幼馴染
「楽しいの? これ」
「楽しいよ。日和と一緒に遊べるなら、どんな遊びだって楽しいに決まってる」
「はいはい、そうですか」
二人でするババ抜きのどこが楽しいのだろうか。全く分からない。
けれど、朔月の顔にはちゃんとした笑顔が浮かんでいて、楽しいと言ったことは本心なのだと察することが出来る。それは、互いの気持ちを察することが出来るほどの中だということを証明しているが、それでも未だ朔月の内心を全て知ることは出来ない。
もし、わたしが朔月の内心を全て知ることが出来てれば、仲良くなれたかもしれないが、朔月が思っていることを全て言ってくれることなんて、絶対に無いから、そんな仮定はするだけ無駄なんだ。
もちろん、わたしも内心を全て朔月に伝えたりしないから、それについて責めることは出来ない。
誰よりも互いのことを理解しているが、決して本心を言い合うことは無い関係。それが、幼馴染という関係だ。
「日和ちゃん、朔月ちゃん、しっかり味わってね」
「おいしそう……ありがと」
「遠慮しないでいいからね。私にとって、日和ちゃんは朔月ちゃんと同じで、娘みたいに思っているんだから」
朔月とのババ抜きが終わった時、美咲さんがチョコケーキを持って、わたしたちのところまで運んできた。そのチョコケーキは、見ただけで分かるくらい濃厚で、表面の艶やかな光が部屋の灯りをやわらかく反射していた。
口に入れると、生地のしっとした感触と舌の上でゆっくり溶けていく甘さが広がる。市販のものとは違う、手作りならではの優しい甘さで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「やっぱりお母様の菓子は別格だよ。日和もそう思うでしょ」
「……」
「アハハ! 返事が出来なくなるほどおいしいんだね」
「日和ちゃん、まだまだあるから、ゆっくり食べてね」
朔月の軽口と、美咲さんのやわらかな声が重なる。わたしはただ小さく頷いて、もう一口ケーキを口に運んだ。やめられない、とまらない。お母さんの料理よりも慣れている味が、わたしの心を温めてくれる。
ほんと、ここに来てよかった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。そう言えば、高校はどうだったの?」
フォークを置いた瞬間に向けられた質問に、わたしは一瞬だけ言葉を失った。どうだった、と聞かれても、正直まだよく分からない。
楽しいわけでもないし、つまらないわけでもない。一人でいたいのに、無理やり関わろうとしてくる人たちに悩まされているだけだ。
「……別に。普通」
「普通って、どんな普通?」
「それは……」
「嘘は良くないよ。弟子が出来たってのに」
わたしは、高校で起きたことを何とか誤魔化そうとしたけど、朔月がそれを許すはずもなかった。
「弟子!? 何それ、教えて!」
「うっ」
美咲さんが、身を乗り出して聞いてくる。その瞳は、真っすぐで、綺麗で、わたしには少し眩しすぎる。
だから、誤魔化すなんて、最初から出来そうになかった。
「……弟子じゃない。わたしみたいになりたいって言ってくる変人と出会っただけ」
「日和ちゃんみたいになりたい子? おもしろいね、今度ここに連れてきてよ!」
「嫌。弟子と認めたわけじゃないし、友人とも思ってないし」
「それなら、ボクが連れてくるよ。友人として」
何とか追及を躱そうとしたけれど、今度は朔月が逃げ道を潰してくる。本当にめんどくさい。美咲さんに宮城のことが伝わると、間違いなく仲良くしなさいと言ってくる。
それが、何よりも厄介だった。
「朔月、絶対にやめてよ!」
「理由を言ってくれないかい? 何をしようとも、ボクの勝手じゃないか! それとも、ボクたちは互いの人生に口出しできるほど、深く密着した関係だったのかい?」
わざとらしい口調で言いながら、朔月はにやりと笑う。その顔が、腹立たしいほど余裕に満ちている。
「……そういう言い方やめて」
「じゃあ、ちゃんと理由を言ってよ。日和が嫌がる理由」
「言う必要ない」
「あるよ。だって、ボクは日和の幼馴染なのだから。ボクは、日和のために、なんだってして見せるつもりだよ。……世界か日和なら、間違いなく日和を選ぶくらいには」
なら、わたしが嫌がることをしないでほしい。余計なお世話だ。
わたしは、一人になりたいだけで、他人と関わりたいだなんて思っちゃいない。だから、朔月がやってくることは、全部、全部迷惑なんだけなんだ。わたしの人生に、口を出さないでくれ。
そうして、わたしは朔月をいつものように言い合いをしていた。けれど、美咲さんはその間、ずっと静かにわたしたちを見ていた。
責めるでもなく、呆れるでもなく、ただ優しい目で。
「……日和ちゃん」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がひゅっと縮む。
美咲さんの声は、怒っているわけでも、咎めているわけでもない。
むしろ、あまりにもやわらかくて、逃げ場を失う。
「そんなに嫌がるってことは、きっと理由があるのよね」
「……別に」
「日和はね、こう見えて頑固だから」
朔月が横から茶々を入れる。わたしは睨んだが、朔月は全く気にしていない。
「日和ちゃんが、他人と関わりたくないのは知ってるけど、本当にそれでいいの?」
「……いい。友達なんて、いらない」
言った瞬間、空気がほんの少しだけ揺れた。
美咲さんは驚いたように目を瞬かせ、朔月は「また言ってる」とでも言いたげに肩をすくめる。
「そっか。なら、その子をここに連れてきてね」
「え? なんで!」
「何でって、朔月ちゃんが、その子の友達になったからよ。それに、日和ちゃんは、その子と友達になる気が無いんでしょ。それなら、口出しする権利は無いんじゃない?」
「それは、そうだけど……」
やられた。確かに、わたしは朔月の友達に対して何かをする権限は持たないし、友達になる気がないと言い切った以上、反論の余地もない。
だから、宮城が美咲さんと会うのは時間の問題で、それを止めるためには宮城と友達にならないといけない―― そんなの、本末転倒にもほどがある。
美咲さんのことは好きだ。優しいし、居心地もいいし、ここに来ると心が少しだけ軽くなる。
でも同時に、わたしの身内を勝手に増やそうとしてくるから、そこだけは本当に厄介だ。
「はぁ、勝手にしてください」
「いいの? ボクは、日和の過去を全部言うつもりだけど」
「は?」
諦めて白旗を上げた瞬間、朔月がとんでもないことを言ってきた。
恥ずかしい過去なんて無い。けれど、過去を知られたら、それは、もうわたしについて知られたのと同じだ。もちろん、過去程度でわたしの全てが分かるわけじゃない。
でも、一部だけでも知られることが、どうしようもなく嫌だった。
……わたしのことを知っているのは、朔月だけで十分なのだから。
「あのさ、やっぱりやめてくれない? 朔月はいっつも、わたしの嫌がることばっかする。ほんと、喧嘩売ってんの?」
「喧嘩を売っているとしたら、どうするのかい? 身体能力はボクの方が上だけど」
「……なにか、する」
「ほら、日和は何もできないじゃんか」
うるさい。わたしは、朔月の弱みなんて握ってないし、身体能力も圧倒的に負けている。だから、何もすることが出来ない。
でも、それが何だ? 今は何もできなくても、いつか絶対にやり返すから。
……朔月のことだから、それはそれで楽しみそうなのが、本当にむかつくけど。
美咲さんは、わたしたちのやり取りを見て、にやにやと笑っている。その笑顔は、どこか微笑ましいものを見ているようで、余計に恥ずかしい。
「相変わらず仲いいわね」
「よくない!」
「強がらなくていいから。それと、今日は何時くらいにご両親が帰ってくるの?」
「……十時過ぎくらいです」
「それなら、晩御飯も一緒に食べましょう」
美咲さんが、当たり前のように言った。
その声音は、わたしの拒絶も、朔月の悪ふざけも、全部まとめて包み込んでしまうくらい、やわらかかった。
「晩御飯くらい自分で作れる」
「いいのいいの、一人で食べるご飯は寂しいでしょ。食事代は気にせず、ゆっくりしていって」
「……ありがとう」
「つまり、日和はまだ家にいてくれるってこと? なら、今度は人生ゲームしようよ!」
「……いい加減、二人で出来るゲームにして」
そうして、わたしは朔月の家でお世話になり、気づけばいつものように居座ってしまっていた。
別に甘えているつもりはない。でも、どうしてか、いつもこうなる。だから、居心地がいいと思う反面、来たくないとも思ってしまうのだ。
……わたしは、一人で生きていけるはずなのだから。




