三十三
クリスマス・イブ。大型のショッピングモールに内設された映画館から出た僕達は、そのまま近くに構えている喫茶店に入った。
「いやぁ……いい映画、だったよね……。」
京香は少し口籠りながら、僕と向かい合う様にして座る。
「感動的な人間ドラマだったね……。」
僕はそう答え、わざとらしくメニュー表に目を向ける。気まずい沈黙が僕達の間に流れる。
原因は分かっている。先程僕達が見た映画の所為だ。
映画自体はとても面白く、京香が選んだだけの事はあると素直に感心したものだ。彼女は普段話題に出さないが、よく映画を見ている。流行りものから、昔の名作。話題にも上がらない様なB級映画まで、見るジャンルは幅広い。そんな彼女だからこそ、映画のセレクトを丸投げ出来るというもの。
「予告を見た時から、樹と見に行きたいと思っていたんだよね。」
映画が始まる前、彼女はそう言って笑っていた。そんな様子を見て、僕の期待も最高潮に達していた。
そうして映画が始まると、最初から僕達を物語の世界に引き込んでくれた。しかしただ一か所だけ、現実に引き戻された場面がある。
中盤、主人公の女性が夜分遅くに男性を家に招いたのである。そしてそこからの、いわゆる濡れ場と呼ばれるシーンである。そのシーンが流れ始めた瞬間、僕と彼女は思わず顔を見合わせた。すぐに顔を逸らし何も言わずに、巨大なスクリーンに目を向けた。人気な映画らしく観客も多かったので、席を立つようなことも憚られたのだ。
映画が終わった後も、僕達は言葉を交わさなかった。気まずいというか、気恥ずかしかったのだ。何を話せばいいのか、考えがまとまらなかったことも、僕に閉口させる要因となった。そうしてお互い黙りこくったまま、近くにお喫茶店に入りようやく口を開いた次第だ。
「あ、京香は何頼む?僕はアイスコーヒーでも頼もうかと思っているんだけど……。」
「え、あぁ、そうだね。ボクも同じものにしようかな。」
「了解。注文するね。」
僕達はやっとの思いで言葉を交わしてみるが、目を合わせる事は出来ず会話も続かない。下手に話すと、あのシーンを思い出してしまうから……。
お互い純粋なんだと、店員に注文をしつつそう考えた。
暫くして、アイスコーヒーが注がれたカップが二つ、僕達の前に運ばれてきた。
「ところで、樹もやっぱり恋愛願望とかってあったりするの?」
コーヒーを飲んでひと息ついたのか、京香は落ち着いた口調でそう切り出してきた。
「恋愛願望かぁ……。どうだろうね。」
僕は腕を組んで、天井を見上げる。
物語の様な恋愛をしてみたい。そう言った願望と言うか理想が無い事はない。しかしそれ以上に、クラスメイトと何気ない話で盛り上がり、幼馴染と勉強や遊びに耽る今の生活が心地よかった。
もしも僕に恋人でもできてしまえば、今の日常を続けていくことは出来ないだろう。そう考えると、少し心が痛む。
「恋愛をしたい気もするよ、僕だって健全かつ一般的な高校生だからね。でも……。」
「でも?」
可愛らしく首を傾げる幼馴染に、僕はありのままの気持ちを伝える。
「恋人が出来たから、キミと遊べない。そうはなりたくないな。」
「それは同感だね。ボクも、樹や他の皆と遊べなくなるくらいなら、ずっと独りでもいいや。」
「ずっとって……。随分と大きく出たね。そんなこと言ったら、一生結婚どころか恋人も出来なくなるよ。」
「そうなったら樹が貰ってよ。ボクのこと。」
普段のおどけた口調とは違う、真剣な幼馴染の姿があった。
何と答えたものか。僕は平静を装いつつ必死に思考を巡らせる。そうして、ひと言ずつ丁寧に言葉を紡ぎ出した。
「お互いにそう言う年頃になったら、改めて僕の方から提案させて貰うよ。」
「……うんっ。」
京香は少しだけ目を見開き。嬉しそうな笑みを浮かべた。
その後僕達は、施設内のショッピングモールで適当に買い物をした。京香が京君へのプレゼントを探すと言っていたので、僕からも何か送ることにした。
一、二時間程買い物に耽り、商業施設を後にした。僕達は手を繋いだまま、駅に向かう。
「今日は楽しかったね。」
「そうだね。僕も楽しかった。」
「……また、何かあったら二人で出掛けようね。」
「……いや、何もない時でも、二人で出掛けよう。」
「……そうだね。何もなくても、何かあっても二人で出掛けよう。」
僕達は互いに握った手を放さずに、夕焼けの差す街を進んで行く。雲一つない晴れ渡った空が、僕達の未来を暗示している様だった。




