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わたしは平穏に暮らしたいだけなのに、頭のおかしい幼馴染がすべてをぶち壊していく話  作者: 月星 星成


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5/14

弟子

 よし、今のはきっと聞き間違えだ。初めてあった人に対して、弟子にしてくださいと言う人がいるだろうか。いや、いないだろう。

 ん? 婉曲になったか? まぁ、どうでもいいや、そんなこと。まずは、話したことすらないのに、弟子にしてくださいと言ってきた人のことを考えよう。


「……もう一度、言ってください」

「弟子にしてください!」


 よし、本を読もう。自分の世界に入れば、めんどくさいことから逃れられる。


「……」

「ま、待ってください!」


 宮城さんの声が、さっきよりも一段高くなった。

 その必死さに、わたしは仕方なく本から視線を上げる。逃げ道を塞がれた気分だ。


「……何ですか?」


 できるだけ淡々と、感情を乗せずに言う。こういう時に優しくすると、相手は“いける”と思ってしまう。それは避けたい。

 宮城さんは、胸の前でぎゅっと両手を握りしめていた。さっきまで震えていたのに、今は妙に目だけが真っ直ぐだ。


「ぼ、僕……成瀬さんみたいになりたいんです!」

「……は?」


 思わず本を閉じてしまった。

 いや、閉じさせられたと言った方が正しい。


「だ、だから……弟子にしてください……!」


 その言葉は、さっきよりも小さく、でも確かに聞こえた。


(……いや、知らないし。わたしの何を見て、何を学ぶつもりなんだろう。かなり自分勝手な人だと自覚してるんだけどな)


 わたしは深く息を吐き、できるだけ丁寧に、しかし距離を置くための口調で言う。


「理由を言ってください」


 そう言うと、宮城さんは視線を逸らし、手をもじもじされながら答えた。


「ぼ、僕は気が弱くて、……それが、コンプレックスになってて……。でも、成瀬さんは自分ってものが出来上がってて……すごいなって思ったから……」


 どうやら、わたしの自分という個が成立している所を尊敬しているらしい。確かに、わたしは他人の評価で自分を変えようとは思わない。好きな物が、他人から嘲笑され、いじめられる原因となったとしても、好きな物を変えたり、隠したりしないだろう。

 宮城さんの好きな物には昆虫があり、それは普通とは言い切ることが出来ない物である。だからこそ、わたしのことを尊敬することのは理解できるが、それが理由でわたしの邪魔をすることはやめてほしい。


「そうですか。なら、一人で頑張ってください」

「え、あっ……まっ……」

「そもそも、宮城さんは他人に頼って自分を作ろうとしているのでしょう? その考えは甘いですよ。他人が手助けすることは出来ますが、結局自分を作ることが出来るのは自分だけです。だから、わたしに頼ろうとしている時点で、それは永遠に叶いません」


 わたしの言葉に、宮城さんはうつむいて、唇を噛んだ。手は固く握られていて……でも、震えているだけで、わたしに対して言い返そうともしてこない。

 せめて、ここで言い返そうとしたならば、一考の余地はあったのだが、そうでないなら、この話はこれでおしまいだ。わたしは再び本に視線を落とし、自分の世界に入ろうとする。


 が、それを阻む人が現れた。


「冷たいねー、日和は」

「朔月、本返して」


 朔月がわたしから本を奪い取り、ひらひらと手の届かない位置で揺らす。 まるで犬におやつを見せびらかすみたいな動きだ。


「アハハ、犬みたい。それに、今は読書の時間じゃないでしょ。ほら、弟子入り希望者がいるんだから」

「……わたしは弟子なんて取らない」

「そう言って、ボクには日和が弟子を取る未来が見えているよ」


 そうして、朔月はわたしの本を持ったまま、宮城さんの方に足を進めた。


「結ちゃんだっけ?」

「え? あっ、はい……」


 朔月は、急に宮城さんの手を取って、強制的に視線を合わせる。宮城さんに用があるだけなのなら、本を返してほしい。この時間が本当に無駄だ。人間の一生は、人類史の長さに比べたら、雀の涙ほどしかないんだから、一秒たりとも無駄に出来ないんだ。

 けれど、朔月がわたしの気持ちを汲み取ったことなど一度も無く、またわたしを巻き込んで、めんどくさいことをさせてくることが確実だった。


「結ちゃんは、植物と昆虫が好きなんでしょ」

「は、はい……」

「アハハ、素直でいいね。それに、ボクも昆虫が好きだよ。あの節や外骨格、そして、何より人間にはない機能がたくさんあるところがすごくいい!」


 朔月が、まるで宝物でも見つけたかのように目を輝かせた。確かに、幼馴染であるわたしは、朔月が昆虫が好きなことを知っている。でも、哺乳類から植物、しまいには細菌まで、全部好きなだけだ。正直、詭弁だよなと思ってしまう。

 まぁ、宮城さんには、そんなことを知る余地もなく、朔月の言葉を聞いて、目を輝かせた。


「あ、朝比奈さんも昆虫が好きなの!? なら、キリギリスの耳が前脚の脛にあるところ、面白いよね。前脚の鼓膜器官で音を拾うんだ。しかも、種の鳴き声やコウモリの超音波に周波数チューニングされた聞こえ方をするっていう、この合理性が好きで。

 それにカマキリ。昆虫なのに首を左右へ大きく、ほぼ180°まで回せるの、本当にすごいと思う。視野の確保と待ち伏せの精度が段違いになるんだって。あれは獲るための構造がそのまま形になってる好例だよね。

 タガメも語りたい。腹端の呼吸管を水面にちょい出して空気を吸うし、翅の下に空気をためて潜り続けることもできる。水中生活と空気呼吸を両立させる、この発想……生きるための工夫が丸ごと形になってる感じが心の底から尊敬できるんだよ」


 昆虫についての情報の圧力。それを受け止める準備が出来ていなかったから、思わず面食らってしまう。それは朔月も同じだったようで、目を丸くして驚いていた。珍しい反応だが、当然といえば当然だろう。ついさっきまで気弱な女の子だった宮城さんが、好きな物の話になると、ここまで人が変わるのだから。

 

 朔月ですら予想していなかったことで、そして同時に――こういうギャップのある人間が、朔月の好みであることを知っているわたしから見れば、宮城さんに対して同情のような物を抱いてしまう。

 が、この時の朔月は、珍しいことをした。


「アハハ! 面白いね、君は!」

「あっ、つい……ごめんなさい」

「良いよ、面白かったし。だよね、日和。日和も話そうよ」

「巻き込むな」


 いつも、面白い人を見つけた時は、自分の興味を満たすために動いていたはずなのに、この時ばかりはわたしに話を振って来たのだ。

 どうして、そんなことをするのだろうか。本当に、意味が分からない。


「興味ない」

「はぁ、幼馴染の頼みでも、話そうしないのかい? 薄情者だね」


 わたしが渋々折れると、朔月は満足そうに笑い、宮城さんは「えっ、成瀬さんが……?」と小さく息をのんだ。

 期待されても困る。わたしはそこまで昆虫に詳しいわけでも、語りたいわけでもない。


「はぁ、もう敬語じゃなくていいか。昆虫でしょ……なら質問、昆虫が巨大化出来ないのはなんでだと思う?」

「巨大、化?」

「うん、哺乳類だと、象やキリン。鳥類でも、ダチョウのような大きさの生物がいる。植物なんて、桁違い。なのに、昆虫で一番大きなのはナナフシで64センチ程度、それって何でなのかな?」


 わたしが昆虫について知っていることをかけ集めて、そんな質問をすると、宮城さんは心の底からの笑顔で、食らいついてきた。さっきまでの気弱さはどこにもなく、瞳だけが異様な熱を帯びている。


「そ、それはね! 昆虫が巨大化できない理由は、ひとつじゃないんだよ。まずは重さ。体が大きくなるほど重さが指数関数的に増えるの。 だから、支えきれなくなるんだ。もし今の昆虫が象サイズになったら、立ち上がる前に自分の重さで潰れちゃうからね。

 それに、呼吸。昆虫は気管で酸素を運ぶでしょ? あれ、体が大きくなるほど効率が落ちるんだよ。酸素を運ぶ距離が伸びるのに、気管の太さはそんなに増やせないから……大きくなればなるほど酸欠になりやすくなるの。

 でもね、僕が一番大きいと思う理由は捕食圧だと思っていて、昆虫の強みは数で勝負することが出来るからなんだ。でも、身体が大きくなってしまうと、消費量も多くなってしまって、より多くの生き物を食べる必要が出てくるんだ。そうなると、強みであるはずの数が減ってしまって、繁殖することが出来なくなってしまうんだ。これらの理由から、僕は昆虫が巨大化できないんじゃないかと思う」


 なんだ、出来てるじゃん。その調子でいれば、きっとコンプレックスが解消されるよ。


「なるほど、そう言うことだったんだ」

「な、成瀬さんも昆虫が好きなんですか?」

「違うよ、日和は昆虫が好きなんじゃなくて、人間が嫌いなだけ。そのおかげで、人間以外には詳しいから」

「朔月、黙れ」


 わたしが睨むと、朔月は「はいはい」と言いながらも全く反省していない顔で笑った。

 宮城さんは、そんな二人のやり取りを見て、ぽかんと口を開けている。


「人、嫌いなんですか?」

「うん、鬱陶しいから」

「またまたー、本音は身内にしたくないからでしょ。日和って身内だけには優しいから、これ以上増やしたくないだけなんだよ。だから、思いっきりぶつかっちゃえ。身内だと認識したら、きっと弟子にしてくれるから。大丈夫、安心して、砕けたらボクが拾ってあげる」

「お前は黙れ」


 めんどくさい。でも、宮城は朔月の言葉に感銘を覚えたようで、わたしに近づいてこようとする。


「な、成瀬さん。これから、よろしくお願いします」

「……押し、強いね」

「ほめていただき、ありがとうございます!」

「……もう、弟子にする必要ないでしょ」


 どれだけ言葉で拒否しようとも、宮城はわたしの心に近づいてくる。なんなの、もう自分を貫くことが出来てるじゃん。

 わたしに近づく理由なんて、とっくになくなってる。


「あらあら、面白いね。二人とも」

「きらきらちゃん、見てたんだ」

「うん、面白そうだったからね」


 如月さんも、わたしたちの方にやって来て、にやにやと笑っている。うるさい、鬱陶しい。これの何が面白いんだ。

 全部邪魔だ。わたしの心に、土足で踏み込むな。


 気づけば、鬱陶しい腐れ縁と、弟子になろうとしてくる変人と、本音が見えない優しい人が、当然のようにわたしの周りに集まっていた。


――平穏なんて、当分訪れそうにない。


 わたしは小さく息を吐き、諦め半分で目を閉じた。

 

 

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