二十一
放課後。テスト期間に入り、部活が軒並み休みになったので、生徒玄関はいつもより人が多い。
僕はいつものように教室の施錠を済ませたわけだが、未だ混雑したままの生徒玄関を見て少々辟易していた。人混みの中を進んで行っても良いのだが、何か起こってからは遅い。
教室の鍵も返してしまったし、中庭か図書室で時間を潰して帰ることにしよう。
「おう、今から帰りってわけでもなさそうだな。」
玄関に背を向けた僕の前に、ガタイの良い男が立っていた。
「武石、残ってたんだ。」
「残ってた言うか、帰りそびれたと言うか……。」
「気持ちは分かるよ。人、多いもんね。」
「お前はまだ行けそうだろう。俺なんか身体がデカいからな、人と人の間で詰まるぞ。」
武石はそう言うと、自身の二の腕をポンと叩く。
確かに、彼の腕を半分にしても詰まりそうである。
「まぁ、二人して時間を持て余しているわけだが。せっかくだし中庭で茶でも飲むか?」
「お茶のお誘いなら、もう少し上品にして欲しいかな。」
「ボク含めて三人。有意義な放課後を過ごそうよ。」
背後から予想外な声が聞こえて、慌てて振り向く。
振り向いた先に、制服姿の幼馴染が、鞄を片手に立っていた。
「京香、いつからそこにいたのさ?」
「ついさっきだよ。玄関から離れる二人を見かけてね。ボクも混ざりたいなって。」
彼女はそう言い、上品に笑う。
「混ざりたいって、それなら声掛ければいいじゃん。」
「びっくりするかなぁって思ってね。」
「お陰様でびっくりしたよ。心臓が強く鼓動してるよ。」
正直、かなり驚いている。未だに心臓の音がうるさい。
そんな様子を見て、武石が僕の肩に手を置く。
「ひょっとして、俺はお邪魔か?」
「そんなこと無いよ。武石大志くん。」
「そう言うお前は、夏妃京香か。」
「二人して変な喋り方しないでよ。」
示し合わせたかのような芝居口調。また、僕のいない所で打ち合わせたのだろうか。
「まぁまぁ。ホントのところ、彼とボクは初対面だよ。」
「同学年なのに初対面とは、これ如何にって感じだがな。驚くほどに一切関わりが無かったな。」
「よくボクの顔と名前、一致したね。他クラスの人の名前も覚えてるのかな?」
「そんな器用な脳みそしてないさ。ただ、前に雨天が話していてな、それを覚えてたんだ。」
「へぇ。樹、ボクの話してたんだね。」
「いつの話だよ。」
一学期の話じゃなかろうか。それも、仲の良い幼馴染がいるという話をしただけである。
「夏妃、夏妃さん?」
「呼び捨てで良いよ。」
「そうか。夏妃はどうして、俺のこと知ってたんだ?自分で言うのも何だが、良くも悪くも目立たない男だぞ。」
「その肩幅で目立たないは無理があるカナ。」
京香も苦笑いを浮かべている。
武石は、良くも悪くも目立つ男だ。身体が大きければ声も大きい。入学早々は、運動部から引っ張りだこだったのだが。
「そう言えば武石、どうして部活に入らなかったのさ。水泳部が無かったから?」
「どうしてって言われてもな。元々、高校に上がったら部活をするつもりは無かったんだよ。」
「何で?運動好きそうなのに。」
「身体を動かすのは好きだぜ、そりゃもちろん。でもな。」
彼は眉を顰めて、空を仰ぐ。少しずつ赤く染まる空と、流れて行く雲。
そんな空模様が、僕たちをセンチメンタルな気分にさせる。
「部活に参加するってさ、凄い小さな社会に入るって事だと思うんだよ。」
「どう言うこと?」
「何て言うかな。先輩の気分だったり、顧問の気分だったりでさ、満足に練習出来ない時もあるんだよ。練習そのものが終わるから雑用なんかも出来ないわけだ。」
「僕らは、中学の頃も部活やってなかったから、その辺はよく分からないけど。」
運動部に限らず、部活あるあるなのだろうか。
「それでだ。自分で言うのも何だが、俺は大会でそれなりにの結果を残せた。」
「県大会で上位だったっけ。誇っていいよ。」
「良い事なんか無かったけどな。先輩からの目が厳しくなるだろ、顧問は先輩を気に入ってるから、俺への風当たりが強くなるわけだ。」
実際、目の当たりにしたわけではないが、何となく想像できてしまう。
武石は真面目な男だ。しかし人によっては、彼の真面目さが煙たく思えてしまうのかも知れない。
「出る杭は打たれるって話かも知れないね。」
京香の言葉に、武石は力強く頷く。
「仰る通りだ。部活動って、青春の代名詞みたいな印象があるが、実際はああ言う小さなコミュニティほど陰湿なものだぞ。」
もちろん、場所と人に寄りけりだけどな。
武石は、それ以上具体的なことは話さなかった。話したくないのだろうし、聞かない方が良いのだろう。
「すまん。微妙な空気になったな。」
静寂を切り裂いたのは武石だった。
「せっかく新しい友達ができそうなんだ。この放課後を有意義に過ごそうぜ。」
そう言って笑う彼の顔は、夕陽に照らされ眩しかった。




