タッパーと野菜
暖かくなると、決まって生ゴミの周りに奴らが現れる。
ついさっき袋を縛って捨てたばかりだというのに、二時間もすれば、どこからともなく羽化した成虫が視界を掠め始める。羽音を立てるわけでもない。ただ、網膜の端をチラチラと不快な影が過るだけで、神経がじわじわと磨り減っていく。
手で叩き潰せなければ、殺虫スプレーを吹き付けるか、電撃ラケットで焼き切るか。あるいは、誘引剤を入れた捕獲器を自作するのも悪くない。
今日もすでに、十匹近くを虚空から叩き落としていた。
「……また湧いてる」
何度潰しても、どれだけ捕らえても、奴らは無限に湧き出してくる。
鼻を突く腐敗臭を我慢しながら三角コーナーの裏まで文字通り這いつくばって出所を探したが、その発生源たる幼虫や蛹の姿を、この目で目撃したことは一度たりともなかった。
普通のハエであれば話は違う。大抵の場合、それなりのサイズに育った蛆虫が、ゴミの底や隙間でウゴウゴと蠕動しているのがはっきりと目視できる。その悍ましい姿を経て、不快に飛び回り、人間に駆除されるのが一般的なサイクルだ。
ハエの幼虫といえば、マゴットセラピーという医療技術が存在する。
無菌状態で特別に飼育されたウジを患者の傷口に放ち、壊死組織を掃除させる治療法だ。ホラー映画のショッキングな一場面のようだが、これは立派な近代医療である。糖尿病などの合併症によって腐り落ちた皮膚や肉だけを、ウジたちが正確に溶かして貪り食う。生きている健康な組織には一切手をつけず、悪くなった部分だけを狙い撃ちにして治癒を促す、言わば『救世主』なのだという。
どのようなメカニズムで生肉と死肉を嗅ぎ分けているのか、正確なところは知らない。ただ、海外のアングラな動画投稿サイトを開けば、人間の口腔内にウジがびっしりと湧いている映像や、包帯を外した瞬間にウジがポロポロと床へこぼれ落ちて蠢く、悪趣味な症例記録を閲覧することができる。
だが、そんな医療の神秘を持ち出したところで、日常生活における奴らが害虫であるという事実は揺るがない。
何より、大人になってから見る虫の気持ち悪さには、形容しがたいものがある。
子供の頃は平気だった。芋虫もカナブンも、オケラやタガメだって見つければ歓喜して素手で捕獲し、虫籠に入れてはいつの間にか死なせていた。アオダイショウや大きな蜘蛛も平気で掴んで振り回して遊んでいたものだが、今の僕にはもう、そんな芸当は到底不可能だ。
都会の、虫のいない無菌室のような生活に慣れきってしまったからだろう。自室の天井に見つけた小さな蜘蛛の巣一つでさえ不快感を覚え、ティッシュを何重にも厚く重ねて慎重に絡め取っている始末だ。
もっとも、ゴキブリに関しては、今も昔も生理的に受け付けない人間が圧倒的多数派だろうが。
口の開いたゴミ袋を見つめながら、そんな現実逃避に思考を割いている場合ではないと首を振る。玄関へ向かい、強力な殺虫スプレーを手に取った。
もし、このまま生ゴミを放置し続けたらどうなるか。
冷静になって考えれば、なぜそんな突飛な実験を思いついてしまったのか、今では激しい後悔しかない。
答えなど、試すまでもなく明白だった。生ゴミはひたすら悪臭を放ち続け、小蠅やその他の害虫が際限なく湧き、台所が悲惨な地獄絵図と化すだけだ。
しかし、その時の僕は、別の疑問に囚われていた。
──この小蠅どもは、一体「どこから」来て、いつ卵や幼虫を産み落としているんだ?
インターネットが普及した現代、そんな疑問の答えはネットの海を数秒泳げばいくらでも拾い集められる。だが、実際にこの目で見届けるまでは納得できない性分が、僕の足を奇妙な検証へと向かわせた。
ひとまず台所に戻り、問題のゴミ袋を固く縛って収集所へと叩き込む。スプレーを片手に室内へ戻ると、残存個体を殲滅するために、空気の層が白く歪むほど薬剤を振り撒いた。
一時間後、部屋に戻ると小蠅の姿は綺麗さっぱり消え失せていた。
ここからが検証の始まりだった。冷蔵庫から余り物の野菜を取り出し、細かくカットして密閉保存用のプラスチック製タッパーへ放り込む。パチン、パチンと四方のロックを完璧に締め、屋外のエアコン室外機の上へと放置した。
【検証1日目】
環境: 気温25度 / 湿度61% / 天気:曇り
過ごしやすい、穏やかな一日だった。起床後、真っ先にベランダに出てタッパーを確認する。初日ということもあり、内部の野菜はまだ瑞々しい色と艶を保っていた。当然、小蠅の姿はどこにもない。
【検証2日目】
環境: 気温26度 / 湿度58% / 天気:晴れ
陽の光が遮るものなく降り注ぎ、肌寒さの残る季節にしては汗ばむほどの陽気だった。早朝に確認すると、タッパーの中の野菜は黒ずみ、じわじわと発酵が始まっているようだった。周囲を見回したが、外側にすら小蠅の影は見当たらない。
【検証3日目】
環境: 気温28度 / 湿度67% / 天気:晴れ
かなり暑い。まだ夏前だというのに、これからの盛夏が思いやられるような不快な熱気だった。
朝一で室外機のタッパーを覗き込む。野菜は完全にグズグズに腐り果て、もはや元の形状を留めていなかった。そして、肝心の小蠅はというと──。
中に、いた。
一瞬、心臓が跳ね上がるような戦慄を覚えた。だがすぐに思い直す。タッパー自体に最初から目に見えない亀裂が入っていたか、あるいは誰かが故意に蓋を開けた可能性を踏まえるべきだ。
プラスチックの表面を指でなぞり、入念にチェックする。割れていない。穴も空いていない。密閉性が保たれているせいか、外側には発酵に伴う腐敗臭すら漏れ出ていなかった。
ならば、誰かが蓋を開けたのか? いや、それこそ荒唐無稽な話だ。どこの誰が、他人の敷地に不法侵入し、室外機の上に置かれた怪しい色の腐敗物をわざわざ開け閉めしていくというのか。
謎は深まるばかりだったが、外的な要因を完全に排除するため、僕は検証の場所を変更することにした。
【検証1日目(場所変更)】
環境: 気温27度 / 湿度82% / 天気:雨
まとわりつくような蒸し暑い雨の日だった。何もしていなくても皮膚の表面から脂汗が吹き出してくる。僕は昨日のタッパーをそのままゴミ箱へ放り込み、新品のタッパーを新たに用意した。野菜は自宅の洗剤で表面をこれでもかと入念に洗浄し、塩素消毒が施されているであろう中心部だけをカットして中に詰めた。タッパーに水を満たし、逆さにしても一切の液漏れがないことも事前に確認済みだ。外からの侵入は100%不可能。
今回の実験場は、普段全く使っていない二階の空き部屋だ。部屋の中央に腰の高さの木製テーブルを設置し、その真ん中にプラスチックの箱をぽつんと置いた。腐敗臭が部屋に籠るのを嫌い、窓は網戸の状態にしておく。
ギシギシと不穏に軋む階段を上り、部屋のドアを開けた。一階以上に熱気がせき止められた二階の空気は、肌にじっとりと張り付いてくる。手の甲で額の汗を拭いながらテーブルへ近づき、透明な蓋越しに中を覗き込んだ。
室温の高さが災いしたのか、野菜の傷みはベランダの時よりも早く、すでに原形を失いかけていた。
そして。やはりそのドロドロの液体の不毛地帯に、数匹の小蠅が、確かに、中で羽ばたいていた。
何かがおかしい。物理法則が根底からひっくり返っているような、静かな狂気が頭の芯を冷たく刺した。
僕はそれ以上タッパーに触れることができず、ただの方針を考えるために、その部屋のドアを静かに閉めた。
暑さのピークが過ぎ去り、残暑の気配すら薄れかけた秋口のことだった。
あの不気味な現象の後、僕はいくつかの異なる条件下で同じ実験を繰り返したが、結果はすべて同じだった。タッパーの中にだけ、虚無から命が湧き出すのだ。最後の方にはもう恐怖の慣れと、解けない謎への諦めから興味が薄れ、僕は最後の実験用タッパーを二階のテーブルに置いたまま、完全に放置してしまっていた。
すでに、あれから三ヶ月は経っているはずだ。
用事の無い二階の一室へと、僕は恐る恐る足を向けた。冷静に考えれば、三ヶ月も経てばプラスチックの密閉空間の中で、野菜も虫も限界を迎えて朽ち果てているだけだろう。だが、もし何かの拍子にタッパーが劣化して割れ、中のものが漏れ出していたら最悪だ──そんな最悪の想定を振り払うように、右手に新しい殺虫スプレーを固く握り締め、部屋のドアノブに手をかけた。
時刻は真昼間だった。引き戸を開けた瞬間、遮光カーテンのない窓から差し込む強烈な西陽が、部屋の中央を残酷なほど鮮明に照らし出した。
その光景を見た瞬間、ドアノブを握る右手が嘘のように震え出し、全身から冷や汗が噴き出した。部屋の暑さのせいでも、三ヶ月放置された腐敗臭のせいでもない。
テーブルの上に、漆黒の「人型」が立っていたからだ。
喉の奥が完全に貼り付き、悲鳴すら上がらなかった。
西陽を背に受けたその影は、細部こそひどく曖昧だったが、紛れもない人間の輪郭を結んでいた。そして、その輪郭のあちこちから、言葉にできないほど無数の、鋭く冷徹な「視線」が、一斉にこちらをロックオンしたような錯覚に襲われた。
「あああああッ!!」
半狂乱の咆哮とともに、僕は左手を突き出し、右手の中のスプレーを人型に向けて思い切り押し込んだ。
シューーーーーッという激しい噴射音が静寂を切り裂く。無我夢中だった。一本まるごと使い切るつもりで、ノズルを押し込み続けた。霧状の薬剤が西陽の光に反射して白く部屋を満たし、視界を最悪に曇らせていく。喉が猛烈に咽せ返り、涙が溢れても、僕は人型があった空間に向けてスプレーを撒き散らすのをやめなかった。
どれほどの時間が経っただろうか。カチャカチャと、ガスだけが抜ける虚しい音が響き、ようやく僕は指の力を抜いた。
霧が薄れていく。テーブルの上には、もうあの黒い人型は影も形もなかった。
気が動転していたのだ。あまりの煙たさに耐えかね、僕は無心に網戸の窓へと近づき、サッシを勢いよく引いて部屋の換気を始めた。秋の冷たい風が、一気に室内の薬剤を押し流していく。
グチャリ。
ふと、足元で不釣り合いな音がした。
じっとりとした、靴下が濡れているかのような不快な感触。
何かを踏んだのか。怪訝に思いながら右足を軽く上げ、その足の裏を視界に入れた。
──息が、止まった。
白地の靴下の底に、びっしりと、踏んだときに音がするぐらいの肉厚な絨毯のように敷き詰められた小蠅の死体が、潰れた腹から漏れ出た暗濁色の体液とともに、べっとりと張り付いていた。
見渡せば、テーブルの周囲の床一面が、墨を流したように黒く染まっている。スプレーの直撃を受け、その場で一斉に命を落とした、数万、数十万という単位の小蠅の死骸の海。あの人型は、何かが化けていたのではない。この部屋に湧き出した無数の小蠅そのものが、重なり合い、蠢き合いながら、一人の人間のカタチを模してそこに立っていたのだ。
人類の歴史を鑑みると、疾病や疫病への対策として、防虫・除虫の技術は古くから発展を遂げてきた。ハエの駆除もその一環だ。
現代の日本では、誰にも看取られることのない「孤独死」が深刻な社会問題となっている。それに伴い、行政や、現場の凄惨な処理を請け負う特殊清掃業者たちは、日夜、死体に群がるあの無数の虫たちと精神を削りながら闘い続けている。
だが、もし。
僕がアレを見つけるのが遅かったらどうなっていたのだろう。
さっきの現象が、全く誰の目にも触れない場所で起きていたとしたら。
いや、起きている。
たとえば、誰も立ち入ることのない、鬱蒼とした樹海の奥深く。遮るもののない静寂の底で、生命が朽ち果て、肉体が完全に消滅したそのあとに。
そこには死体があるから、虫が集まるのではない。
どこからともなく湧き出した無数の小蠅たちが、かつてそこに存在した誰かの記憶をなぞるように、ただ静かな場所で、有機物から人を模した像を結び続けているのだとしたら──。
古代の人々は次第にソレを恐れるようになり駆除を始めたのだとしたら──。
僕は足元で潰れた無数の黒い粒を見つめながら、ただ、心地よい秋風を全身に感じていた。




