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第一話 旧校舎と双子のメロディ

東京都勝屋伊吹区。

住宅の立ち並ぶこの地区は、私立歌川雲雀高等学校の生徒たちの地元でもある。夕暮れ時、空が茜色に染まる頃、勝屋伊吹駅へ向かう比良口大線の踏切が、今日もまたカンカンと賑やかに鳴り響いていた。線路の向こう、ひまわり商店街には、学生やサラリーマン、主婦が行き交い、昭和の時代から変わらない活気がある。


そんな賑わいから少し離れた場所に、ひっそりと佇む学び舎がある。設立百年を超える伝統あるお嬢様学校、私立歌川雲雀高等学校だ。最近建て替えられたばかりの新校舎は、どこもかしこもピカピカで、最新鋭のエレベーターや空調設備、そして高額なスイーツが並ぶおしゃれな学食など、その華やかさは噂通りだ。青いセーラー服に白いチェックのスカートを履いた女子高生たちが、楽しげに談笑しながら校門を出ていく。


そんな華やかな新校舎の片隅に、まるで別の時代に取り残されたかのように佇む木造建築の旧校舎、通称「部活棟」がある。


「うわー、まじでここかあ……」


有坂雪巴ありさか ゆきはは、背負っていたギターケースをドスンと床に置いた。彼女の隣に立つのは、双子の姉、巴夏ともか。容姿は雪巴と瓜二つだが、その表情は常に冷静で、感情をあまり表に出さない。


二人がここにいるのには理由があった。この春、二人は軽音サークルの設立を学校に申請したのだ。当初、お嬢様学校では馴染みのない「ロック」というジャンルに、生徒会や教員からは難色を示された。

「学園祭には有名アーティストを呼ぶほどの学校です。生徒がバンド活動をする必要性は低いのでは?」

「運動系の部活は実績を残しつつあるが、音楽となると前例がありません」

そんな風に言われて、一度は諦めかけた。しかし、雪巴が書いた「音楽が持つ、新しい文化を創造する力」を熱弁した企画書が先生たちの心を動かし、なんとか設立許可が下りたのだ。


「仕方ないだろ。他の部活に空き部屋なんてないんだから」


巴夏はそう言ったが、雪巴にはわかっていた。これは、学校が「軽音サークルを設立させてはみたものの、どうなるか様子見」という姿勢の表れなのだと。


雪巴は背負ったギターケースを左手で持ち直し、壁の古びたポスターを眺めた。かたや巴夏は、慣れた手つきでギターケースを右手で持ち、何も言わずにただ前を向いている。彼女の頭頂部で、二本のアホ毛が風に揺れていた。雪巴のアホ毛は一本しかない。


「それにしても、この学校の部活って、運動系は強いけど、文化系は地味だよね。お茶会とか、お花とか……」


雪巴がそんな話をしていると、ふと廊下の奥から「うわあああ!」という悲鳴が聞こえてきた。雪巴は身をすくめ、巴夏の腕を掴む。


「え、何今の? まさか本当に幽霊!?」


しかし巴夏は、少しだけ雪巴の頭を見て言った。「雪、アホ毛が一本しか立ってないぞ。落ち着け」。


二人が声のした方へ向かうと、そこには古びた音楽室があり、扉は半開きになっていた。中では、演劇部の生徒たちが学園祭の出し物で使うピアノの練習をしていたようだ。


「なんだ、幽霊じゃなくてよかった……」


雪巴が胸をなでおろし、巴夏は溜息をつく。


ようやく理科室の前に辿り着く。扉を開けると、そこには埃まみれの実験器具や、古い人体模型が転がっていた。


「すごい……このままホラー映画撮れそう」


雪巴がそう呟き、彼女のアホ毛が一本、ぴょこんと揺れた。巴夏はそんな雪巴を一瞥すると、ギターケースを床に置いた。


「ここに私たちの音を響かせよう、雪。これから私たちの曲を、ここで作るんだ」


巴夏の言葉に、雪巴は目を輝かせた。


「うん! そうだね!」


二人の未来を乗せたメロディは、きっとこの薄暗い旧校舎に新しい光を灯してくれるはず。


しかし、その日の深夜。


旧校舎の理科室。誰もいないはずの部屋で、埃まみれの人体模型が、かすかに震えているのを、誰も知らなかった。

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