やらかし
「げっ」
「第一声がそれ? 相変わらず酷いねー、日和は」
「それなら、わたしと縁を切れば」
「ごめんごめん、ボクはそんな日和が好きだよ」
「あっそ」
次の日、わたしは家から出ると、外で待っていた朔月と出くわした。
本当に、めんどくさい。いつものことだけど。
「昨日、ちゃんと如月さんのことを送ったんだよね」
「もちろん。まさか、ボクのことを信用してないのかい?」
「いらないことをしてそうだけど」
「アハハ! 面白いことしかしてないよ」
(面白いこと……なるほどね)
「頭下げに行くよ」
「あれ? ボクの話を聞いていたのかい?」
「聞いたうえで言ってるの」
朔月が面白いことをしたって言った場合は、大抵誰かに迷惑をかけているんだ。一般的に考えて、迷惑をかけた相手には謝るべきだろう。それが、友人であるのなら、なおさら。
それは、別に嫌だというわけではない。――いや、めんどくさいから嫌ではあるんだけど、何度も経験したことであるから、とっくに慣れてしまった。いいことか悪いことかは分からないけど、慣れてしまっているから、抵抗はない。
(それにしても、如月さんに何をしたんだろうか? ……煽ったんだな、きっと)
朔月のしてしまったことを予想したが、大まかには予想がつくものの、正確には予想することは不可能だ。
でも、ろくなことをしていないことだけは分かる。はぁ……本当にめんどくさい。如月さんは如月さんで、裏がありそうな人だから、対応を間違えると、もっとめんどくさいことになるんだよな。
あぁ、ほんと巻き込まれたくない。わたしと宮城に迷惑をかけず、対岸で殴り合っててほしい。
朔月が、わたしを巻き込んで来るのは分かり切っていることだけどさ。
「はぁ、何を言ったのか、正確に教えてくれる?」
「友人でもない相手のことを、そこまで気にするの、珍しいね。ちょっと嫉妬――」
「わたしと宮城に迷惑がかかる可能性があるから言ってんの」
「へぇ、宮城ちゃんも……」
いつの間に、仲良くなったんだか、と朔月はわたしの顔を覗き込んでくる。
その目が、妙に楽しそうで、わたしは思わず眉をひそめた。
「なに? 文句あんの?」
「別にないさ。日和にボク以外の友達が出来ることは、とっても喜ばしいことだからね!」
「あっそ」
ちっ、このことは、きっと美咲さんにバレるな。コイツの前で口を滑らすなんて、絶対にしてはいけないはずなのに……もしかして、寝ぼけてんのかな? 顔はしっかり、洗ったはずなのに。
美咲さんって、第二の母親みたいには思ってはいるけど、おせっかいなところが玉に瑕なんだよなぁ。どうせ、新しい友達が出たって、はしゃいで、余計なことをするに決まってる。
「ところでさ」
「なに? 今は機嫌が悪いから、簡潔に言って」
「またまたー、機嫌が悪い時の日和も可愛いけど、普段の日和の方がもっと可愛い――いたっ」
「殴られたいの?」
「もう殴ってるでしょ」
「……」
ぶっ殺すとこころの中で思っているのなら、その時はすでに行動しているって漫画のキャラが言ってた。ソレと同じだ、仕方がない。だから、わたしは悪くないし、朔月に謝ったりしない。
もちろん、朔月以外には謝るし、こういうこともしないけど、朔月ならいいよね。……最低だとは、自覚しているけど。
「で、要件は?」
「ボク以外の友達って言葉を否定しないということは、ボクのことを友達って認めたってことだよね!」
……はぁ
「腐れ縁だけど」
「アハハ! 嬉しいな、ようやく腐れ縁から友達まで扱いが良くなったよ!」
「否定しているでしょ」
「よく聞こえないよ。もう一度言ってくれない?」
「……もういいや」
こうなってしまったら、もうどうしようもない。朔月は、根本的に人の話を聞かない人だから、今からどれだけ否定したとしても、この勘違いを治すことは出来ないだろう。
……と言うか、そもそもこれは、勘違いとかじゃなくて、朔月が、わざと曲解して楽しんでいるだけだ。だから、何を言ったって彼女に届くはずもなく、言うだけ無駄になってしまうのだ。
「ほんと、めんどくさい」
「何がめんどくさいの?」
「そういうとこ」
わたしが吐き捨てるように言うと、朔月は嬉しそうに笑って、まるで褒められたみたいに胸を張った。
……ああ、やっぱりコイツは一生めんどくさいままだ。
「お、おはよう。日和ちゃん」
「おはよう、宮城」
教室の中に入ると、今日は宮城がわたしよりも先に来ていて、わたしの席の後ろに座っていた。机の上には、図鑑のような分厚い本が乗っており、彼女はそのページをめくっていた。
「図鑑?」
「うん、植物に関する図鑑」
「へー、面白い?」
「うん」
宮城はそう言って、大事そうに図鑑をぱたんと閉じ、両手でそっと押さえた。
その図鑑は、角が丸まって居たり、所々表紙がはがれている場所があったものの、汚れなどは一切なく、今まで大事に使ってきたものだということはすぐにわかった。
「……そんなに大事にしてるんだ、それ」
「そうだよ……小学四年生の時に、お父さんから買ってもらって。そこからずっと使ってるんだ」
「そうなんだ。でも、何で今日に限って、学校に持ってきたの?」
宮城とは一昨日に出会ったばかりだけど、この図鑑を持っていたのは一度も見たことが無い。
もちろん、偶然今日まで学校に持ってきていなかっただけかもしれないが、今までの宮城の発言から考えれば、そうでないことは簡単に予想できる。
「それは……今まで、図鑑を学校に持ってきたら、馬鹿にされたことがあったから……。でも、日和ちゃんが、このままでいいって言ってくれたから、もう少し好きなものに自信を持っていいかなって思えたんだ」
宮城は、図鑑の表紙をそっと撫でながら言った。
その指先は少し震えていたけれど、声だけは昨日よりずっと強かった。
「そっか。それなら、よかったよ」
「うん……ありがとう。……あっ、でも、これからも仲良くしてくれると嬉しいなって……」
「……わたしの性格を理解しているね。いいよ、そこまで冷たい人間じゃないし」
どうやら……宮城が自分に自信を持つことが出来たのなら、もうわたしが関わる必要はないよね、っと思ってしまったことがバレてしまったらしい。宮城と出会ってから、まだ少ししか経っていないはずなのに、何でこう簡単に考えていることを見破られてしまうのだろうか?
まぁ、そのことはどうでもいいや。考えていることが見破られることで、わたしが損するわけでもない。だって、考えていることが見破られて、他人が離れていくのなら、それはそれで本望だし、むしろ楽でいい。
「へー、宮城ちゃんがそんなことを言うとは……。日和、昨日何言ったの?」
すると、朔月がちょっかいをかけて来た。何でもいいでしょ、問題ない。
「いろいろ。誰かさんと違って、良いことを言ったとは思うよ」
「まるで、酷いことを言った人がいるみたいな言い方だね。心当たりがあるの?」
「鏡を見て来い」
如月さんに迷惑をかけた(推定)朔月が言っていい台詞じゃない。
わたしが睨むと、朔月は肩をすくめて笑った。
「酷いなー、ボクが誰かに酷いことをするわけないじゃないか」
「え……」
「宮城すら驚いてるよ」
「……そうだね、ちょっと反省する」
そんな会話をしながら、わたしたちは朝礼までの時間を潰していった。
楽しいってわけじゃなかったっけど、まぁ嫌では無い時間だったよ。こんな時間なら、いくらでも続いてほしい。
そして、しばらく時間が経った時だった。
「あ、朔月ちゃん、成瀬ちゃん、宮城ちゃん、おはよう」
朝礼の一分前に、如月さんが教室の中に入って来た。
正直、ちょっとだけ意外だなって思ってしまっている。如月さんは、どちらかと言うと五分前行動をするタイプで、ぎりぎりで動くような人だと思っていなかった。だから、何かあったのかなと思ってしまう。
でも、わたしたちは友達じゃなくて、ちょっとした知り合い程度の関係だ。心配するほどの仲じゃない。
それに、何かあったとしても――どうせ朔月が関係している。そうに決まってる。
「きらきらちゃん、おはよう。遅かったね、何かあったの?」
「ううん、ちょっと寝坊しかけてしまっただけ。心配してくれて、ありがとうね」
「当然さ! 友人の心配をするのは、一般的に考えて当たり前のことだからね!」
朔月が胸を張って言う。
如月さんはふふっと笑ったが、その目の奥は笑っていないように見えた。
ほんの一瞬の違和感。
普通の人なら気づかない程度の小さな揺らぎ。
でも、長年朔月の側にいたせいで、わたしは他人の“微妙な変化”を見破るのが得意になってしまった。
(……まぁ、別にいいけど)
如月さんだって人間だ。優しい人でも、善人でも、負の感情くらい持つ。だから、わたしは何も言わないし、言う必要もない。
朔月は相変わらず調子に乗って笑っているし、宮城は図鑑をそっと押さえたまま、居場所を探すように視線を揺らしている。
如月さんは、そんな三人をまとめて包むような柔らかい笑顔を浮かべていた。
(……ほんと、めんどくさい)
でも、悪くない。昨日より少しだけ、空気が温かい気がした。
そう思ったところで、教室の扉が開き、担任が入ってきた。
「席につけー。朝礼始めるぞー」
その声が、わたしたちの小さな輪をあっさりと断ち切った。
朔月は「はーい」と軽く返事をし、宮城は慌てて図鑑を閉じ、如月さんは静かに席へ向かう。
(……まぁ、こんな朝なら悪くないか)
そう思いながら、わたしは本を開いた。読みたいから読む。それだけのことだ。
こうして、わたしたちの朝は始まった。




