初日
「朔月ちょっと待ってよ!」
「日和が遅いだけだよ! 今日は入学式、ボクたちの高校デビューする日なんだよ。早く、学校に行かないと!」
わたし、成瀬日和は、幼馴染である朝比奈朔月に腕を引っ張られながら、これから三年間通うことになる高校へと向かっていた。朔月は、わたしが小学四年生の時からの付き合いで、真っ黒の髪を背中まで伸ばしていて、一見すると清楚なイメージを持ってしまうが、毛先はまっすぐではなく、ところどころが勝手に跳ねたり分かれたりしていて、目つきは鋭く、纏う雰囲気がどこか野性的であり、中性的な印象を持たされてしまう。
そんなこともあり、中学時代は同級生から後輩に至るまで、数々の女子に告白されていたという、とんでもない実績を持っている。もちろん、当の本人はまったく自覚がない。むしろ「なんでみんなボクに手紙をくれるんだろうね?」と首をかしげていたくらいだ。
そんな感じで、女子にモテている朔月だが、その性格にはまったくと言っていいほど色気がない。
落ち着きという物は無く、常に好奇心だけで生きており、常識という物すらないに等しい。そのため、周りに数多の迷惑をかけ続けており、幼馴染であるわたしがそのしりぬぐいをさせらていた。
高校生になれば、この幼馴染と離れられて、やっと平穏な生活が出来るのだと思っていたのだが、何故か朔月はわたしと同じ高校に入ってきて、しかも当然のようにわたしの隣を歩いている。
まるで「一緒に来るのが当たり前でしょ?」と言わんばかりの顔で。
いや、当たり前じゃないから。むしろ、どうしてそうなったのか説明してほしい。
「ねぇ」
「どうしたのかい? 我が盟友」
「盟友じゃない、ただの腐れ縁だから。そんなことより、なんでわたしと同じ高校に入ったの? 朔月なら、もっと上の高校も行けたでしょ」
そう、朔月の方が、わたしよりも成績がずっと上だったのだ。なのに、第一志望校すらわたしと一緒であり、第二志望校や第三志望校も同じだった。
それは、明確にわたしと同じ高校に行こうとしていた証であり、胸の奥がざわつくには十分すぎる理由だった。
「……ねえ朔月。なんで、わたしと同じ高校にしたの?」
問いかけると、朔月はぴたりと足を止め、くるりと振り返った。
朝の光を受けて黒髪が揺れ、鋭い目がまっすぐわたしを射抜く。
「そんなの決まってるじゃないか」
嫌な予感しかしない。
わたしは思わず身構える。
「日和がいないと、ボクの尻拭いをしてくれる人がいなくなるじゃないか。ボクがボクであるためには、日和の存在は何よりも重要なことで、そこに学歴のようなものはいらない。それだけのことだよ」
「……コイツ」
怒りのようなものが、胸の奥で燃え上ってくる。コイツがわたしと同じ高校を選んだのは、仲がいいからでも、一緒にいたいからでもなく、尻拭いをしてもらうためとう、どうしようもない身勝手な理由であり、言葉を失うほど呆れ果てるには十分だった。
「……朔月さぁ。わたしの気持ちとか、考えたことある?」
「あるよ?」
嘘つけ、考えたことがあるのなら、そんな理由でわたしと同じ高校に来ない。
「ほんとに?」
「うん。だって、日和はボクの尻拭いをするのが好きなんじゃないか! だから、こうしてあげたんだよ」
うん、無理だ。
我慢するのをやめよう。
「馬鹿なの!?」
声が思った以上に大きく出て、朔月がびくっと肩を跳ねさせた。
けれど、驚いたのは一瞬だけで、すぐにいつもの調子に戻る。
「えっ、日和? ボク、なんか変なこと言った?」
「変なことしか言ってないよ!!」
胸の奥に溜まっていたものが一気に噴き出す。
もう我慢なんてできなかった。
「誰が好き好んで尻拭いなんてするの!? わたしはね、普通に高校生活を送りたいの! 静かに、平和に、目立たずに!」
「そうなの? ごめんね、これから三年間もボクの尻脱ぐいをさせてしまうなんて」
「確定事項なの!? これを聞いて、自重しようとは思わないわけ!?」
「うん」
うんって……ほんと、コイツのことは大っ嫌いだ。いくらお互いの両親の仲が良くて、家族ぐるみの付き合いだからと言っても、限度という物があるだろう。よし決めた。今年こそは、別のクラスになって、この馬鹿と絶縁してやる。
あとで泣いて謝って来ても、絶対に許さない。
「落ち着いてよ。ボクは、日和のことを頼りにしてるんだからさ」
「頼りにしてるって言っても、今日こそは許さないから。絶対に、絶対にね」
「そのセリフ、これで一億回は聞いたんだけど」
「四ケタも超えてないよ!!」
そうして、わたしたちは二人で高校に向かった。
わたしは怒りと呆れと諦めを胸に抱え、朔月はというと、まるで遠足にでも行くかのように軽い足取りで。
「日和、見て見て! あそこに猫がいるよ!」
「寄り道しないの! 入学式に遅れるってば!」
「大丈夫、ボクは特待生だから、きっと許してくれるよ!」
「わたしは特待生じゃないし、朔月は入学式で一年生代表として、スピーチをしないといけないんでしょ!」
「なんとかなるって」
「な ら な い!」
どうしてなんとかなると思えるんだ? 本当にめんどくさい。
そう心の中で毒づきながらも、気づけば、わたしの手は朔月の袖を掴んでいた。引っ張られているようで、実はわたしも引っ張っている。
六年近くの付き合いで、コイツの扱い方は誰よりも理解しているつもりだ。
「日和ってさ、なんだかんだ言って優しいよね」
「優しくない!」
「優しいよ。だって、ボクのこと置いていかないし」
「置いていきたいよ! 全力で!!」
「でも置いていかないでしょ?」
「……っ」
言い返せない。悔しいけれど、言い返せない。
朔月はにこっと笑って、わたしの手を軽く引いた。
「ほら、もうすぐ校門だよ。日和と一緒に入るの、楽しみにしてたんだ」
「……知らない」
「知ってるよ。日和はそう言いながら、ちゃんと来てくれるもん」
「来てるんじゃなくて、来させられてるの!」
「どっちでも同じだよ!」
同じじゃない。同じじゃないけど、もうどうでもよくなってきた。
校門が目の前に迫る。新しい制服、新しい校舎、新しい生活。本来なら胸が高鳴るはずの光景なのに、隣にいるこの幼馴染のせいで、わたしの心は別の意味でざわついている。
「日和、行こう! ボクたちの高校生活が始まるよ!」
「……はぁ。もう、好きにして」
「うん! 日和も好きにしていいよ!」
「それなら、一人にさせてよ!」
わたしの叫び声と、朔月の笑い声が混ざり合う。
こうして、わたしの平穏とは程遠い高校生活が幕を開けた。




