四人
「あ、おはよう。三人とも、仲良くなったの?」
「おはよう、きらきらちゃん。いろいろあって、宮城ちゃんが日和の弟子になったんだよ」
「ほんとに? 昨日、あれだけ嫌がってたのに」
あの後、わたしたちは高校に着き、朝礼が始まるまで、わたしの席の側で話していた。
別に楽しいわけではなかったが、それなりに有意義な時間だったと思う。宮城は話すことが苦手ではあるものの、植物や昆虫の知識には目を見張るものがあり、それらについて詳しくなることができた。
そして、朝礼まで残り十分ほどになった頃、教室に如月さんが入ってきて、わたしたちを見るなり、すぐに声をかけてきた。
まぁ、挨拶を返したのは朔月だけ。 宮城とは関わると決意したものの、如月さんと仲良くする覚悟まではしていない。それに、宮城も如月さんには話しかけることができないようで、視線を泳がせている。
「宮城ちゃん、おはよう。今日も元気そうだね」
「ひゃっ……あ、えっと……お、おはよ……」
宮城は、如月さんの柔らかい笑顔に完全に圧倒されていた。
その反応がまた小動物みたいで、見ているこっちが落ち着かない。
「成瀬ちゃんも、おはよう」
「……おはようございます」
「まだ敬語……壁みたいなものが出来るから、ため口にしてもいいんだよ」
その壁みたいなものを、意図的に作っているんだよ。
そう言うことは出来ないが、視線を逸らすことでうまく伝わったと思う。わたしは他人と関わりたくない人種なんだ。宮城は例外だけど、逆に言うと宮城くらい押してこないと、話す気にもならない。
朔月だって、小学生の時に、嫌がるわたしに無理やり関わって来たことで、今のような関係性になったんだ。
如月さんの性格上、そのようなことは絶対にしてこないから、今のままでは仲良くなる未来は永遠に来ない。
「朔月ちゃんたちは、結構早く学校に来るんだね」
「うーん、ボクは日和次第かな。いつも家の前で待ってるから、日和が早く出た日は早く来るし、遅く出た日は遅刻しかけるから。宮城ちゃんは?」
「えっ、ぼ、僕……?」
突然話を振られた宮城は、肩をびくっと震わせた。
如月さんの柔らかい笑顔に圧倒されて、完全に固まっている。
「宮城ちゃんは、いつもどれくらいに来てるの?」
「ぼ、僕は……いつも、三十分くらい前に着くように……家を出てる。でも……途中で虫や植物を観察したりするから、たまに遅刻することも……ある」
宮城は、言いながら自分の指先をいじっている。如月さんの柔らかい視線に、完全に緊張しているのが分かった。
「へー、そうなんだ。ボクも似たようなところがあるから、その気持ちはわかるよ。鳥とか昆虫を見たら、追いかけたくなるよね」
「それに巻き込まれるわたしのことを考えて」
朔月も、宮城と同じようなことをよくしている。初日も、猫を見て追いかけようとしていたし、今日も蝶を追いかけようとした。そのせいで、わしはいつも、朔月を止める羽目になってしまい、無駄に体力が削られてしまうのだ。
正直、疲れるからやめてほしいし、朔月と一緒に学校に行きたくない理由の大半はこれである。
でも、朔月は家の前でわたしのことを待っているから、それを避けることは出来ない。
ほんと、新手のテロみたいなものだ。絶対に避けられないくせに、毎度のように迷惑をかけられているんだから。
「いいじゃないか! 好奇心という物は、何よりも重要な物なんだよ。人間がここまで発達したのは、好奇心のおかげと言っても過言ではない。だから、ボクの行動は全て、人間と言う種の本能に従っただけであり、責められるところなんてどこにもないということさ!」
「あっそ。確かに、人間には、そんな側面があるかもしれないけどさ、朔月のそれは単なる言い訳でしょ。今思いついたことを言ってるだけで、本心から思ってるわけじゃないんだから」
「やっぱり、日和はボクの幼馴染だ! ボクのことを全てわかってる!」
めんどくさい。
朔月は、こんなもっともらしい理屈を並べて自分を正当化するのが得意だ。そして、わたしがそれを即座に見抜くのも、もう習慣みたいなものだ。
「凄いね、二人とも通じ合ってる。宮城ちゃんも、そう思わない?」
「うん……羨ましい」
「正気? わたしとコレが通じ合ってるわけない」
二人とも、目が節穴なのだろうか? まぁ、宮城に関しては、わたしに弟子入りしようとした時点で節穴か。
それにしても、こんな関係が羨ましいってどういうことなのだろうか? いくら節穴だとしても、このやり取りを見て羨ましいと思うはずが無いのに。
「そ、そう言えば……放課後って、何するの?」
「放課後? それってなんの話?」
宮城がそんなことを問いかけてきて、如月さんがその言葉に反応してしまう。
……出来れば、その質問は誰もいない時にしてほしかった。もちろん、そう伝えていなかったわたしが悪いし、そもそも他人がいる場所で聞かれて困るような話でもないのだけれど――
「何度もお世話になっている人がいるんだけど、その人に宮城のことを話したら、会ってみたいってうるさくて……。ごめん、話すのが苦手なんだろうけど、勝手に会いに行くと決めてしまって」
「あ、謝らなくていいよ……日和ちゃんがお世話になっている人に、会ってみたいなと思ったし」
宮城は、一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔に変えて、まっすぐこちらを見た。
「僕……日和ちゃんの大切な人に、ちゃんと挨拶したい」
「大切とかじゃない。ただの知り合い」
「そ、そうなの……?」
「そうだよ」
なんで大事な人だと思ったんだろうか? 美咲さんは、あくまでお世話になっている人。わたしには、大切な人なんていないし、作る気も無い。……それは、ずっと前から決めていることであり、永遠に変わることがない価値観だ。
誰にも、文句を言う権利は無い。もちろん、朔月にも、だ。
「アハハ、日和、酷くない。それを聞いて悲しむと思うよ」
「あれ? 朔月ちゃんはその人物について知っているの?」
「うん。だって、ボクのお母様のことだから」
ちっ、朔月が美咲さんのことをばらしてくる。でもいいや、どうせいつかはバレてしまうことだし、少し前倒しになっただけ。問題なんて、何もない……はずだ。
朔月の言葉を聞いて、宮城は目を丸くし、如月さんはわずかに眉を上げた。
「え? 朝比奈さんの……お母さん?」
「……そうだよ。小学四年生の時からの付き合いで、何度もお世話になってるから」
「へー、やっぱり、仲がいいじゃん」
それは、わたしと美咲さんが仲がいいだけであって、わたしと朔月が仲がいいという証拠にならない。
でも、その理屈は如月さんにはうまく伝わっていないらしく、彼女はどこか優しい目つきで、じっとわたしを見つめてくる。
……何、その目線?
まるで思春期の娘でも見るような、あの分かってるよみたいな目。
もしかして――正直になれない子供だと思ってないよね。
「なら、私も行っていい?」
「はぁ? 何言っての?」
「だから、私も朔月ちゃんのお母さんに会いたいなって言っただけ」
「そんなの、許すわけ――」
「いいよ」
わたしが断ろうとした時、朔月の声が割って入って来た。
その声は、鋭く……けれど、どこか悦に浸っているような響きがあった。
「朔月!?」
「なに? ボクはただ、ボクの友達をボクの家に招こうとしただけだよ。文句を言われる筋合いはどこにもない!」
「……本心は?」
「最っ高に面白いことが起きそうだから、このチャンスを逃すわけにはいかないよ!」
「そういう所だよ!」
コイツ……なんで、わたしが嫌がることを、的確にしてくるのだろう? わたしのこと、嫌いなのかな?
……そうじゃない。そうじゃないことは分かっている。
朔月は自由だ。理想的なほど、自由なんだ。自分が楽しむためになら、なんだってする人。
だから――わたしが嫌がるかどうかなんて、最初から考えていない。
「日和、そんな怖い顔しないでよ。ほら、宮城ちゃんも如月ちゃんも、興味津々だよ?」
「はぁ、わかったよ。それでいい」
「うーん、何故かボクが許しを請う側になっているけど、面白いからそれでいいや」
朔月は、心底楽しそうに笑った。
その笑顔が、わたしの神経を逆撫でするのに、どこか憎めないのが腹立つ。
「え、えっと……僕、本当に行っていいの……?」
宮城が、おそるおそる口を開いた。指先をいじりながら、視線は落ち着かず揺れている。
「うん。宮城ちゃんも、きらきらちゃんも、二人ともボクの家に来て。――心の底から、歓迎してあげるから」
「宮城は、わたしが誘ったんだけど」
そう返事をした時、教室のドアが重い音を立てながら開き、担任が「朝礼をするから、座ってください」と言いながら入って来た。
その声のおかげで、教室は一気に静まり返り、クラスメイト達は自分の席へと戻って行く。
「じゃ、詳しい話はまた後で」
朔月と如月さんも、自分の席へ戻っていき、教室には椅子を引く音だけがしばらく響いた。
宮城も、わたしの方をちらりと見てから、慌てて席に戻る。その動きが小動物みたいで、なんだか落ち着かない。
わたしもため息をつきながら席に腰を下ろした。
(ほんと、人付き合いは、めんどくさい)




