四人で家
「じゃあ、ボクの家に君たちをご招待するよ。ついてきな」
「どうしたの、急に」
学校が終わると、朔月は急に宮城と如月さんに、まるで舞踏会にでも誘うかのような、妙に優雅な仕草で声をかけた。
なんで、わざわざそんな仕草をするんだろうか。なんか、胡散臭い。
「どうしたのって、親愛なる友人たちを家に招こうとしているだけじゃないか!」
「はいはい、いつもの悪乗りですか……、口を出したわたしが悪かったよ」
朔月はたまに、このような変なテンションになることがある。
そのたびに、どうしても胡散臭く感じてしまうのだが、当の本人に自覚はまったくない。
やめさせようとしても、改善してくれた試しなんて一度もない。
……まぁ、改善させたところで何になるのかと言われたら、わたしも何も言い返せなくなるのだけれど。
「ごめん、朔月はいつもこうで」
「私は別に気にならないよ。面白い子だなって思っているし。宮城ちゃんは?」
「ぼ、僕は他人と関わったことがほとんどないから……」
如月さんと宮城の二人は、朔月の行動にあまり違和感を感じなかったようだけど、それでも……このテンションに巻き込んでしまったことを謝りたい。
もちろん、朔月のせいで謝る羽目になるのは、なんか癪だから、よっぽどのことが無い限りしないんだけど。
「さぁ、ボクの家はこっちにあるから、早く行こうよ」
「わたしの腕を掴む必要はないよね!?」
「迷子になるかもしれないから、これは当然のことだよ!」
「何回、朔月の家に行ったと思ってるんだ!?」
そうして、朔月はわたしの腕を掴んで駆け出した。
突然のことで、わたしはそれに逆らうことが出来ず、引っ張られるように前へと足が動く。
それを見て、如月さんと宮城は一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに走り出して、わたしたちに追いつこうとした。
宮城は、「ちょっと……待って……」と言いながら、息も絶え絶えで走ってくる。その声は、今にも途切れそうで、見ているこっちが不安になるほどだった。
「朔月、ちょっと止まりなよ」
「大丈夫、宮城ちゃんなら、なんとかなる」
「何とかならないから言ってんの」
けれど、朔月は止まることなどなく、スピードを緩めずに走っている。わたしは何とか止めようと抗ってみたものの、自力に大きく差があるため、足を止めさせることは出来なかった。
こんなことになるのなら、普段から筋トレをしておくべきだった。わたしは、普段本を読んで過ごしているから、体力も筋力も無く、運動がかなり苦手んだ。
でも、予想外のことに、宮城は案外、朔月に食らいつくことが出来ていた。今にも倒れそうなほどの息遣いなのに、足だけは必死に前へ出している。
何がそこまで彼女を動かすのか……いや、その理由なんて、最初から分かってる。だからこそ、改めて気付きたくないだけなんだ。
「よし着いた。ここがボクの家だよ」
「ぜぇ……ぜぇ……、いい加減。走らすな」
「ふぅ、宮城ちゃん。大丈夫?」
「大丈、夫……じゃ、ない」
朔月と如月さんはまだ余裕そうだったが、わたしと宮城は完全に限界だった。気力がどれだけ残っていても、体力が足りなければ身体は動かない。必要なものが一つ欠けただけで全体が崩れる――まるで、タンパク質の不足みたいに。
息を整えながら、わたしは思わず空を仰いだ。……こんなこと、何度も経験して慣れているはずなのに。
「さて、ボクの家に入ろうか。何、遠慮しないでいいさ。ボクたちは、君たちのことを歓迎してるから」
「うる、さい」
朔月の、妙に気取った声が耳に刺さる。息がまだ整っていないせいで、余計に腹立たしい。
けれど、朔月は、まるで執事にでもなったつもりなのか、胸に手を当てて優雅にお辞儀までしてみせた。
「さぁ、どうぞ。お嬢様たちは、こちらへ」
でも、朔月はその演技をやめることはなく、むしろ調子に乗ったように、さらに深々とお辞儀をしてみせた。
そして、宮城たちは朔月の家の中へと入って行く。
如月さんは、躊躇いなんてものが無かったけど、宮城は少しだけ躊躇ってしまっていた。しょうがない。
「入るよ」
「えっ……あ、手……」
わたしは、宮城の手を掴んで家の中へと入る。宮城は、わたしと手をつないだことに驚いていたけど、そんなことは気にしない。別に良いでしょ、この二日間で、宮城は他人に触れられることをそこまで恐れていないと分かったし、今は立ち止まられるほうが困る。
「おかえりー。あら、お友達を連れて来たの?」
「そうそう、こっちはボクの友達であるきらきらちゃん。そして、こっちはボクの友達かつ日和の弟子の宮城だよ」
「お邪魔します」「お、……お邪魔、します」
美咲さんは、わたしたちを見るなり目を丸くした。
「昨日の今日で、もう弟子さんを連れてくるなんて……日和ちゃん、ずいぶん仲良くなったのね」
「仲良くなってない」
「もう、照れなくていいのよ。どうぞ、おいしいお菓子を用意するから、ゆったりとくつろいで」
そうして、美咲さんは宮城たちをリビングへと案内していった。
如月さんは「わぁ、楽しみ」と言いながら軽い足取りでついていき、宮城はというと、緊張で肩をすくめながら、そろそろと後を追う。
わたしだけが、その場に取り残されたような気分だった。
けれど、そんなわたしを朔月が見逃すはずもない。
「日和、何してるの。ほら、こっち」
朔月は、当然のようにわたしの腕を軽く引いた。
その仕草は、まるで“置いていく気なんて最初からない”と言っているみたいで、わたしは思わず眉をひそめる。
「別に……今行くから」
「宮城ちゃんを連れて来たのは、日和なんだから、ちゃんと責任取ってもらわないと」
「……はいはい」
朔月に連れられて、リビングの中に入ると、如月さんと宮城が一緒にソファへ腰を下ろしていた。
如月さんは、すっかりくつろいだ様子で部屋を見回しており、宮城はその横で手をもじもじとさせながら、じっと座っていた。その姿を見るだけで、どれだけ緊張しているかが分かってしまう。
「宮城、ここ座るよ」
「う、うん」
ここに連れて来たのはわたしだ。だから、責任を取らないといけない。
わたしは、宮城の隣に座り、少しでも安心させようとする。口下手だから、上手くできる気はしてなかったけど、宮城にとってはそれだけで安心できたようで、そっと息を吐きながら、肩の力を抜いた。
そして――
「改めまして、ようこそ! よくぞ、ボクの家に来てくれたね!」
朔月が、まるで舞台の幕開けみたいに両手を広げて宣言した。
「……うるさい」
それを聞いて、わたしはいつも通り小声で文句を言ったけれど、そんな些細なことで朔月の行動を変えられるはずも無く、朔月はさらにその調子で言葉を紡いでいく。
宮城や如月さんが、その勢いに少しだけ目を丸くした。
「相変わらず、朔月ちゃんは元気だね」
「当然さ。ボクは、三百六十五日二十四時間ずっと元気だからね! それで、お母様がお菓子を用意するまでの間、オセロでもしないかい?」
「なんで、二人でするゲームを選んだ?」
昨日は、わたしと朔月の二人しかいなかったのにも関わらず、ババ抜きや人生ゲームなどをやらされた。あれらは本来複数人でするゲームであり、二人だけでするのは余りにもつまらなかった。なのに、今日に限っては、なんで二人用のゲームを選ぶのか。四人いるんだから、もっと他にあるだろうに。
「わかってないなぁ。これだから、日和はボクより学力が下なんだよ」
「よし、表出ろ」
「な、成瀬ちゃん。落ち着いて……朔月ちゃんも、理由を教えてくれないかな?」
如月さんが慌てて間に入ってくれたおかげで、わたしはなんとか拳を握りしめるだけで済んだ。
ほんと、なんでコイツより学力が下なのだろうか? もし上だったら、こんな煽りなんて、絶対にさせなかったのに。
「理由? 理由か……それは、ボクたちの仲を深めるためだよ」
「は?」
「つまり、こういうことさ。ボクときらきらちゃん、日和と宮城ちゃんが組んで、二対二でオセロをするんだ。ルールは普通のオセロと同じ、でも一緒に考える仲間がいることで、友情と信頼が試される、究極の心理戦になるのさ!」
朔月の言葉で、宮城と如月さんが、感心したように目を瞬かせた。
どうやら、本気で朔月のことを見直したらしい。確かに、朔月が考案した二対二のオセロは、ババ抜きなどの複数人でするゲームより、ペアを組んだ相手のことを理解できるよになるだろう。
この四人組が、仲良し四人組なら、まだ話が違ったかもしれないが、本質は二組のペアが集まった四人組なのだから、それで問題はない。
朔月にしては珍しいまともな提案。この時ばかりは、ナイスプレーだと認めてやってもいい。
……ただし、それが本当の理由であるのなら。
「いつ考えたの? その理由」
「え?」
「きらきらちゃんに、理由を聞かれてからだよ」
「えっ?」
そう、朔月が言ったことは、如月さんの追及を躱すために作られた、偽りの理由に他ならない。
朔月の二対二のオセロを提案したのは、面白そうだから以外の理由は無く、その後の発言は全て出任せだったのだ。
如月さんは、 朔月の破天荒な言動に、心底驚いているけど、自分の意志で朔月に関わろうとしたんだ。それについては自業自得。わたしは助け舟を出さないよ。……わたしが巻き込んでしまった宮城だったら、助け舟を出さないといけないんだけどね。
「朔月はこんな奴、関わりたくないのなら、今の内だよ」
「ははは……まぁ、面白い子だし。友達をやめるつもりは無いよ」
「あっそ。勝手にすれば」
それでも、如月さんはにこっと笑って、まるでこれくらい平気だよと言うように肩をすくめた。
思ったより強いね。わたしには関係ないことだけど。
「それじゃあ、オセロを始めようか」
朔月が箱を掲げた瞬間、宮城は小さく肩を跳ねさせ、如月さんは楽しそうに身を乗り出した。
わたしはというと――深く息を吐きながら、覚悟を決めるしかなかった。
(……ほんと、なんでこうなるの)
そう思いながらも、わたしは宮城の隣に座り直し、静かに盤のほうへと視線を向けた。
こうして、四人の奇妙なオセロ対決が始まろうとしていた。




