ジコショウカイ (中篇)
あぁ、きた。ついにきてしまった。
自己紹介をするLHRの時間が………。
俺は重く圧し掛かってくる空気に従い上体を机へと預けた。
「その様子からすると…まだ諦めてなかったんだね」
青戸はその顔に若干苦笑を浮かべながら話しかけてきた。
それに対して俺はのそり…と体を起こし、青戸の方を振り返った。
「お前も戸鞠も“諦めろ”って言うけどさあ、そんなすぐに諦めがついたら最初から悩んでないって」
「あー…そうなんだよね」
俺は半眼でジトリ…と青戸の方を見て言うと、青戸は苦笑の色を濃くし、困ったように右手を自分の首の後ろに持って行く。
俺は別に自論を言っただけで、困らせようとした訳じゃないんだけど…。なんとなくその空気が嫌になり紛らわせようと言葉を続ける。
「別に…俺に回ってくるまで結構あるし……それまでに他の奴らのを参考にして考えとくからいいんだけどさ」
「…えぇ~、いいのかなぁそんなので」
青戸の顔には苦笑が浮かんでいる。しかしさっきまでとは違う苦笑を顔に浮かべて笑っていた。
○●○●○
「LHRを始めるぞー、自分の席に着けー」
本鈴が鳴ってから少し遅れて担任は教室に入ってきた。
俺のクラスの担任は30代前半の男性教諭で、名前を宇代 八柳という。繋げて読むと1つの名字のような名前なので、生徒からは宇代八柳先生とフルネームで呼ばれている。
宇代先生は…なんというか…とてもフレンドリーな人で、生徒のことを呼ぶ時も名字ではなく名前の方で呼んでいる。
呼ばれている方としては良いような悪いような、なんとも不思議な気分だ。
「昨日も言った通り、今日は1人ずつ自己紹介をしてもらうからなぁ」
ではさっそく、といった感じに宇代先生は窓際列の一番前に座っている男子生徒を見て名前を呼んで促した。
自己紹介は着々と進んでいった。
皆一様に名前、好き嫌い、趣味などを言って、最後に挨拶をして席に戻っていくようだ。
あぁもう少しで俺の番だ。
初めの方は意識して気持ちを落ち着かせようとしていたが、段々と自分の番が近付いてくると自分ではどうしようもできなくなり、息までもがうまく吐き出せなくなってきたのか、胸のあたりが苦しくなってくる。
そんな時、背中をツンツンと突く感覚がした。
人が焦ってるときに、なんの用だ青戸は!!!
俺が後ろを振り返ろうとすると………。
―――ぷに。
「…何がしたいのかなぁー、青戸く~ん」
俺の右頬は現在青戸の人差し指で突かれている状態だ。
何気に痛い。
「いやぁー、珀くんの体がどんどん収縮しているように見えたのでちょっかいを出してみました♪」
……なんで俺はこいつと知り合いになったんだろう。
てか、こいつの性格、初めの頃から比べると段々と悪くなってきてね? 段々とSっぽく…。
えぇー!? 俺は N だ!!!
「珀くん、順番」
………
……………は?
青戸の言葉で前を振り返ってみると前の席のやつは俺の方を見て、どうしたものか…という顔をしているし、周りのやつらもチラチラとこちらを見ているようだった。
え、俺の心の準備の時間は? 無しなの? 無しなの!?
「琥珀ー、自己紹介しろー」
…あぁ、これはホントに諦めなければいけない感じなんだな。
俺は軽く項垂れながら立ちあがり、教卓の方へと歩いて行った。後ろから青戸の、がんばれ~という間延びした声が聞こえたような気がした。
よし、戻ったら殴ろう。
教卓に立ち、前を見ると…うわ、七十前後の瞳。
さて、まずは名前だよな…。
「えー…と、木登 琥珀です。趣味は読書と睡眠です。……よろしくお願いします」
あ、終った。いろんな意味で終わったー。
俺は最後に軽く会釈をした後、即座に席に戻った。…青戸を視界に入れないようにして。
なぜなら青戸の方から感じられる空気というか雰囲気というかオーラというか…その何かがなんとなく嫌な感じがしたからだ。見たら終わりだ、と。