聖人
「アハハ! やっぱり、ボクたちは運命で結ばれているんだよ」
「うるさい」
わたしたちは、同じ教室で話している。あの後、何とか鍵を取り返し、クラスを確認したのだが、また朔月と同じクラスになってしまい、こうして関わり続けることになっている。
これで、七年連続だ。いい加減、やめてほしい。
それに加え、朔月は入学式で新入生代表の挨拶をしたのだ。そのせいで、同じクラスの人から注目を浴びており、それと同時に、わたしの方にまでその鬱陶しい視線が向けられている。
わたしは、教室の隅っこで、静かに本を読んで暮らすことが理想なのに、朔月のせいで早速理想から遠のいてしまっていた。
それは、何年も経験してきたことであり、もう慣れたはずなのに――やっぱり嫌なものは嫌だ。
「日和、そんな怖い顔しないでよ。せっかく同じクラスなんだし、もっと喜んでくれてもいいじゃないか」
「……喜ばないよ。むしろ、どうして毎回同じクラスになるのか説明してほしいくらいなんだけど」
「きっと、神様が一緒にいるべきだって言っているんだよ」
「そんな神様がいるのなら、さっさと消してしまいたいよ。神なんて、人間の道具に過ぎないんだから」
「日和も結構思想が強いよね」
朔月がそんな風に笑っている。それは否定したい、いくらわたしの思想が強くても、朔月にだけは言われたくない。
それに、思想が強くて何が悪い。わたしはわたしなんだ、他人に従う必要はない。
「それで、これからどうするの? わたしに迷惑かけないでよ」
「そうだね。まずは紅茶でも入れようか」
「麦茶でしょ、水筒の中に入っているのは」
「言ってみたかったんだよね、これ」
そうして、わたしたちは先生が来るまで、意味のない会話を続けて、時間を無駄に浪費した。本当なら、この時間に本でも読みたかったのだが、朔月の前でそんなことをしてしまうと、何をされるのか予想すら出来ない。
ただ、ろくなことにならないことだけは確実であり、わたしは朔月の側では本を読むことすら出来ないのだ。
そんな時だった。
「ねぇ、もしかして、新入生代表の挨拶をしていた人?」
クラスメイトの一人が、わたしたちの方へとやって来て、朔月に向かって話しかけたのだ。
「そうだけど、君は?」
「私? 私は如月綺羅っていうの。よろしくね」
如月さんは、そう言って朔月の方に手を差し伸べる。
肩までのゆるふわな髪に、ぱっちりした目。笑顔がやけに整っていて、いかにも人当たりの良い人気者って感じだ。
けれど、朔月はその手を握ることは無く、「ふーん」と言って、如月さんの周りを歩き始めた。その視線は、如月さんに集中されており、三百六十度、全角度から如月さんのことを観察している。
手を取らず、そんなことをするなんて、失礼極まりないと思うが、それは朔月の責任だ。わざわざわたしが指摘する必要はない。
「えっと……どうしたの?」
「如月綺羅、きさらぎきら……きらきらちゃん?」
「えっ?」
如月さんの目が一瞬だけ点になる。
まあ、初対面の相手にいきなりそんなニックネームをつけられたら、誰だって困惑するだろう。しかも、それはきらきらちゃんという人によっては、心の底から嫌うようなあだ名だった。
でも、如月さんは心が広かったようで、少しだけ黙り込んだ後、すぐに笑顔になって、まるで受け入れるしかないみたいに明るく笑った。
運がよかったね、朔月。もし、相手の心がもっと狭かったら、初日から人間関係にひびが入ってたと思うよ。
「よろしくね、きらきらちゃん。ボクは朝比奈朔月。よろしくね」
「あはは……きらきらちゃんのままなんだ。いいよ、よろしくね。朔月ちゃん」
そうして、朔月はやっと、如月さんの手を握り返し、満足げに笑った。どうやら、朔月はもう友人を作ったらしい。いいぞ、そのままわたしから離れていってくれ。
ちなみに、わたしは如月さんが朔月に話しかけた瞬間から本を読んでいる。わたしは、他人に関わる必要なんてないと思っており、教室の隅っこで本を読む毎日が心の底からの理想なのだ。こうして本を読むことで、話しかけられたくないとアピールできているはずだ。
「えっと、その子は?」
その証拠に、如月さんはわたしの方を困惑しながら見ていた。少し前まで、朔月と話していたはずなのに、気づけば本を読み始めているわたしを見て、きっと話しかけ辛いなと思っただろう。
そうだ、それでいい。そのまま、わたしから離れてくれ。
とは言っても、この程度の抵抗で一人になることが出来るのなら、ずっと前から一人になっている。
「この子は、ボクの幼馴染であり、親友でもある成瀬日和だよ」
「親友じゃない、腐れ縁」
「ほら、こんな感じで素直じゃないし、ボク以上に自分勝手で傲慢な人だけど、いい人だよ」
「お前に言われたくない」
朔月が喧嘩を売ってくる。別に買いたくないけど、買わないと話が終わらないのも分かっている。
ほんと、面倒くさい幼馴染だ。
「ふふ、仲良いんだね。羨ましいな」
如月さんは、わたしたちのやり取りを見て、くすっと笑った。どうやら、このやり取りは、彼女にとって面白いものだったらしい。好みが悪いな、わたしが心の底から嫌がっているのに、それを楽しむなんて。
まぁ、何故かわたしたちは仲がいいねと評されることが多い。小学生の時も、中学生の時も、わたしたちの両親すらもそう言ってくる。本当に、意味が分からない。
他人からどう思われようとかまわない。他者からの評価なんて、自分を変える理由にならず、わたしに与える影響なんて、無に等しいからだ。わたしがわたしであり続けることが出来るのなら、どんなことだって許してあげよう。
でも、それだけは駄目だ。わたしと朔月の仲がいいと思われるのは、どうしても許容できなかった。
「頭大丈夫? わたしとこれが仲がいいように見えるなんて、目がおかしいのか、認知機能に異常があるのかのどっちかしかない」
「アハハ、やっぱり日和は辛辣だね。踏み込んできた相手には」
わたしの言葉を聞いて、如月さんは一瞬だけ頬をひきつらせたが、それでも笑顔を保っていて、わたしに対しても未だ親切に接するつもりらしい。いかれてるね、本当に天使みたいな性格だ。優しすぎて、少しも信用できない点を除けば。
「それなら、二人は、仲が悪いの……?」
「うん」「いや、仲は良いよ」
「えぇ」
わたしたちの意見は一致せず、互いに自分が思っていることを押し付け合っている。そのせいで、如月さんの表情には、ずっと困惑が張りついていた。
でも、それでいい。何処まで行っても、わたしたちの関係はこの調子なのだから。
「ま、まぁ、これからよろしくね」
「ほっといて、わたしは一人でいたい」
「相変わらずだなぁ。でも、安心して、ボクが巻き込んであげるから」
そうして、わたしたちは平行線で、無駄な会話をしていた。その間に挟まれている如月さんには、少し悪いなとは思うけど、そもそも話しかけてきたのはそっちであり、自業自得だ。……人間関係に、打算を入れるのは正しいと思うけど、自分の行動には責任を持つべきなのだから。
「さぁ、みんな。座ってくれ」
教室のドアが、重い音を立てながら開き、若いスーツを着た男性が入ってくる。どうやら、このクラスの担任らしい。平均くらいの身長で、黒色の短い髪。何処も特筆するところが無い姿をしている。
しいて、特徴をあげるなら、柔らかい雰囲気を纏っていて、生徒の自主性を尊重しそうであるが、生徒の制御することは出来なさそうに思えてしまうところだ。きっと、朔月のせいで大変な思いをすることになるのだろう。ご愁傷様。
こうして、わたしは高校生活初日から平穏を失い、またしても周りに振り回される日々が始まったのだった。
まさか、わたしの人生を振り回すのが、朔月だけじゃないなんてね。




