信頼(裏)
「へー、そんな出会いだったんだ」
「そうだよ。あの時の日和は、今よりも人付き合いが悪くて、ほんと苦労したんだから」
ボクは、きらきらちゃんと一緒に、夕暮れ時の道を歩いていた。太陽のオレンジ色の光が、アスファルトの地面をゆっくりと染めていく。
ボクは、この時間がどうしようもないほど好きだった。昼と夜の狭間、なんてカッコいい時間なのだろうか。夕方と言う時間は、一日の中でも限りなく短い時間であり、その一瞬の輝きは昼の太陽にも勝る。
そんなの、カッコ良すぎるじゃないか。
「それで、きらきらちゃん。ボクのお母様はどうだった?」
「良い人だと思ってるよ。お菓子も作ってくれたし、レシピもこっそり教えてくれたからね」
「でしょー? ボクのお母様、とってもすごいんだから」
胸を張って言うと、きらきらちゃんはくすっと笑った。どうやら、ボクの家はきらきらちゃんにとっても、過ごしやすい家だったらしい。それが本音だとしたら、ボクも、お母様も、日和すらも喜ぶことが出来るだろう。
だって、日和はボクのお母様のことが好きだから。ツンデレのせいで、口にすることは無いけれど。
「それにしても、ちょっと意外だったかも」
「意外って、何が?」
すると、きらきらちゃんが、少しだけ神妙な顔で、問いかけて来た。さっきまでの柔らかい笑顔とは違う。
何か、胸の奥に引っかかっているものがある――そんな表情だった。
「朔月ちゃんと、成瀬ちゃんって、もう少し付き合いが悪いと思ってた」
「へぇ、それってどういうこと?」
ボクと日和の付き合いが悪い? 何を言っているのだろうか。天地がひっくり返っても、それはあり得ない。ボクにとって、日和は親友で、幼馴染で、妹みたいな人で、何より――ボクの人生を面白くしてくれた人だ。
だから、何があっても、ボクたちは一緒にいるし、離れることは無い。
たとえ、日和が心の底から嫌がったとしても、ボクたちは離れることが無いんだ。
……まぁ、日和は正直じゃないだけで、ボクと離れることは嫌だと思っているんだろうけどね。
「いや、もちろん二人が仲がいいってことは分かっているんだよ。でも、あそこまで家族ぐるみの付き合いだとは思わなかったんだ」
「あそこまでって、どういうこと?」
「だって、成瀬ちゃんは朔月ちゃんの家に、かなり馴染んでたでしょ。言葉では表していなかったけど、あの雰囲気は本当の家族みたいだった」
「へぇ、よく見てるじゃん」
結構観察しないと、分からないはずなのにな、と小さく呟き、ボクはきらきらちゃんの方を見直した。夕暮れの光が弱くなっていく中で、きらきらちゃんの表情はどこか真剣で、さっきまでの柔らかい笑顔とは違っていた。
正直、面白い子だとは思っていたけど、ここまでとは想定していない。この調子だと、面白い人ランキングを数段上にあげる必要がありそうだ。
(日和が一番上だとして……宮城ちゃんより上にしよっかな。宮城ちゃんも宮城ちゃんで面白いけど、きらきらちゃんの方がボク好みかも)
日和に聞かれたら、普通に怒られそうなランキングを、頭の中で修正していく。日和とそれ以下では、隔絶した壁があり、何があってもそこ壁を超えることは無いが、きらきらちゃんは今の発言だけで、その壁の麓までやって来た。
これは、本当に珍しい、もはや奇跡と言えるほどの出会いだ。中学生の時ですら、ここまで面白い人と出会えなかったからね。
「アハハ! 本当に凄いねぇ。観察眼が優れてるって、褒められたことはないのかい?」
「無いけど、そこまで喜ぶようなことだったの?」
「当然さ。今までに何人か、ボクの家に連れて行ったことはあるけれど、それに気づいた人は誰もいなかったよ」
ちなみに、日和が知らないことが一つある。それは、日和が家に来ない日は、誰もボクの家に入れたことが無いのだ。
だって、ボクの家は、ボクと日和のモノ、その中に隠れて誰かを入れるなんて、そんなことするわけないじゃないか。誰かをボクの家に招くときは、強制的に日和も連れてくるし、日和がいない場所で、ボクの家を誰かと共有するなんて、考えただけで胸の奥がざわつく。
「へー、私が最初に気付いたんだ。私って、結構すごいのかな?」
「そうだよ。ボクの予想を超えたんだ。もっと自信を持ったほうが良い」
「……上から目線だね」
「そっちの方が面白いから」
ボクが笑いながら言うと、きらきらちゃんは呆れたように眉を下げたけれど、その目はどこか楽しそうだった。夕暮れの光が弱くなっていく中で、きらきらちゃんの表情はさっきよりもずっと柔らかくて、ほんの少しだけ照れているようにも見えた。
「朔月ちゃんって、面白いことがとっても好きだよね」
「もちろん。人生は、たった八十年……人類史に比べたら雀の涙くらいの時間しかないんだ。その限りなく短い時間を、最大限に楽しむのは当然のことでしょ」
「ふふっ、確かにそうかも。朔月ちゃんって、人生を決して無駄にしないように、無駄な時間を心から愛してるんだね。……ほんと、矛盾しているようで、矛盾してない。朔月ちゃんみたいな人、初めて見たよ」
「へぇ、それは褒め言葉として受け取っていいのかな?」
「もちろん」
きらきらちゃんは、真っすぐな目でそう言ってきた。
太陽が地面に墜ちかけて、街路灯の光がぽつりぽつりと灯り始める。その淡い光が、きらきらちゃんの横顔をやわらかく照らしていた。
「あ、ここがわたしの家なんだ」
「へー、結構いいところに住んでるんだね」
そうして、きらきらちゃんが、マンションのエントランス前で立ち止まった。ガラス張りの自動ドアが、街路灯の光を反射して淡く光っている。外壁は白っぽいタイルで、夕暮れの残り火を吸い込んだようにほんのり温かい色をしていた。
見た感じ、ここはマンションの中でも、結構高いところだろう。なのに、きらきらちゃんの持ち物には、良いブランドの物などない。……ふーん、なるほどね。
「ここまで送ってくれてありがとね」
「うん、また明日。学校で」
ボクは軽く手を振って、きらきらちゃんがエントランスの中に入って行くのを見送ろうとする。
これで、ボクは役目は終わり、後は家に帰るだけ。
――そんなわけないでよねぇ。
「あ、きらきらちゃん。ちょっと待って」
「えっ。どうしたの? 朔月ちゃん」
急に呼び止められて、きらきらちゃんが少し驚いた顔で振り向く。
エントランスの自動ドアが閉まりかけていたのに、慌てて足を止めたその姿が、なんだか可愛らしかった。
ボクはゆっくりと歩み寄りながら、きらきらちゃんの顔を覗き込む。
「ねぇ、きらきらちゃん」
「……な、なに?」
「ボクはね、如月綺羅ちゃんのあだ名をきらきらちゃんにしたのは……決して、名前だけが理由じゃないんだよ」
「――ッ」
如月綺羅が、息を呑む。
その反応は、怯えだけではない。得体の知れない物を目にした恐怖や、触れられたくない物に触れらてしまうことに対する、怯えがあった。
エントランスの自動ドアは完全に閉まり、外の冷たい空気だけがふたりの間に残っている。
街路灯の光が綺羅ちゃんの頬を照らし、その影がわずかに揺れた。
「ど、どういうことかな……?」
「アハハ! ボクはね、キミの生き方がとってもキラキラしていて、好みだったからきらきらちゃんって、呼んでいるんだ。もちろん、日和ほどでは無いんだけど、ボクはキミの生き方が好きだから、ソレを肯定するよ」
「やめて――ッ!」
甲高い悲鳴と共に、ボクを押しのけようと、きらきらちゃんの両手が迫ってくる。
けれど、それはボクに届かない。こういう人が、どんな行動をするかなんて、ボクが知らないとでも思ったの?
「危ない危ない、もう少しで押し出されるとこだったよ。きらきらちゃん、そういう事をしたら駄目って習わなかったの? 押すという単純な行為でも、ボクがこけて頭を撃つ可能性もあるんだから、もっと注意しないと。やるならもっと、計画的に」
「うるさい! なんで、朔月は――」
「面白いから」
それ以外に、どんな理由があるんだろうか?
「じゃ、また明日」
「まっ――」
「時間は有限だよ。もっと大事に使わないと」
ボクは軽く手を振って、夜の道へ歩き出した。
背後で綺羅ちゃんが何か言いかけた気配がしたけれど、振り返るつもりはなかった。
だって――
(ああいう反応、最高に面白いじゃないか)
街路灯の光がアスファルトに落ちて、夜風が頬を撫でていく。
ボクは笑いながら、家へ向かって歩き続けた。




