三十二
十二月二十四日。世間の空気はクリスマス一色に染まっている。勿論、僕達の澄む街もその例外ではない。
街を歩けば華やかなクリスマスソングが何処からか聞こえてくるし、二人組の男女が腕を組んで歩いている姿も普段以上に目に付く。去年までの僕であれば、そんなカップルが人目もはばからず身を寄せ合うさまを羨望の眼差しで眺めていたわけだが、今年は違う。
付き合ってもいない相手だが、正真正銘デートの約束があるのだ。だから、道行くカップルの姿を見ても羨ましく感じる事はない。僕と彼等では状況が違うので共感することは出来ないので、見知らぬ人を見る様な感覚。要するにどうも思わない訳だ。
僕はこの日、カップルが行き交う駅のベンチに座っていた。冬休みに入る前日、幼馴染からデートの誘いがあった。丁度予定も空いていたし、何より幼馴染からの誘いだったので僕は喜んで了承した。この日は、そのデートの為に駅前に来ている訳である。
普段二人で出掛ける時はどちらかの家の前で待ち合わせしているのだが、今日はデートと言う事で駅前で待ち合せようと提案された。僕に断る理由は無かったし、何より特別な感じがして悪い気もしなかった。
時刻は午前八時四十分頃。僕が駅について十分弱経過したくらいだろうか。
「樹、おはよう。」
「あ、おはよう京香……。」
僕が顔を上げると普段の様子からは想像できない、お洒落な姿をした幼馴染の姿があった。
落ち着いた色合いのコートに丈の長いスカート。僕の狭い交流の内では、七咲さんや永江さんがいわゆる女の子らしい印象であり京香はどちらかというとボーイッシュな雰囲気があったのだが……。
「あ、あのぅ……。もしかして似合わなかったかな……。この服。」
呆然と視線を向ける僕を見て、京香は恥ずかしそうにそう言った。そんな彼女を見て、僕は慌てて口を開く。
「いや、違うんだ。。その、普段のイメージと違うから戸惑っただけ。凄い可愛いよ。」
「かわっ……。」
僕の言葉に彼女は顔を紅くして目を見開いた。
「今日の服装、お淑やかで上品な印象を受けるよ。普段と違って新鮮で……すごく良いよ。とにかく良いい。」
こういう時、適切な言葉が出てこない自分が憎らしく思えた。綺麗、可愛らしい、似合っている。そう言う在り来たりな言葉でしか、普段と違う幼馴染の姿を称えることが出来ない自分の教養の無さが、情けなくてならなかった。
「も、もう行こうよ。」
僕が必死に言葉を探していると、京香が僕の手を引き早足に歩き出した。耳まで真っ赤に染まっているのは、慣れない恰好をしている気恥ずかしさからだろう。
幼馴染に手を引かれるまま、僕は電車に乗り込んだ。事前に決めていた予定よりも、ひとつ早い便だった。
「あ、あはは……。ごめんね、予定を少し前倒しちゃったみたい。」
電車が発車してようやく落ち着いたのか、京香は吊革にぶら下がり照れ笑いを浮かべている。
「いや、こう言うのは早いに越したことはないと思うよ。」
僕はそう答え、窓の外に目を向ける。
土曜日の午前九時。良くも悪くも田舎町の電車なので、例えクリスマス・イブだったとしても人は少ない。座ろうと思えば適当な席に腰掛けられるのだろうが、僕も彼女も扉の近くに立っていた。理由は特に無いが、立っていた方が気持ちが楽に感じる。彼女は分からないが、少なくとも僕はそうだ。
「そう言えば今日はどういう予定なんだっけ?」
もちろん予定はくまなく把握しているが、念の為にそう聞いてみる。
「今日は街に出て、買い物だね。それと、お昼過ぎから映画を見て後は流れるままにって感じかな。」
「そうだったね。ありがとう。」
「いえいえ。」
今日見る予定の映画は、京香に任せている。僕は無趣味と言う訳ではないのだが、流行りものなどいつも乗り遅れてしまうので、映画も何を見れば良いのか分からない。そんな鈍くさい僕を、いつも引っ張ってくれていたのが彼女だ。今更その事実を実感し、密かに感謝する。
午前九時五十分程。僕達は電車を降りて人通りの多い駅に辿り着いた。
「うぅむ。予想はしていたけれど、やっぱり人が多いね……。」
京香はそう言って僕の顔をチラチラと見てくる。こういう時僕はどうするべきか、分かっているつもりだ。
「手、繋いでおこうか。人混みに巻き込まれてはぐれない様に。」
「うん。」
彼女手を繋いでみると、彼女の体温が直に伝わり少し緊張してしまう。小学生の頃から出掛けるたびに手を繋いでいるが、普段は握手のような手の繋ぎ方をしていた。お互いそれに言及した事も無かったのだが、今日はどうしてか指を絡めるようにして手を握られた。
「えへへ、今日はデートだから、特別。」
僕の戸惑いを察してか、彼女はそう言って僕の手をギュッと握る。
「あ、イヤだった言ってね。すぐにいつものに戻すから……。」
「イヤじゃあ、ないよ。今日はこのまま過ごそう。」
「あ、うん。」
僕は彼女の手を強く握り返し、前を向いて歩き出す。
雪でも降れば雰囲気もあるのだろう。顔を紅くした一組の男女は、クリスマスに染まった街に向かって一歩踏み出した。




