第五話 学園祭と、旧校舎のカフェ
私立歌川雲雀高等学校。学園祭まであと二週間。
華やかな新校舎では、模擬店の看板が作られ、教室には巨大なオブジェが飾られている。お嬢様学校の学園祭は、ただの出し物ではなく、生徒たちがそれぞれの個性を競い合う、一大イベントだった。
そんな活気から少し離れた旧校舎の部室では、五人になった軽音サークルが、学園祭で披露する曲作りに取り組んでいた。
「ここ、もう少しベースを抑えて、ドラムを前に出そうか」
月の的確なアドバイスに、陽菜と葵は頷く。雪巴は作詞に集中し、巴夏はそれを補うようなギターリフを考えている。
しかし、曲作りは順調にはいかない。特に、歌詞に詰まった雪巴と、それに合わせてメロディを考えなければならない巴夏は、少し煮詰まっていた。
「ちょっと休憩しない? 気分転換に旧校舎のカフェに行こうよ」
雪巴の提案に、巴夏は無言で頷いた。
旧校舎の奥にあるカフェは、まるで時間が止まったかのような、レトロな雰囲気を醸し出していた。店内に足を踏み入れると、コーヒーの香りと、懐かしいジャズが流れてくる。カウンターの向こう側には、いつも優しい笑顔で迎えてくれるマスターが立っていた。
「あら、二人ともどうしたの? 部活はもう終わり?」
マスターはそう言って、二人に温かいココアを差し出してくれた。
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「実は、学園祭の曲作りが全然進まなくて……」
雪巴がそう言ってココアを一口飲むと、マスターは優しい声で言った。
「そう。でも、焦らなくていいのよ。音楽は、無理やり作るものじゃないから」
マスターは、二人のギターケースをちらりと見て、懐かしそうに目を細めた。
「昔、このカフェで演奏を披露し、多くの生徒に愛されたバンドがいたのよ。みんな、あなたたちみたいに若くて、才能があってね」
その時、隣の音楽室から、「キャアアアアアア!」という、まるで幽霊が叫んでいるかのような悲鳴が聞こえてきた。雪巴は驚いてココアをこぼしそうになる。
「ひゃっ! 今度は悲鳴!?」
雪巴がそう叫び、悲鳴の聞こえた方向に顔を向ける。
「おいおい、また幽霊かよ!?」
ちょうどカフェに合流した陽菜が目を輝かせ、葵は顔を青ざめさせている。しかし、月は冷静に耳を澄ませていた。
「あの悲鳴……高音を出す練習だ」
月がそう言うと、一同は不思議そうに彼女を見た。
「あの子、吹奏楽部のファゴット担当の子だよ」
マスターがそう言って、少しだけ笑った。
「ファゴットは、高音を出すのがすごく難しいの。練習中、よくあんな悲鳴みたいな音が出るから、この旧校舎では、音楽室の幽霊って噂になってるのよ」
「なんだ、やっぱりただの噂だったのか……」
陽菜はがっかりしたようにため息をついた。
「よかった……本当に幽霊じゃなくて……」
葵は心底安心したように胸をなでおろした。
カフェでの出来事を通じて、雪巴たちは、ただ学園祭で演奏するだけでなく、**「伝説」**となった昔のバンドのように、多くの人に愛されるバンドになりたいという新しい目標を見つけた。
「私たち、いつかマスターを泣かせるくらい最高のライブをしてみせるよ!」
雪巴がそう言うと、マスターは優しい笑顔で、二人の手を握った。
しかし、マスターの目に宿る光は、まだ語られていない過去を秘めているようだった。そして、その夜、旧校舎のマスターのカフェには、誰も知らないもう一つの顔があった。




