6歳ゆーしゃ、パーティーづくりでくろうする
晴れた空の下、王都を出てすぐの平原。
「え、えええええ~~~~~い」
頼りなく迫り、振り下ろした勇者の一撃によってスライムは破裂し、青い水たまりとなった。
やがてその水たまりも煙となって消え、色とりどりの小さな宝石がいくらか残される。
「はぁ……はぁ……」
今年六歳になったばかりの新米勇者フィーユがへたり込む。
男の子か女の子か、一見すると分からないが、よく見ると端整な顔立ちの女の子である。もっとも、その顔も涙と鼻水でグチャグチャになっているが。
そして。
「や、やった……よくなったぞ、フィーユ……」
血だまりの中倒れ伏しながらそれを見ていたのが、孤児院での兄貴分、十八歳になる兵士Aのミレスである。
ミレスの様子に、フィーユが慌てて立ち上がり、駆け寄った。
「お、おにーちゃん、だいじょうぶ!? ぐすっ……し、死んじゃだめぇ……」
「し、死なない……死なないから、今揺するのは、勘弁……それよりも、薬草を……」
結論から言えば、何とか薬草の回復は間に合った。
だが、フィーユはまだ、グスグスと泣いていた。
ミレスは、そんなフィーユの頭を乱暴に撫で、宥めるのに苦労していた。
「ぐす……ぅえ……ひっぅ……よかったぁ……よかったよう……」
「……試してみて分かったけど、いくらフィーユが勇者でも……やっぱ二人だときついな。そりゃ交易商人達が、護衛達を雇うわけだ……」
国王からの魔王討伐の依頼を受け(断っている間は謁見の間から出られないので、必然的に了承せざるを得なかった)、王城を出たのがつい一時間前の事。
とりあえず、この王都郊外でその実力を試してみたのだが……トドメを刺したフィーユはともかく、それまで彼女の盾となっていた兵士Aなミレスがタダでは済まなかった。
兵士と戦士は似て非なるモノなのである。
ミレスの独り言に、フィーユが涙目を向けてくる。
「う、うぅ……」
「周りが大人ばかりで、フィーユが怖いのは分かるよ。前から人見知りで、俺の後ろに隠れてたもんなぁ」
「う、う~~~~~……」
「……だからといって、北方警備についてた俺をわざわざ呼び戻させるってのはどうかと思うけど。あと一年で、兵役も終わりだったのに……」
「うぐぅ……おにーちゃん、おこってる? ごめんなさい……」
「いや、別に怒っている訳じゃないんだ。ただ、立場的に多少の人付き合いには慣れてもらわないと困るというか……」
うーん、とミレスは唸った。
……真面目な話、自分みたいな兵士Aが勇者パーティー唯一の戦力ってのは、どうかと思うのだ。
北方国境線から着の身着のまま呼び戻されたので、ミレスの装備は長い槍に北方の灰色甲冑(現在血まみれ)である。
……ただ、それでも棍棒に革の鎧という現在のフィーユの装備よりも、よほどマシだ。分類は兵士Aなのに、勇者より装備がいいとかどんな冗談だ。
というか、星詠みの導きが示したとは言え、六歳の娘を端金と棍棒与えて勇者として旅に出すとか、ミレスとしてはこの国の在り方にいささか疑問を覚えないでもない。
「だって……ほかの人、こわかったから……おっきい人とか」
ずずー……と鼻を啜って、フィーユが反論する。
国王の命令で、孤児院に使者が送られて来、フィーユは王城に招待されたのだという。
そこで勇者である事を説明され、同時に旅の仲間も紹介された。
が、それをフィーユは断った。というか泣いた。
「あー、まあ、戦士ってのは大体、あんなモンだと思うぞ? 筋肉ないと、戦士として成り立たないからな」
「お顔も、こわかったの……」
「お前それ、本人に言っただろ。普通に凹んでたぞあの人」
謁見の間の隅っこで、三角座りをして雰囲気暗くしてた屈強なオッサンの姿は、それはもう不気味なモノだった。
「だって……」
「魔法使いの爺さんはどうなんだよ。おっきくもなかっただろ?」
「おっきくはなかったけど……えっち……」
「よし、殺そう」
槍を杖にして、立ち上がる。
何だかんだで、妹分が可愛いミレスである。
何、魔法使いなんて接近すればこっちのモンだ。
その裾を慌てて引っ張るフィーユだった。意外な怪力に、ミレスが素っ転ぶ。さすが幼いとは言え勇者だけあって、その力も大人顔負けだ。
「ち、ちがうから。えっちなのは、そーりょの人に……その……お尻さわったり……」
「……うん、まあ、フィーユとは合わないかな。教育的にも……」
「うん……」
あの爺もダメ……となると。
座り直し、残りの一人を思い出す。
「あ、でもその僧侶のお姉さんは優しそうだったじゃないか。あの人は、どうだったんだよ」
「ぷぅ……」
「何でそこで頬を膨らませる」
「何でもない……」
ぷぃっとフィーユはそっぽを向いた。
「で?」
真面目な話に戻ると、フィーユはブルッと身体を震わせた。
「あの三人のなかで……いちばん、こわい」
「……マジで?」
「せんしの人が服ぬいでポーズとったら、武器であたま叩いたの」
「……脱ぐ方も、大概だけどなあ」
ちなみに僧侶の武器は鈍器である。
「まほーつかいのおじーちゃんがお尻さわったら、武器であたま叩いた」
「お爺ちゃん死んじゃう!?」
はぁ……とミレスは小さく吐息を漏らした。
「……で、全員クビで、王様から誰ならいいかって聞かれて、俺の名前を言っちゃったって訳か」
「……ごめんなさい」
「……ま、いーけどね。久しぶりに孤児院のみんなとも会えたし。けど、やっぱ俺達だけでの旅はきついと思う」
「でも……」
「まあ聞け。戦士というか、盾の役なら俺でも引き受けられる。頼りないけどな」
何せ、スライム相手にこのザマである。
先行きは暗い。
が、フィーユはそうは思っていないようだった。
「おにーちゃん、つおいからだいじょーぶだよぉ……」
「人間相手の喧嘩ならそこそこだけど、モンスターとなるとなぁ。けど、僧侶と魔法使いはやっぱいるぞ? 回復役は必須だし、モンスターの中には武器が効かない奴だっている。そう言う時は魔法が役に立つし、一息で街に戻れる魔法だって使える奴がいるはずだ」
「ぐすっ……おにーちゃんだけだと、絶対ダメなの……?」
フィーユの目尻に、またジワッと涙が浮かんできた。
「……すんげえ長期計画で、俺が僧侶と魔法使いの呪文を憶えるって手もあるけど」
「じゃあ、それ……」
「無茶言うなぁ」
「がんばって……」
涙声で、意外に押しが強いフィーユだった。これも勇者の資質か。
「俺が、すんごい大変なんだってば。それよりも、フィーユが組めるパーティーを作った方がいいって」
「…………」
無言だが、フィーユが消極的反対なのは明らかだった。
が、ここで負けてはならない、と内心踏ん張るミレスである。
「魔王倒して、孤児院に帰ろう。な?」
「おにーちゃんも……かえってきれくれるの?」
一年前、ミレスが成人を迎えて孤児院を出る時、子供達の中で一番泣きわめいたのはフィーユである。
その頭を、ポンポンと叩く。
「ま、年齢の都合で孤児院は出たけど、近くのアパートに住む予定だよ。北方でも料理の腕は厨房で鍛えさせてもらってたから、どこかの酒場ででも雇わせてもらう予定。いつでも会えるって。それも、フィーユの冒険が終わったらだけどな」
「……うん」
「で、だ。人見知りのフィーユとしては、どういう奴ならパーティー組める?」
「……おにーちゃん」
「いや、俺以外で」
超諦めの悪い勇者であった。
その夜。
王都の小さな宿屋のカウンターで、ミレスは呻いていた。
「……どうして、こうなった」
「あの、部屋数どうしましょう」
「四つで」
宿の主の問いに、ミレスは答えた。
が、すぐに裾を馬鹿力で引っ張られ、その身体がガクンと傾く。
「……やだ。おにーちゃんと、いっしょがいい……ゆーしゃめーれい」
裾を引っ張ったのは、フィーユである。
と、抗議するより先に、背中に別の一人がしがみついてきた。
「フィーちゃんずるい! ソルも兄ちゃんといっしょにねる!」
ぶんぶんと元気よく杖を振り回したのは、黒い三角帽子に黒いマント、魔法使いのソルセイルだった。
オレンジ色の髪を三つ編みにした、フィーユと同じ六歳の女の子である。
さらに。
「じゃあ公平にみんないっしょでどうでしょう? よろしいですか、兄さま?」
おっとり笑顔で仲裁したのは、僧侶のモナカだった。
長い青髪に髪飾りをつけ、ドレスを着けさせればそのまま良家の子女でも通じそうな、育ちの良さが伺える。
これまた六歳である。
「……部屋、一つで。あと、違いますからね。これ、旅のパーティーであって俺、マニアックな女衒とかじゃないですからね?」
何とも言えない宿の主に、嫌な汗を流しながら弁解するミレスであった。
……フィーユが、パーティーの同行者として出した条件は「大きくなくて」「エッチじゃなくて」「怖くない」人だった。
該当した魔法使いと僧侶が、二人ちゃんと存在した事も、ミレスには驚愕だった。冒険者ギルド、マジぱねぇ。
「……おにーちゃん、おへや、どこ……?」
「まだ書いてるとちゅー! フィーちゃんあわてない!」
「ところでこのお宿にはおふろはあるのでしょうか……?」
やいやいと騒ぐ、幼女三人。
これからの旅の苦労も何だか予感させるパーティーであった。
「……孤児院時代に戻った気分だよ、まったく」