十八
十一月に入って最初の月曜日。連休明けということもあり、どうにも授業に身が入らない。
来週になればテスト範囲が発表され、再来週にはもう期末テストだ。真面目に授業を受けなければならないが、ままならない。
今は物理の授業中。僕は教科書と黒板を交互に眺めつつ、思い出したように板書を取る。内容なんてものは、これっぽっちも頭に入っていない。
もしも今この瞬間、唐突に教師に指を差されて、問題を解けと言われれば、たちまち狼狽してしまう。その結果、クラス中に情け無い姿を晒すことになってしまうだろう。
嫌な想像が頭をよぎったので、少し真面目に黒板に目を向けてみる。心機一転、授業を受けようとしたが、そのやる気は五分ともたなかった。
気が付くとまた、ぼんやりと教科書を眺めている。
いっそのこと、授業と何の関係もない事をしてやろうかとも考えた。幸い、僕の席は最後尾の廊下側。目に付きにくい所なので、露骨に音など立てければ安全だろう。
さて、何をしようか。シャーペンを唇に当てて考える。
明日以降に提出の課題などどうだろう。いくら目に付きにくいとは言え、他教科のプリントなど出せばバレるだろう。却下だ。
机の下で本を開いて、ゆったり読者しても良いかもしれない。しかし、露骨に下を向いていれば見つかった時がことだ。居眠りだと言われるならまだ良い。最悪、本を没収されてしまうかもしれない。これも却下。
ならばもう、真面目に授業を受けるか、開き直って居眠りするかの二択に一択だろうか。
なんて事ない、いつもと変わらない授業風景の中で、恐らく僕一人だけが頭を抱えていた。
しばらく悩んだ末に、僕は鞄に手を伸ばした。鞄の中には、その日使う教科書類とは別に、予備のノートを備えてる。その予備のノートを、音を立てないようにして机の上に持ってくる。
ノートはまだ使われておらず、新品同然の状態だ。
僕は真っ白なノートの一行目から、ペンを走らせる。
『十一月四日月曜日。風は強いが、快晴なり。』
自分で書いておいてなんだが、中々良いものに思えてくる。
こう言うのは、思いのままに書いてみるのが良いだろう。どうせ、誰かに見せるものでもないのだ。
『昼に差し掛かる頃、教師の声は普段耳障りなものだが、ある境界を越えると眠りを誘うものとなる。』
そこまで書いてみて、首を傾げる。少し、文章がしっくりこない様に感じたのだ。
昼時、と書いてしまった方が良いかも知れない。最初の部分に消しゴムをかけて、書き換える。
少し書き換えるだけでも、大分良くなったように思えた。この調子で、色んなことを書いてみよう。
その授業の間、僕は真剣な表情で物書きごっこに勤しんでいた。授業内容は、教科書の何ページをやっていたのかも覚えていなかった。
昼休みになり、僕たちはいつものようにひとつの机に集まっていた。
「なんか集中できないんだよな。今日は。」
武石は体を伸ばしながら、そうボヤいた。
「今日じゃなくて毎日なんじゃない?」
七咲さんがそう言うと、武石は咄嗟に立ち上がって弁明する。
「なんてことを言うんだ。俺はいつも、誠心誠意、真面目に真摯に切実に授業と向き合っていると言うのに。」
似たような言葉を並べ立てるのは、最近の流行なのだろうか。この間も、七咲さんが似た意味の言葉を並べ立てていた気がする。
「怠惰。懈怠で、遊惰。さっきの授業、クロスワードしてた。」
永江さんまで。似たような言葉を並べ立てている。
「にしても武石、クロスワードしてたって本当?」
「おう。なかなか面白かったな。ただあれ、残り二、三問になる頃には、ぼんやりと答えがわかってるんだよな。仕方ないっちゃあ仕方ないんだが、いかんせん興ざめと言うか……。」
「確かに、途中で答え見えちゃうから、全問やる必要無いよねぇって痛い。」
クロスワードの話になってきたので、軌道修正のために手頃な所にあった後頭部に手刀を落とす。
「雨天くん何するのさ。今月入って初だけども。不意に唐突に出し抜けにっ。人の頭を叩いて。」
七咲さんも似たような言葉を並べ立てて、ピィピィ喚いている。やはり流行っているかも知れない。機会があれば、僕も真似させてもらおう。
それはそうと、話が脱線気味だ。
「クロスワードよりも、授業姿勢の話でしょ。」
人のことを言えた義理は無いのだが、もっともらしい顔をして僕はそう言った。
「武石くん、授業、真面目に受けなきゃ。」
「…‥善処します。」
永江さんに詰められた彼は、絞り出すようにそう言った。




