表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしは平穏に暮らしたいだけなのに、頭のおかしい幼馴染がすべてをぶち壊していく話  作者: 月星 星成


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/14

三人

「うわっ」

「幼馴染を見て第一声がそれかい? 相変わらず日和は酷いね。まずは挨拶だと習わなかったのかい?」

「そっちだって挨拶してないくせに」


 次の日。朝起きて、誰もいない家から出てすぐのところで、朔月と出会った。

 どうやら、朔月はわたしのことを待っていたらしい。頼んでいないのに。


「あぁ、確かにそうだね。おはよう、日和」

「おはよう」


 でも、それはいつものこと。小学生の時から、ずっと朝はこの調子であり、毎日一緒に学校へ行っていたのだ。

 そのたびに、嫌な顔をしたり、舌打ちをしたりして見たのだが、朔月は一度もやめることはしなかった。ほんと、意味が分からない。わたしのどこに、執着する理由があるのか。


「今日はずいぶん早いね。珍しいじゃないか」

「別に。普通」

「またまた、ボクと出会わないように、早めに家を出ようとしただけでしょ。でも、甘かったね。ボクは日和の行動を完全に読んでるから、その程度のことで、ボクから離れることは出来ないよ!」

「はいはい」


 正解。でも、成功する確率はかなり低いと思っていたから、驚きなんて何処にもない。そもそも、わざと遅刻しようとした時に、一緒に遅刻するほど朔月だ。この程度で逃げ切れるのなら、とっくの前に逃げきれている。


 それにしても……


「朔月、櫛を持ってる?」

「ないけど。急に、どうしたの?」

「はぁ、仕方がない。わたしのを使うから、少し止まって」


 今日の朔月はちょっとだけ寝癖があって、無駄に良い顔を台無しにしていた。

 別に、わたしがそれを直す義務なんてないんだけど、気が向いたからやってあげる。

 

 わたしは一度リュックを下ろし、その中から何とか櫛を探し出して、朔月の髪にそっと手を伸ばした。

 わたしは整理整頓が苦手だから、リュックの中はいつもめちゃくちゃだ。そこから、わざわざ櫛を探し出したんだ。この貸し、絶対に返してもらうから。


「はぁ、相変わら固い」

「アハハ、面白いよね」

「面白くない」


 櫛を通すたびに、ふわっと外側へ跳ねる毛先が抵抗してくる。

 もともと癖のある髪質だから、寝癖がつくと余計に暴れて、まるで自由奔放な毛束が好き勝手に主張しているみたいだ。


「あ、蝶だ」

「動かないでって言ったでしょ!」

「ごめんごめん」


 分かっていたことだけど、朔月がその場でずっと留まることなんて、期待するだけ無駄なことだったんだ。

 蝶が近くを漂うだけで、朔月の足は蝶を追いかけてしまう。そのせいで、朔月の髪が櫛から離れてしまい、寝癖を直すのにも苦労する。もう高校生のはずなのに、なんでこんなにも子供っぽいのか。


「はい、終わったよ」

「あ、しっかり直ってる。いつも、ありがとうね」

「一生感謝し続けて」


 そうして、わたしたちは高校の方へ歩いていく。昨日と同じ道。でも、まだ慣れない。

 朝の空気はひんやりしているのに、隣を歩く朔月はやけに元気で、そのテンションに引っ張られるように、わたしの足も自然と前へ進んでいく。


 その間、わたしたちは他愛のない話を続けていく。中学の時、こんなことがあったね。とか、昨日のドラマを見た? とか。そもそも、わたしも朔月も、ドラマを見ないから、何も話すことが出来ないのにね。


「アハハ! ほんと、日和と話すのは楽しいよ」

「どこが楽しいの? 意味わかんない」

「分からなくていいよ。ボクだけが分かっていればいいんだから」


 その言い方が、どうしようもなく腹立つ。

 でも、腹立つ理由が自分でもよく分からないのが、もっと腹立つ。

 

 そんな時――


「あ、師匠!」

「げっ」


 宮城が、てくてくと小動物のように駆け寄って来た。元から小柄なほうではあるけれど、その走り方がより小動物を連想させて来る。

 その証拠に……一瞬、耳としっぽのようなものが見えてしまい、子犬のように思えてしまった。


「おはようございます! 師匠。今日も元気ですね!」

「目、ついてる? 宮城と会ったせいで、一瞬で元気がなくなったんだけど」

「アハハ! やっぱり、この子おもしろいね」


 朔月は宮城のことを見て笑っているけれど、わたしにとっては、笑いごとでは済まされないのだ。

 それに、まだ弟子にすると言ったわけではない。なのに、何で勝手に弟子と名乗っているんだろう。意味わかんない。


 けれど、そのような感情に宮城が気付くわけも無く、わたしのことをきらきらとした目で見つめて、心を乱してくる。本当に鬱陶しい。どこか遠くの方に消えて、もう二度とわたしの目の前に現れないでほしい。

 そんなことは出来ないって分かっているけど、願うくらいはしていいはずだ。


「宮城、せめて敬語は使わないで。気持ち悪いから」

「はい、わかりました! ……あっ」

「はぁ」


 はぁ、宮城は天然だったんだ。知らなかったし、知りたくなかったよ。このタイプは、本当にめんどくさくて、鬱陶しいのだから。

 朔月よりは、マシだけど。


 わたしは、宮城のことを無視して、歩き出す。そのせいで、宮城が一瞬だけ寂しそうな顔をしたけど、わたしには関係ないことだ。

 良くも悪くも、宮城は他人であり、わたしの人生には関係ない。そう思い込もうとする。


「日和、置いていくの?」


 隣で朔月が、わざとらしく首をかしげる。


「置いていくよ。勝手についてきてるだけでしょ」

「えー、酷いなぁ。あんなにも、可愛い子なのに」

「そんなに気になるのなら、わたしじゃなくて、宮城と一緒に行けばいいじゃん」

「ふーん、嫉妬してるんだ。可愛いね」

「は? ふざけてんの?」


 思わず、低い声を出してしまう。自分でも驚くくらい、棘が混じっていた。

 朔月は一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐに口元をゆるめる。


「あー、怖い怖い。それなら、ボクは大人しくしますよ」

「嘘つけ」


 でも、わたしは謝ろうとは思えない。だって、悪いのはどう考えても朔月のほうだ。

 わたしを煽っておいて、のほほんと笑っているその顔が、余計に腹立つ。


「宮城ちゃん、ボクと一緒に学校に行こう?」

「あ、ありがとうございます。朝比奈、さん」

「ほんと、日和って酷いよねー。これだけ、慕っているのに、全く振り向いてくれないし、ましてや無視して歩き出してしまうなんて。ちゃんと血が通っているのかなぁ」


(うるさい)


 ここぞとばかりに、朔月がわたしのことを煽ってくる。

 でも、これは反応したほうが、かえって悪い結果になってしまう。だから、無視するのが正解だ。


「宮城ちゃんも、そう思うよね」

「え、えっと……」

「宮城ちゃんも、もっと言っていいんだよ。酷いです! とか、なんで無視するんですか! とかね」


 無視、無視。


「あはは……僕には……言えないかなって」

「それは駄目だよ。朔月は、身内には甘いから、思いっきりぶつかって、身内の領域に居座らないと。いつまで経っても、弟子に慣れないよ」

「えっ……じ、じゃあ……な、成瀬さんの……ばか」


 ……悪口なのか?

 おっと、危ない。無視無視。


「おぉ、言えたじゃん。えらいえらい」

「え、えへへ……」


 宮城は褒められた子犬みたいに、ほわっと笑う。その笑い声が、わたしの心に染み込んで来る。


「宮城ちゃんは、可愛いね。ほんと、蟻さんみたいに、小さくて可愛い」

「え? 本当ですか!? 僕は蟻みたいに……」

「うん、ほんと。日和の次くらいには」

 

「あ?」


 しまった。思わず反応してしまった。

 けれど、これは仕方がない。わたしは、可愛いと言われるのが嫌いなんだから。


「アハハ! 引っ掛かった! 宮城ちゃん、日和には可愛いと言えば、こんな感じで反応するんだよ。可愛いと言われるのが嫌いだから」

「えっ……そ、そうなんですか……?」


 宮城はわたしの顔を覗き込むようにして、おそるおそる目を丸くしている。


「……見ないで」

「ひゃっ、ご、ごめんなさい!」


 宮城は慌てて視線をそらし、その動きがまた小動物みたいで、余計に腹立つ。


「ねぇ日和、なんでそんなに可愛いと言われることが嫌なの?」

「うるさい」

「昔からそうだよねぇ。褒められるとすぐ怒る」

「怒ってない」

「怒ってるよ。ほら、声が低い」

「……黙れ」


 朔月はにやにや笑い、宮城はおろおろして、わたしだけが精神的に削られていく。

 朔月は、わたしのことを一番理解している人間だ。だから、こうして、わたしが嫌がることも、的確についてくるのだ。


 けれど、この時……警戒するべき人物は他にもいたんだ。

 

「で、でも……僕は……その……成瀬さん、可愛いと思います……」

「は?」


 宮城は顔を真っ赤にしながらも、恐る恐るそのようなことを口にしてきた。

 

 ……

 ……

 ……


 この場合、どうするのが正解なのだろうか。朔月の場合は、煽りの側面がかなり強いから、怒っていい……いや、むしろ怒るべきだ。でも、宮城の場合は、純粋な善意で言っただけであり、これに怒るのは少し違う気がする。

 でも、わたしはそもそも、褒められるのが心の底から嫌いなんだ。だから、感謝は絶対にしたくない。


 はぁ、仕方が無いか。

 碌なことにならないって、分かっているんだけどね。


「宮城、今日の放課後。時間ある?」

「あり、ますけど……」


 宮城は、さっきまで真っ赤だった顔のまま、ぽかんと口を開けて固まっている。

 そりゃそうだ。わたしが自分から声をかけるなんて、滅多にない。


「よかった。その時間、わたしが貰うから」

「えっ」


 宮城の目が、さらに丸くなる。驚きと、戸惑いと、ほんの少しの期待が混ざったような顔。

 その反応が、胸の奥に妙なざわつきを残す。


「な、なにを……するんですか……?」

「……なんでもいいでしょ。その代わり、弟子にしてあげる」

「えっ」


 宮城の目が、さらに大きく開いた。驚きと、喜びと、信じられないという戸惑いが全部混ざったような顔。

 言ってしまった。もう、ここからは引き返せない。でも、それでいい。わたしは、確固たる意志を持って、この選択をしたんだ。後悔なんて、絶対にしない。


「でも、条件は守ってもらう」

「条件……?」

「第一に、敬語を使わないこと。これはさっきも言ったよね。第二に、わたしのことを師匠、および成瀬と言わないこと。日和にして、苗字で呼ばれるのは嫌いだから。第三に、わたしの邪魔をしないこと。これは当然、わたしはわたしの道を行く。誰にも邪魔されたくない。そして最後……第四に――」


 息を吸う。言葉を選ぶ時間は、もうない。


「わたしの傀儡にならないこと。自分の意志を持って、前に進んで。わたしは人形なんて、絶対にいらないから」


 そう言うと、宮城の目が潤い、でも何よりも明るい笑顔で、頷いた。


「うん!」

「じゃ、さっさと高校に行くよ」

「うん。ひ、日和……ちゃん」

「それでいい」


 宮城は、名前を呼んだ瞬間、胸の前でぎゅっと拳を握りしめて、まるで何かを勝ち取ったみたいに小さく跳ねた。

 その動きがまた小動物みたいで、わたしは思わず視線をそらす。



 そして、それを見ていた朔月は――


「アハハ! あの時みたいに、面白いことが起きそうだ」


 と、小さく呟いていた。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

もし少しでも楽しんでいただけたら、感想や☆をいただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ