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六章 閑話休題――私情を兼ねた“葬列”

さあどうぞおいでやす


此方へいらっしゃいな


にやり笑って


薄汚れた手を伸ばしたら


欲望に塗れた(こころ)


見詰めてみよか


この世は不条理


理不尽極まりない弱肉強食の世界じゃ


誰が信じられよか?


誰が味方であろか?



そうして今日も


――一体何度目かの死を迎えんのさ










ソレは、宵闇区の奥の奥――…闇に紛れるようにぽつりと存在している。


……なんて言うと気障ったらしく聞こえるかも知んないけどね?まさに正しく闇の中の闇、宵闇区の中でもなかなか見つからないような場所にあるんだ。


何が?って言うのは……、まぁ、入ったら分かるよ、うん。てな訳で。


「えー、と…。これだっけ」

薄暗い路地裏で腕を組んで指を彷徨わせる。さっきから暇人なのかあからさまに怪しげな方々がちょっかい出してくるし、ちゃっちゃと入ってしまいたいんだけど。

「ううぅぅぅ…、くっそ、みぃちゃんのバカ。ばあぁぁか。なんでこんなに罠を分かりづらくする訳ぇ?」

俺涙目。事務所に入る前の時点で躓くどころかつんのめっている。だいたい幾何学は苦手だってのに、そして相手もそれを知ってるってのにどうしてそれを組み込んでくるわけ?


…………あぁ知ってるよ“面白いから”でしょこんちくしょー!この鬼畜!ドS!いじめっ子ー!!



あれがあぁなってこうなってぇ…、と必死で脳みそフル回転でようやっとドアをオープン。その間もちょいちょいチンピラさん共がふっかけてくるんだから、ホントたまんないよね。まぁ、身の丈に合わずに宵闇まで深入りしちゃったおバカさんズは、軒並みぶちのめした後に物陰に引きずり込まれてったかんね。自業自得だよ。すっきりすっきり。


……バリボリって音とか偶に絶叫が聞こえてくんのは頂けないけどさ。


「…………ま、いっかぁ」






「や、っと…、」


着い、た…。


それだけ呻くように言ってバタンと床に倒れ込む。倒れ込んだ先に罠があるかもとか、とりあえず考えない。さすがにそこまで性格極悪じゃないって信じてるよって言ってるそばからなんか降ってきたしね!


「っとぉ!」


落ちてきた鋭い杭の一本を蹴り落とした勢いで上体を起こし、床にたたきつけてへし折る。後はなんかもう、適当に力付くで片付けて、溜め息を吐いた。

もうやだ。だからここに来るのは大変なんだよ。数日かかるとか、信じられる?交渉だけでも十時間近くかかるってのに、罠に半日以上潰されるんだから、最高に無意義な時間の過ごし方だよね。


「つーかーれーたー」

とは言えばったり倒れ込んでまたさっきみたくなるのは御免だ。胡座を掻いて床に座って、そのままぼんやりと頬杖突いて辺りを見回す。――それにしても。

「またなんか間取り変わってる、しぃ…。」

がらんとした無機質な空間。彼の人が作り出したと自称するこの部屋は、一体どういう仕組みなのか、来る度ごとにデザインどころか広さまで変質する。場所は同じなのに、どう考えてもおかしいサイズに作られているのは、最早感心通り越して呆れる。

そうでなきゃこの街の御三家の一角なんて張れないのかもしれないけれど、物理法則までねじ曲げるとか、まず生物としてどうなんだろう。と思いながら、ちらりと中華風の、無駄に豪華な壁に掛けられた時計を見上げた。


待ち合わせ時間は11時、んで現在11時半。

「―…ったくもう…、時間厳守は社会人の常識だっつうのぉ」

遅いよ、と嘆息混じりに呟くと同時、――いつの間にか現れた気配に、身体は無意識にピクリと反応し、俺は静かに目を細めた。


まるで王宮とかの謁見の間みたいに、無駄に広く豪華で、段になった向こう側に玉座が鎮座する部屋。薄く張られたベールの向こうに揺れる影はまだ出てくるつもりはないようで、楽しげな声が聞こえてくる。




「――さあどうぞおいでやす

此方へいらっしゃいな

にやり笑って

薄汚れた手を伸ばしたら

欲望に塗れた(こころ)

見詰めてみよか

この世は不条理

理不尽極まりない弱肉強食の世界じゃ


…………それ故に、全ては宿命的運命でしかない。…のう?」



刹那。


一瞬の間、瞬きの間にふわりと目の前に現れたのは、巫女装束に近い着物を着た10歳くらいの子供。……いつも現れる瞬間に意識を集中させてるんだけど、未だ捉えられたことはないんだよね。



白髪赤瞳、いわゆるアルビノの色合い。真っ白い髪は足下まで垂れ結ばれることはなく、その奥にはまるで隠すかのように、小さな白い鬼の角が生えている。爛々と血の色に輝く赤瞳は、見た目にそぐわない――てーかもちろん10歳そこらじゃないんだろうけど――完全な捕食者の光を覗かせていた。加えて、幼いながらも人形みたいに整った顔立ちはますます現実味を失わせていて、まるで本当に人形かそれとも生き物ではないかのようだ。

とはいえ本人は、この年代が一番楽だし(色々と)気に入ってるからこの年で止めてるだけらしいけど。



「……話の繋がりが見えないけど、それはそうだねぇ。全ては成るように成るって奴ぅ?――――ま、それはそうと、久し振りぃ、みぃちゃん」


玉座じみた立派な肘掛けに優雅に腰掛け、ふんぞり返って腕を組むみぃちゃんに俺は苦笑した。ニヤニヤしながら応と答えるところも相変わらずで、溜め息が出そうだよ。


「猫も変わらず元気そうで何よりじゃ。…とは言え、平和だった訳では無いようじゃがのう?」


あの、みぃさん。

そんな偉そうに背もたれ寄っ掛かって頬杖つきながら言われても、「元気そうで何より」って言葉に全く説得力無いんだけど。寧ろ、黄昏連れて来んかい、お前じゃからかい甲斐ないんじゃボケェ、て顔してるんだけども。


「…うん、だからさ。問題はちゃっちゃと解決しちゃいたいんだよねぇ」

ほら、俺って平和主義者だからぁ?と、にっこり笑って人差し指を頬に当てる。みぃちゃんには鼻で笑われれたけど、その目は大変楽しそうだった。調査結果がお気に召すものだったみたいで良かったよ。

「ひっどいなぁ、……黄昏じゃなくて俺が来たからってそんな拗ねないでよぉ。あんまりみぃちゃんが黄昏いじめるから、黄昏ここに来たがらないんだよぉ?」


これはホント。黄昏って外的な基本設計俺様だし、対人じゃ大体堂々としてるんだけど、みぃちゃんに対しちゃもう警戒しまくりんぐの苦手意識持ちまくりんぐだからね。初対面であからさまに玩具見る目ぇするからだよ。

「それこそヒドいもんじゃのう。我は涙々ほどではないにしろ、黄昏も可愛くて仕方ないのじゃよ?」


さびしいもんじゃ、と着物みたいな銀の糸が織り込まれた袖でよよと目元を押さえるみぃちゃん。一見さんは騙されるクオリティーだね。ちっちゃい子供を泣かせてるみたいで何とも居心地が悪い。


――なぁんて、俺はもう慣れたけど。未だに決まり悪そうにもぞもぞすんのなんて、宵闇じゃ黄昏ぐらいっしょ。そんなだからみぃちゃんに遊ばれるんだよ。


「ま、そんなことよりぃ。――……調査結果、どうだったのぉ?」

ゆっくりと首を傾けると、どうやらお仕事モードに入ったのかみぃちゃんは更にニヤニヤ笑いを深めた。普通逆だろって感じだよね。人が人を陥れるのを見てるのが楽しいとか、ほんと性格悪い。俺も人のこと言えた義理じゃないにしろ、みぃちゃん程じゃないからね。


「あぁ…―なかなかに面白い結果であったぞ」


そう言ってみぃちゃんがパチンと指を鳴らすと、俺の目の前に紙…―の束が落ちてきた。あ、くそ、また見れなかった。チッと小さく舌打ちして、掴んだ紙に目を通す。

「んーんー……なぁる、やぁっぱ国が一枚噛んでたかぁ」


あっちゃぁ、と自分で軽く額を叩くけど、まぁこれは予想の範囲内。むしろ問題は…―




「禁術、ねぇ…、」


あぁあと溜め息を吐く俺に、みぃちゃんはククッと笑って目を眇める。

「正しくは、禁断の儀式、というやつじゃの……。向こうさんの同意が有らねば死ぬはずじゃが、クスリを使ったか、内通者を使ったか―…。そこまでは、密室の出来事という奴じゃ、情報は出んかったよ」


適当に補足して、みぃちゃんはパサリと扇で自らを扇ぐ。つうかアレ、いつの間に出した。


「やぁねぇ、もう…。プライドと無駄なポリシー有っての方々でしょーよ。それをこんな、」


無理矢理な力業で、と頬に手を添え呆れ返る。あんまり自分本位だと白けちゃうじゃん?まぁさりげなくリードすんのが一番ってねぇ。……………え、なんか変なこと言った?


またまたついた溜め息に、今度はみぃちゃんのものも重なる。


「本当にのう。アホなプライドと実利を天秤に掛けて四苦八苦する時代おく……伝統を重んじる奴らを眺めておるのが一番愉しいのに」

「言い直してもダメだから。そこだけ変えてもおおよその意味が伝わっちゃってるから」

「だってのう、奴ら、どこで聞いておるか分からぬではないか。何やら虫や畜生の如く小そうなって、悪趣味に人の話を盗み聞いておるであろう?」

「ねぇ完璧に意味がないってばむしろフォローどころか悪化してるんだけど」


え、なにこのすごく無意味な攻防。どうせ自重する気無いなら堂々と陰口叩いて総攻撃されちゃえばいいのに。


げんなりしつつ胡乱な目でみぃちゃんを眺める。まあそんなこと言ったってこの人――人じゃないけど――がくたばらないのは百も承知だし、喧嘩を仕掛けるバカだってそういない。だからこその“不可侵”で、中立だ。


考えて世の中の理不尽さというやつに嫌になりながら後払いの依頼金を払って背を向けようとすると、…――ぐるり、体がぴったり180度回転する。あ、言っとくけど縦にじゃないから。まぁつまりは、端的に言えば強制的に振り替えさせられたって訳で、相手とかそんなの、目の前の根性ねじ曲がるどころか絡まりまくった性悪蛇しか居らんでしょう。


「………で?」

「で、ってぇ?」

玉座に座って足を組んだみぃちゃんに頭を掻きつつ眉尻を下げると、みぃちゃんはニヤニヤ笑いを浮かべたままフッと息をもらした。

「とぼけるでない、あの坊主……―。どうするつもりじゃ?」


いくら見た目が幼児と言えど、中身は何千年と生きてきた化け物で、百戦錬磨のキレ者だ。スウと細められた瞳には、見惚れる程に愉快犯じみた表情が覗き、俺の一挙一動発言の端々まで逃すまいと煌めいている。――――全く、相変わらず保身と暇つぶしとルイルイのことでは意味分かんないくらい一生懸命になる人だよねぇ。

苦笑して、体をきちんとみぃちゃんの方に向けると、みぃちゃんは満足したように、その整った唇をうっすらと楽しげに開いた。

開いた隙間から、先の割れた赤い舌がちろちろと覗く。………うわぁちょっと食べられそうで怖いんですけど。むーちゃんじゃないんだから俺のこと喰わないでね。


「……しゅーやくんのこと、だよねぇ?」

「“しゅーや”?」

誰だっけ、と言いたげにみぃちゃんは首を傾げた。自分から話振ってきたくせにド忘れとか。まぁみぃちゃんは黄昏と同じで興味ないことは覚えない人だからね。いつものことだけど。


うん?と首を傾げ10秒ほど考え込んでいたみぃちゃんだけど、ようやっと思い出したようであぁ、と手を叩いて唐突に顔を上げた。


「分かりやすくまとめることか?」

「……もしかして、集約じゃなぁい?」

「おぉでは、社長とか専務とか、」

「…それは重役ぅ」

「お月様が綺麗な」

「十五夜ぁ」

「お主も悪よの「それは越後屋!」


って、いうか…


「どんどん遠ざかってるし、しかもすげぇ下手くそ!第一別にそういうボケを期待した訳じゃないんだけど!?押すなよ押すなよみたいなフリじゃないからね!?」

「やだぁミカってばちょお空気読めてないしー。マジKYじゃなぁい?つうかぁ、ダチョ○倶楽部とか世界観破壊すんなしー」


「みぃちゃんは自分のキャラを破壊するのやめよう?登場したてで早速キャラ迷走させる気なの?自爆テロなの?」


なんだかんだ。

そんな感じで言い合って、げんなりした俺ががっくり肩を落としてみぃちゃんを見ると、みぃちゃんは満足そうにうんうん頷いていた。


「分かっておるわ全くうるさいのう……。件の少年の名じゃな?」


仕方ない奴だなみたいな目で見られて一気に殺意がわく。

あれ、どうしよう。殺して良いかな。


「…………まぁ、そうだねぇ。その子だよ、斎藤修哉くん」


俺は大人俺は大人俺は大人。ヒクヒクする口元は頑張って無視して、答える。みぃちゃんは…………いつの間にか漫画を熱心に読み耽っていた。わあムカつく。


「……………………、とりあえず、しばらくは様子見かな」

「ふむ、ま、妥当な選択かのう」

視線は漫画に落としたまんま、不愉快にニヤニヤしているくせに、返事はきちんと返ってきた。


「だけど、そうだな……。―――あと一週間てとこ?」

「ずいぶんと急くのう」


そんなに急ぐことも無かろう?と顔を上げたみぃちゃんは、きっと答に気付いているくせに。わざわざ俺に考えてること全部喋らせようとするんだから、訳分かんない人だ。


「待てないのは―…俺たちじゃないよ。さっさと事を終えたいと思って焦ってんのは、向こうさんの方」


ざわりと揺れる胸の内とは裏腹に、俺はすうと目を細めた。


俺自身よりもずっと高潔で敏感な、人に非ざる血が騒ぐ。奴らを許すな、と下らない正義を翳す。馬鹿馬鹿しい、俺は俺のために生きるのだ。そんなものの為に行動するのでは、ない。大体にして、


「俺や黄昏んときとは、勝手が違うでしょーよ…」

「で、あろうなぁ。全くもって、盲目な人間ほど恐ろしいものはない」


小さな呟きにも耳敏く反応したみぃちゃんがフランクに肩を竦めて、それからつまらなさそうに欠伸を漏らした。目尻に小さな雫が浮かぶ。


「……という訳で、猫、お前早う帰れ」

「……はい?」

「だから、帰れと言うたのじゃ」


いやいやいきなりすぎるから。何が“という訳”だよ。


とか反論する暇も無く、身体はずるずると出口の方に押し出されていく。倒れそうになった身体を慌てて立て直して、俺は悲鳴に近い声を上げた。


「ちょっ…、みぃさぁん!?」

「我はこれからお昼寝たいむなのでの、さっさと帰れ。邪魔じゃ」

「あんたが引き留めたんでしょ!?ちょ、…馬鹿じゃねえのぉおおお!?」

ガンガンとあっちこっちに―――…故意だとしか思えない――ぶつけられながら、俺は部屋という名の異空間を出たっていたたたたたたふざけんなよあのチビ絶対次来たら泣かす!どうせ無理だけどね!!





痛い痛い痛い痛い痛い痛い!?ちょ、人体の急所ぉぉお!……と相変わらず愉快な悲鳴が遠ざかるのを、ひじを突いたままひとしきりニヤニヤと楽しんで、それから、――ふっと柘榴木惡知(ざくろぎおろち)は表情を消した。


つまらないなと真っ白い髪をいじっていると、飛んできた声に意識を切り替えた。



「―――…涙々か?あぁ、……さすがじゃな、この距離で気付いたか」

『――――…』

「まぁ確かに、専門外の我ですらびびっと来るからのう……。涙々なら離れておっても感じる、か」

『…――――?』

「ん?…いや、深刻な話ではないよ。今はあやつが不在な所為で揺らいでいるというのもあるのだろうさ。ただ、そう―――、」


静かに顔を上げる。

愉快犯じみた表情はすでに消えて、考えの読めない…しかしどこか痛々しげな表情が浮かんでいた。



「まだ、古傷はそう簡単には塞がらんか」

『……………』



はぁ、と溜め息をついて、惡知は今し方部屋を追い出した一人の青年を想った。





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