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二章 電気のない都市

「…んで?」


in・事務所。

とりあえずお話を聞きますかということで、リリィと少年と黄昏と俺、四人でここに戻ってきていた。黄昏によると、五番街の入り口付近で人攫い(キッドナッパー)に言葉巧みに拐わされそうになっていた少年を助けた、ってことらしいけども。


そんなことをつらつらと考えながら、俺はソファで縮こまる少年を目の前に首を傾げる。ここは宵闇町、その中でも知る人の少ない抜け道を通ってしか辿り着けない五番街。何も用のない人間が訪れるはずもない…ていうか真っ当な人なら一生来る機会なんて無いだろう場所だよ?


「そんな所に君みたいな少年が来るなんてぇ…」


よっぽどの事情ぉ?と下から覗き込んで尋ねると、顔を背けられた。ひどい。


どうしたらいいのさ、と困る俺と相変わらず顔を背けたままの少年を少し呆れたように眉を寄せながら見て、それからため息を吐いた黄昏が少年に声を掛ける。


こう見えて黄昏は子供受けがいい。男前だけど目線の鋭い黄昏は、愛想がいいとはいえないのにだ。何それギャップ萌え?じゃあ保育士さんにでも転職すればいいんじゃないの?…俺は笑ってても逃げられるばっかなのに。―……うんごめんなさい八つ当たりです。ていうかただのやっかみ?


一人でどよんと落ち込む俺に、うわまたやってるぜこいつ的な顔をした黄昏が近寄ってくる。…ごめんなさいねぇ子供と会話一つ出来ないダメ人間でー。

「…子供に好かれる奴みんな死ねっ。」

「…急にどうした。」

「あ、声に出てたぁ?ごめん気にしないでぇ。…そんで、少年は何だってぇ?」

え、敬語じゃなくなったら途端に喋り方がウザイって?いやいやこれが俺の標準装備だもん、しょうがないしょうがない。慣れて、いや慣れろ。


「ん、…母親を探してほしいそうだ。」

「…え?」

黄昏の最初のん、が可愛くて聞いてなかったに一票。――…違うよ?別にBでLな関係とかじゃないからね?二人ともマジ女の子大好きだからね?…黄昏は知らないけど…とにかくホントなんだからっ!


…と思いながら珍しく眉間にしわを寄せたら、黄昏が何か勘違いしたようで軽く溜め息を吐いた。

「それだけでここまで来るなんて、普通なら信じられねぇ話だが…、」

そう言って脇のソファで小さくなっている少年を見て、また溜め息。そんなに溜め息吐いたら幸せ逃げるよ?そして結局どんな案件?


「――政治家の知り合い「宗一郎おじさんは父さんのお兄さんです。」…そうか、悪い。まぁその宗一郎おじさんってのに母親捜索の助力を頼んだら、ココを紹介されたらしい。」

なるほど、母親捜索ですかー、と頷いた俺の思考が黄昏にもバレてたのかなんか怪訝な顔された。やべぇやべぇ、これは話題を変えなきゃ。


「ふーん…そっかぁ…宗一郎おじさん、で政治家ってぇと、加賀美宗一郎氏かねぇ?」

「加賀美?って…あぁ、たまに来る狐みてぇなオッサンか。弟がいたなんて初耳だな。」

不思議そうに首を傾げる黄昏くんは、いい加減そんな動物みたいな感じに人のこと覚えない方がいいと思う。名前で覚えろ名前で。と苦笑しながら、確か妾腹の弟さんがいたねぇ、と教えてやる。


「「…妾腹、」」


同じセリフを呟いて、だけど表情の違う2人のコントラストが面白い。こんな町にいて特にこんな場所でそんな話聞き飽きるほど聞いてる黄昏の呆れたような顔と、まだ幼い…って言っても10歳くらいか――少年の、妾腹?何それ?な顔。

いいねぇ、純粋で。


「―…あの、」

俺はニコニコ2人を見つめてるし、黄昏はむすっとしてるしで落ちた沈黙に乗じるように少年が口を開いた。…あれ、今さらだけどこの子の名前知らないや。


「ねぇねぇ少年、とりあえず君ぃ、名前はぁ?」

「…人に聞くときは、」

首を傾げ尋ねると、質問を無視されたのにムッとしたのかそれとも相当俺を警戒してんのか、なかなかに賢い切り返しをされた。…これは、先に自分が名乗れ、って意味だよねぇ。


「…あぁなるほどぉ。ええと、俺は猫谷三日月、気軽にミカさんって呼んでね?んでこっちは、」


ちらりと黄昏に視線をやると、一度瞬きをして返事を返される。

「さっき教えた。」

「…んー、そかぁ。んでぇ、今度こそ君の名前はぁ?」

振り向けば、少年はぎこちなくこくりと頷いた。いやいや、だからほんと警戒しすぎだよ。何なの?泣くよ?

「…斎藤修哉です。」

「ありゃぁ、そりゃあ…」

「ミカ。」

普通、と言いかけた俺に黄昏が言葉を被せる。余計なことは言うなと目で訴えてくるのはいいけど…顔怖いよ。初めて見た人にはきっと伝わんないって。

「はいはーい。…んで、しゅーやくん、質問があったんだよねぇ?なぁに?」

まぁ、俺の知り合いには普通じゃない名前の人しかいないからそう思うだけかと自己完結して首を傾げる。


…アレ、目ガ合ワナイヨ?俺の自意識過剰?

「…泣きたくなってきたぁ…。」

「あの、」

「あ、ごめん気にしないでぇ。…それでぇ?」

はい、と頷いて口を開いたしゅーやくんとは、やっぱり視線が合わない。…うん、別にいいんだけどね。

「僕、おじさんに道筋を教えられてとにかくここに行け、って言われただけで…。どんな所なのかも、なんて所なのかもよく分かってないんです。…―宵町五番街、って?」

「―…あはぁ、」

「そこからか…」

俺はもはや笑うしかない。そして黄昏はまたまた溜め息をついて額に手を当てていた。…ギャラは加賀美氏から貰えんだよねぇ?


「ちょっと長くなるけどぉ、いいかなぁ?」

「よろしくお願いします。」

「じゃあえーと、まず街の構造から、ね?」

めんどくさいなぁ、と思いながら、俺は口を開いた。




宵町五番街。


――正確には、幻影(まぼろし)町宵区五番街。

三区分された幻影町の最奥部にあり、また最も危険なのが宵闇区である。まぁなぜ宵闇町と呼ぶかというと、ただ単に宵闇区だとゴロが悪いというだけの理由なのだが。


それはさておき。


幻影町は、それ全体が“お国”では危険地帯とされる場所で、他所よりぐっと治安は悪い。けれど、町の中でも治安の悪さには更にレベル分けがあるのだ。


まずは、幻影町の入り口に位置する(あかつき)区。学生の不良やチンピラ、並みレベルの893さんなど、比較的一般人に近い人間の彷徨く場所である。治安の悪さでいくとそこらの繁華街と大差ない。


次に、ちょっとヤバいぜ?な黄昏区。いかにも怪しげな人間ばかりが彷徨き、気を抜けば売り飛ばされるような町。暁区でこの町をなめてかかった新参者が、ここで痛い目に遭うことが多い。あと黄昏まで来るとちょっと人外チックな奴らも出てくる。


そして最後がここ、宵闇区。もはや非人間・異能者しかおらず、そうでなくては生き残れない。普通の人間が入り込めば即、死、または奴隷の仲間入りだ。更に宵闇区の怖いのは、誰も助けてはくれないということ。たとえ力があっても、暗黙の了解“弱肉強食”。他人のことには首を突っ込まないのが宵闇区のマナーだ。



「…んーとぉ、ここまではOK?」

「―は、い。」

引きつった顔で頷くしゅーやくんは、やっと自分があまりにも危ない場所に来ていたと気づいたらしい。そんな…と絶句していた。気付くの遅いよねぇ。思わず小さなため息を吐くと、しゅーやくんはびくりと 肩を震わせる。――…いやごめん、俺、そういうのウwゼwエwって思っちゃう人だからさ。

「うん、まぁ、しょーがないよぉ。てゆかさ、何も教えずにこんなとこにぶっ込んだ叔父さんにも責任あるじゃぁん、ソレ」

一応フォローした俺に続いて、チラリと窓の外を見た黄昏が言う。

「もう日が暮れた。すぐに暗くなんのに今更帰れねェだろ。―…とにかく事情、説明してみろ」

「…はい、えっと、それは…」

眉を寄せ下から見上げてくるしゅーやくんにニコ、と笑う。俺らは他の脳足りん共と違って弱者の味方だからね。…なんつって。

「うん、依頼は受けるよぉ。お母さんを助けたいなんて健気な少年を捨ておけないしぃ?」

なぁんて、嘘八百並べ立ててみる。ま、実際のとこはさ、あのおっさん、やっぱ政治家だけに金払いすげえ良いんだよね。俺は身内以外に優しくはしない主義なんだ。表面上はさておき。でも一応そんなん言う訳には行かないし。……信じてくれたかな、くれたよね、お外の子だもん。幻影町の子はねぇ、うん、怖いよ、すっごく。なんか殺伐としてる。

「っ良かった!じゃあよろしくお願いします!」

そんな俺の内心などつゆ知らず、パア、と表情を明るくさせた少年は若干深刻な声で言葉を続けた。ところでさ、この位置からだとめっちゃつむじが見えるわ。あ、若白髪みっけ。おぉう、結構ある。…いやごめん、真剣に聞けって話だよね。


「――僕の母は、斎藤万(さいとうよろず)といいます。歳は…確か、36。いなくなったのは二週間前です。スーパーのレジ打ちのバイトをしてて…夜はいつも8時には帰ってくるんですけど、その日は夜中になっても帰って来なくて。遅くなるとは聞いていたので気にしないで寝たんですけど…、学校に行って、帰って来て夜になっても母はいなくて。これはおかしいと思っておじさんに相談したんです」

「…うんとぉ、じゃあこの時点での疑問、差し当たって二つイイかなぁ?」

一度言葉をきった少年を眺めながら、俺はそう尋ねる。しゅーやくんははい、と言って小さくこくりと頷いた。

「まずはぁ、警察には連絡したぁ?叔父さんと仲が良かったとしてもぉ…ふつーは警察に連絡するもんでしょ?」

ん?と顔をのぞき込む。警察に知れてるかどうかは、今後の意向に大きく関係して来るもんでね。確認しときたいのよ。

「一応、叔父さんに電話した後相談しましたけど…あんまり、大事だと思って貰えてない気はします」

しょぼんと肩を落とすしゅーやくん。うーん、ま、そんなものか。ただの失踪としか思えない状況に警察が本腰入れるとは考えにくいよねぇ。だけど、この少年がそう考えたのはなんでなんだろ。

「しゅーやくんはぁ、どうしてそう思ったのぉ?」

「事情を説明しに行ったとき…頼れる親戚はいるかとか、学校は行ってるかとか、僕のことばっかり聞かれて。―…お母さんのことは何も聞かれなかったんです」

不満げな表情は、ふむ、こんな時にのんきに学校行ったりなんかできないって気持ちの表れだろうか。まぁ人生そんなもんだよ。子供がその後大丈夫そうなら、ほぼ影響はないもんねぇ。

「OK、じゃあ他には何か?」

「あ、えと…これ、お母さんの履歴書と、あと、写真です」

「おー、どれどれ」

差し出された紙二枚に手を伸ばすと、その手が届く前にピリリリ、という電子音がした。

「ッぅわ!」

「あ、ごめーんしゅーやくーん。――黄昏、いてらー」

「俺かよ…、」

はぁ、とゆるくため息を吐いて前髪をかきあげ、それでも踵を返していった黄昏の背中に軽く手を振ってから、今度こそ正面に向き直り紙を受け取る。少し戸惑った様子のしゅーやくんに、たぶん叔父さんだねぇと補足しながら紙に目を通した。

「…あのさぁしゅーやくん、」

「え、あ、はい!」

「つかぬ事をお聞きしますがー…お父さんは?」

黄昏がいないタイミングで思い出して良かった。息をつきつつ目は紙に落としたままでいると、彼は静かにポツリと呟いた。

「詳しいことは、よく…分からないんですけど、僕が小さい頃病気で、って言ってました」

「ん、なぁる…。じゃあ、お母さんでもお父さんでも、おじいちゃんおばあちゃんと連絡は?」

「お父さんの方はおじいちゃんがもう、あの、死んでて…おばあちゃんは入院してるんです。お母さんの方は、会ったこと、ないし」

また、俯く。にしてもしっかりした子だなあ。普通これぐらいの頃はもっと落ち着きがないもんだと思う。もしこんな状況に陥ったらパニックになるよね、絶対。ところでさ、不自然なくらい親戚いなさすぎじゃね?真っ先に連絡取れるであろう祖父母が全員連絡不可状態とか、マジどんなご都合主義よ。


「…あの、それと…―」

おずおずと再び口を開いたしゅーやくんにハッとする。いけないいけない、ボーっとしてたや。ペシミズムに浸ってる場合じゃあないよ。パチンと軽く自分の頬を叩いて、なあに?と彼に向き直る。

「え、っと…母の、行方なんですけど、」

「あぁ、そのことなら大丈夫だよぉ」

何故かひくりと頬を引きつらせて言ったしゅーやくんの言葉を遮り指を鳴らす。

「近くに優秀なじょーほーやさんがいてねぇ…その人に依頼しようと思ってるから」

「…そう、ですか」

まぁその分コストはかかるけど…その辺は加賀見氏に頼めば何とかなるしょぉ。下手に今誤情報聞いちゃって見当違いの捜査するよりはいいしね。たぶん加賀見氏が調べた母親の“推定範囲”を言おうとしてたんだろうけれど。…しかし奴さん、のってくれっかねぇ。


そんな事を考えながらソファでごろごろと寝転がっていると、黄昏が帰って来る気配がして俺は顔を上げた。

「んー…、っかえりー」

「あぁ、…ミカ、ちょっといいか?」

「いやん黄昏くんたらせっ・きょ・く・て・kぐほぁ!?」

殴られました。しかも結構全力で。冗談の通じない奴だぜ、このまじめっ子め!――いや仕事だけだけどな。でもそんな所もスキ!!(注:この作品はフィクションです)


とか心の中だけでダラダラと考えながら、僕、ハラハラしてる!と言いたげな顔をしてこっちを見るしゅーやくんと目を合わせて、追い払う様にしっしっと手を振ってから部屋の奥を指差した。

「…え、と、」

「あっち寝室だからさぁ、適当に服みっけて寝てていいよぉ。今日ふつーに波乱万丈で、疲れたっしょ?」

ね、とにっこり微笑むと、少年は不安そうにこちらを見てくる。

「二人は…、」

あらあら、そこ突っ込んじゃダメっしょぉ。つか普通突っ込まんしょー。空気読もうぜ。

一人で不安なのかしらねぇ。

「んー、俺らは今から仕事の打ち合わせしなきゃだからさぁ。あれだよ、夜こそが我らの時間的な」

うんうんと腕を組んで一人納得していると、しゅーやくんはちょっと怪訝そうな顔をしていたけど小さく頷いた。

「分かりました、…おやすみなさい」

「はーい、おやすみん」

「…おやすみ」

黄昏は返事をしてから部屋を出て行くしゅーやくんにそう手を上げて。俺はソファにだるんともたれ掛かったままニコニコと笑みを送った。



「――さぁてと、じゃあつまんない話しよっかぁ。」

「つまんねぇとか言うな」ゆるゆると吐息を零した黄昏がソファに座るのを眺めながら、俺はヘラヘラと笑った。だって。ちょーばっかみたいだけど、心情的にはちょっと不快だけどさ。楽しくなりそーな、予感。

「ふふふ、ごめんごめぇん、で、加賀美氏はなんだってぇ?」

自分の膝に頬杖をついたまま、俺はこの先を思い笑った。


――幻の夜はそれぞれに。今日も静かに残酷に、更けて行く。

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