたくて来たんだし。勇者君とはどう? 他の皆も。フレイ君の家族の事も知りたいな」
終わってしまった前世を無理やり続けるのは歪かもしれないけど、これはこれでアリではないだろうか。こういうのだって、縁の一つだ。
早々体験できるものでもない。
私達はその後、離れ離れだった間の話を尽きることなく話し続けた。
もしも誰かこの様子を見る人がいれば、私たちの事を本当の姉弟だと思っただろう。




