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わたしは平穏に暮らしたいだけなのに、頭のおかしい幼馴染がすべてをぶち壊していく話  作者: 月星 星成


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「し、師匠! また明日!」

「……いつの間にか弟子になってる」

「アハハ! 面白いね。あの子」


 そうして、高校の一日目が終わった。如月さんは、家の方向が真逆であり、学校を出てすぐに別れ、宮城はしばらく一緒だったものの、ある程度進んだ時点で別れることになった。

 一生ついていきますと言って、別れるまでに時間が掛かったのだけど、何とか説得することができ、やっと平穏が訪れる。まぁ、横に腐れ縁がいる時点で、平穏とは言い切れないけど。


「それにしても、もっと嫌がると思ってた。気に入ったの」

「馬鹿言わないで。わたしが他人のことを気に入るわけないでしょ。……ただ、もったいないなと思っただけ」


 今の年齢で、昆虫についての知識がかなりあるにも関わらず、他人の目を気にして縮こまっている。そんな宮城を見ていると、もったいないなと思ってしまうのだ。わたしは人が嫌いだけど、人の価値は認めている。だから、あれだけの才能を捨てるのは、さすがのわたしでも見過ごせなかった。


「にしても、昆虫か。……いや、植物も好きなんだっけ? 昆虫であれだったんだから、植物もきっと凄いんだろうなぁ」

「そっちこそ、宮城のことをかなり気に入ったんだね」

「当然だよ。自分の好きという気持ちに忠実な人なんだから、ボクの好みのど真ん中だ。でも安心して、一番は日和だからさ」

「あっそ」


 高校の帰宅路は、満開から少し過ぎた葉桜が連なっていて、風が吹くたびに薄い花びらがふわりと舞った。

 その中を歩きながら、朔月はわたしの横で、相変わらず楽しそうに笑っている。


「ほんと、日和と出会えてよかったよ。日和がいなかったら、ボクはきっと、人生を楽しむことが出来なかったんだからさ」

「それ、ほんと? 何百回も聞いたけど、生きることを楽しんでない朔月なんて、想像できないんだけど」


 何度も何度も聞いた言葉。最初は、わたしで遊んでいるんじゃないかと思った。

 けれど、その顔には珍しく、わたしをからかう意志なんて一つもなくて――ただ、まっすぐな感謝だけが浮かんでいた。


 だから、わたしはこの言葉が嫌いだった。朔月に感謝されるなんて、どこかむずがゆい。あいつはずっと、自分勝手に笑っていればいい。わたしに礼なんて言わなくていい。――そんなの、似合わない。


 けど、わたしの気持ちなんて、朔月が察するわけもなく、あいつはわたしの前に出て、花びらが散る中、くるりくるりと回っていた。それは、彼女の顔の良さも相まって、腹が立つほど絵になっていた。


「ねぇ、日和も踊ろうよ」

「踊らない、体力の無駄」

「また無駄だ。無駄無駄無駄無駄、日和がボクの誘いを断る時は、無駄ばっか。ボクは無駄が好きだよ。矛盾と無駄は、人間が持つ、優れた機能なんだから」


 正直、皮肉だと思う。人間は、暮らしを豊かにするために、より効率的に、より合理的に世界を変えていった。なのに、今の社会は、矛盾と無駄で溢れかえっており、本当に歪んでいる。

 わたしはその歪みのことを愛することが出来ないが、朔月はそれを心の底から愛している。対照的だ、幼馴染なのに……いや、幼馴染であるからこそ、かえってそうなったのかもしれない。


 まぁ、わたしたちの関係はそんなものだ。きっと幼馴染という鎖が無ければ、一瞬でバラバラになってしまう関係。わたしたちには、それくらいがちょうどいい。


「日和の両親は、今日も仕事?」

「そうだけど」

「それなら、ボクの家に来ない?」

「行かない」

「親愛なるお母様が、おいしい菓子を用意してくれてるけど?」

「なら行く」

「アハハ! 変わらないね、日和は」


 貰える物は貰っておくべき。わたしはそんな考えを持っているから、うまく朔月に釣られてしまう。けれど、それでいい。朔月の母親が作ったお菓子は、市販品にも勝るほどおいしく、あの家の台所から漂う甘い匂いを思い出すだけで、少しだけ足取りが軽くなる。

 朔月のことは嫌いだけど、朔月の両親は好きだから。


「じゃ、すぐに行こうよ」

「走りたくない」

「いいでしょ、楽しいし」

「引っ張るな!」


 朔月は、わたしの腕を急に掴んできて、走り始めた。朔月は身体能力に優れているが、わたしは家にこもって本を読んでいるせいで、運動が苦手なんだ。だから、足も遅いし、体力も無い。


「ちょ、朔月……っ、速い……!」

「えー、まだ全然ゆっくりだよ?」

「わたし基準で考えろ!」


 腕を引っ張られるたびに、身体が前に持っていかれる。息はすぐに上がり、心臓がうるさく跳ねる。それでも朔月は、わたしの苦しさなんて気にする様子もなく、振り返って笑った。

 はらわたが煮えくり返りそうなほどいい笑顔、本当にむかつく。


「日和は体力が無いからね。もっと走るべきだと思うよ」

「う、るさ……い」

「もう息切れしてるじゃんか」


 朔月はそう言いながらも、足を止めてくれなかった。

 わたしの腕を引く手は軽いのに、逃げられない。まるで、わたしの体重なんて存在しないみたいに、朔月は一定のリズムで走り続ける。

 肺が焼けるように痛い。喉は乾いて、呼吸のたびに胸が軋む。それでも朔月は、わたしの限界なんて知らない顔で、ただ前を向いて走る。


(……ほんと、何なんだこいつ)


 朔月の家までは、まだまだ時間が掛かる。このまま走らされたら、途中で倒れる未来しか見えない。でも、腕を振り払う気力すら残っていなかった。

 風が頬を刺す。葉桜の花びらが視界を横切る。世界が少し揺れて見えるのは、疲れのせいか、それとも……


(……もう、歩きたい)


 心の中で弱音を吐いても、朔月には届かない。 届いたところで、どうせ笑って誤魔化されるだけだ。

 それが分かっているから、わたしはただ、引っ張られるまま走り続けた。





「あら、日和ちゃんじゃない。大きくなったね」

「はぁ……はぁ……。美咲さん、三日前に会いましたけど」

「男子三日会わざれば刮目して見よって言うでしょ」

「わたしは女性です」


(まぁ、性別に関係なく、すべての人が当てはまるらしいけど)


 わたしは、あれからずっと走り、ようやく朔月の家に辿り着くことが出来た。玄関に足を踏み入れた瞬間、外の風とは違う、温かい空気がふわりと肌に触れる。

 息はまだ荒く、胸は上下しているのに、その空気だけで少しだけ落ち着くのが分かった。


 そして、靴を脱ぐ間もなく、朔月の母親……美咲さんがぱたぱたと出迎えてくれる。


「朔月ちゃんったら、また日和ちゃんを走らせたの?」

「ボクは日和の運動不足を解消させただけだよ」

「こらっ、言い訳しないの」


 言い訳をする朔月に対して、美咲さんは優しく叱る。怒る時でさえ、こんな調子だから、朔月の性格は一生改善されないんだ。ちゃんと叱ってほしい。

 まぁ、それは朔月の家庭の問題であり、部外者であるわたしが口を挟むことではない。


「それで、お菓子はあるかな?」

「ふふん、お母様を舐めないで。こんなこともあろうかと、チョコケーキを作っておいたから」

「さっすがボクのお母様だ! 準備いいね!」

「……はぁ。親ばかにマザコンか……」


 朔月の両親のことは好きではあるけど、やっぱりこれはめんどくさい。他人の過去を詮索する気はないから、何も聞かないけど、何でここまで相思相愛になったんだろうか? 朔月って、親から見てもめんどくさいタイプだと思うんだけどな。

 

 そんなわたしの気持ちもつゆ知らず、馬鹿親子は息ぴったりに盛り上がっていた。


「ねぇお母様、チョコケーキって、あの濃厚なやつ?」

「そうよ。日和ちゃん、甘いの好きでしょ?」

「……まぁ、嫌いではないけど」

「よかった。それなら、準備してくるね」


 美咲さんは、それだけを告げて、キッチンの方へと向かって行く。その背中が見えなくなると、家の中に満ちていた温かい空気が、ゆっくりと胸の奥に染み込んでくる。


 わたしの両親は共働きで、小学四年生の時に朔月がここに引っ越してきてから、数えきれないほどお世話になっている。放課後に行く場所がなかった日も、宿題を見てもらった日も、泣きそうな顔で帰ってきた日も、この家はいつも変わらず迎えてくれた。

 だから、こうして自然に靴を脱いで、当たり前のように上がり込んでしまう。別に家族でもないのに、家族みたいな距離感がある。


(……まぁ、ありがたいとは思ってるけど)


 わたしの両親との温度差に、少し気が引けてしまう。

 もちろん、わたしの両親もしっかりわたしのことを愛してくれているが、朔月の母親のような接し方ではなく、どちらかというと放任主義に近い。そのため、朔月の家庭は、少しだけ眩しかった。


「日和、お母様を待ってる間に、何して遊ぶ?」

「なんでも」

「それじゃあ、ババ抜きでもしよっか」


 チョコケーキを貰うんだ。この程度のことは付き合わないといけない。そう思ってカードを受け取ると、朔月はもう嬉しそうにシャッフルを始めていた。

 家庭も、性格も、互いに向けあう感情も、すべてが対照的なわたしたちだけど、それでも今日もこうして同じテーブルに向かい合っている。

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