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1/田町美佐夫 -1 美少女になっちゃった!

 ──夢が、脳裏に滲んでいた。


 物語などでは幼少期の記憶をそのまま夢に見たりするけれど、あんなのは嘘っぱちだ。

 なにせ、僕が見たのは幸せな夢だったから。

 物心つく前に両親を亡くし、年の離れた姉を親代わりとして育った僕にとって、過去の記憶とは常に寂しさに絡みつかれているものだ。

 夢は願望の発露とも言われるが、それも嘘。願望なら悪夢なんて見ないだろ。

 だから、僕の見ていた夢は脳が作り出した幻像に過ぎず、なんの意味もありやしない。

 夢の中の母親も。

 夢の中の父親も。

 夢の中の僕も──

 一握の砂のように指の隙間からこぼれ落ちて、すぐに思い出せなくなるだろう。


「──……あれ」


 見上げた天井が、すこし霞んでいた。

 頬がくすぐったい。

 手の甲でこすると、濡れていた。


「僕、泣いてたのか……」


 独り言を呟く声も不自然に高い。

 枕元のティッシュに手を伸ばし、そっと目元を拭う。

 思いのほか号泣していたと見えて、ティッシュはすぐにひたひたになってしまった。


「あ゙ー……」


 調子のおかしい喉をさすりながら、身を起こす。


「?」


 なんだかすべすべしている。喉仏の感触もないような──

 さらり。


「うひ!」


 首筋を何かがくすぐった。


「な、な、な、なに……?」


 恐る恐る首筋に触れてみる。さらさらの感触が指にまとわりついた。


「なんじゃこりゃ……」


 引っ張ってみる。


「いで!」


 頭皮に痛みが走った。


「……これ、髪?」


 慌てて頭に触れる。

 いつもの髪型じゃない。

 何故かロングヘアになっていた。

 しかも、異常に指通りがよく、絹のような感触だ。


「ええ……」


 なに?

 病気?

 こんな病気があったなら、頭皮に悩める世の男性たちにお裾分けしたいくらいだ。

 それとも、ドッキリか何かだろうか。

 僕が寝ているあいだに、さらさらのロングヘアを一本一本頭皮に植毛したとか。


「……誰が?」


 そもそも無理があるし、自慢じゃないが僕は友達いないぞ。

 よく会う人と言えば、姪っ子の歌音(かのん)と仕事仲間の鬼瓦(おにがわら)さんくらいのものだ。

 鬼瓦さんとは昨夜も一緒に飲んだけど、そんないたずらをする人じゃない。


「うーん……」


 とりあえず、洗面台で顔を洗おう。

 そう決めてベッドから下りる。

 自分の頭がどんな状態になっているか確認したいけれど、この部屋には姿見なんて上等なものはないのだ。


「うお……」


 ふらふらする。

 目線が妙に低い。

 狭い部屋が、やけに大きく感じられた。

 え、僕、立ってるよな。

 不安が胸を焼く。

 なにか、とんでもないことが起きているような……。

 小走りに脱衣所へと向かい、洗面台の鏡を覗き込む。

 鏡の下のほうにひょこりと現れたのは──


「……へ?」


 小学生か中学生か、そのくらいの年頃の美少女だった。

 後ろを振り返る。

 誰もいない。

 もう一度鏡を見る。

 ふわりと柔らかな髪を揺らしながら、少女が振り返るところだった。


「──…………」


 右腕を上げる。

 鏡の少女も左腕を上げる。


「えい」


 下手なウインクをしてみる。

 鏡の少女も、ぎこちないウインクを返した。


「あー、あー、あー。僕は田町(たまち)美佐夫(みさお)。三十二歳。職業は服飾デザイナー」


 少女がぱくぱくと口を開く。

 あ、これ、あれだ。

 漫画とかアニメとかでよく見る、あれだ。


TS(トランスセクシャル)……」


 口にして、改めて思う。

 マジで?


「……バ美肉? いや、あれはバーチャルだから、リアル美少女受肉おじさん──って、言葉の定義はどうでもいいんだよ!」


 浴室の扉を開く。こちらは洗面台よりわかりやすかった。

 多少水垢のこびりついた鏡に、パジャマ姿の美少女が映っている。


「うおお……」


 なんだこれ。

 驚けばいいのか喜べばいいのか悲しめばいいのか、感情がわからん。

 いや、TSしたいって思ったことはないけどさ!

 でも、なんかこう、なんかこう、すっごい得した気分だ!


「……!」


 玄関にダッシュし、戸締まりを確認する。

 鍵、ヨシ。

 窓へと向かい、カーテンを閉める。

 窓、ヨシ。

 ざっと自室をあらためる。

 仕事道具にも、PCにも、テレビにも、普段と変わったような様子は見受けられない。

 ひとまず、ヨシ。


「……はッ、……はァー……、はふー……」


 どきどきする。

 息が乱れる。

 手が震えて、上手く呼吸ができない。

 でも、この状況でやることはひとつだろ!

 浴室に戻り、改めて鏡の前に立つ。


「……うわ、かわいい」


 僕、超かわいくないか?

 見覚えのないフードつきのパジャマに身を包んだ少女は、華奢で、線が細く、まるで少女漫画から飛び出してきたかのように可憐だった。

 顔を隠す長い前髪を掻き上げると、現れたのは吊り目がちな大きな目。

 かわいらしい鼻に、ふくふくとしたほっぺ。

 桜のつぼみのように遠慮がちな唇。

 頬に触れ、あごに触れ、流れでそっと胸元に触れる。


「て」


 あれ、ちょっと固い?

 あと、触れるとそこそこ痛い。

 なんだこれ、しこり……?

 思ったおっぱいの感触じゃなくて、すこしがっかりする。

 成長途中ということだろうか。


「ま、まあ、そっちには期待してないさ!」


 なら、どっちに期待してるのかという話である。

 気が逸り、少々手間取りながらもパジャマのボタンを外していく。

 覗いたのはハーフトップのインナーだ。形状としてはスポーツブラに近い。

 パジャマの下をいそいそと脱いでいくと、もこもこで純白のキルトショーツが姿を現した。


「──…………」


 あ、なんかスンッてした。

 そして、異常なまでの罪悪感が込み上げてくる。

 子供じゃん。

 子供の体じゃん。

 僕は今から、子供の裸を見ようとしているのか……。

 いやでも通過儀礼だし、そもそもトイレに行きたくなったらどうする。

 トイレの前でもたもたしてると、最悪漏らす危険すらあるぞ。

 女性は男性より尿道が短く、我慢がきかないと聞いたことがあるし。


「確認は、必要。うん必要」


 なんとか自分を説き伏せて、ゆっくりと下着を脱いでいく──

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