十六
十月が終わって早々、週末に入った。文化の日を加えて三連休である。
十一月になったからと言って、何かが変わるわけでもない。強いて言うなら、期末テストが少し近づいてきたくらいだろうか。
さて三連休の最終日。僕は朝から時間を持て余していた。暇なら勉強でもやれば良いのだろうが、やる気が出ない。
テスト範囲が発表されてから、真面目に取り組めば良いだろう。そんなズボラな考え方である。
ところで、何をしようか。文化の日ということで、平和を尊び、文化的な一日を過ごしてみようか。そう考えてみても、具体的な方法は思い付かない。
平和を実感するために、散歩でもしようか。朝からトーストを齧りつつ、唐突に思い立った。
善は急げ。思い立ったが吉日と、早急に着替えて外に出る。
もう冬になるのだろうか。外に出た途端、冷たい風に当てられた。
「あぁ寒い。こうも冷えると、夏の猛暑が嘘みたいだ。」
近年の季節はかなり極端だ。ひどく暑いし、ひどく寒い。背中を丸めつつ、休日の街並みをゆっくり歩く。
近所の公園では、朝から集まった小学生たちが元気に走り回っている。キャアキャア言い合いながらボールを追いかけていた。その中にひとり、見知った顔がある。
「あれ、樹さんじゃないですか。おはようございます。」
「おはよう、京くん。」
子供たちに囲まれながら手を振ってくる幼馴染に、僕は控えめに手を振り返した。
僕と京くんはベンチに並んで腰掛ける。走り回る子供たちを眺めながら、缶ジュースの蓋を開ける。
「ご馳走になります。」
「どうぞ。」
京くんも僕の横で缶ジュースに口を付ける。ここで会ったのも何かの縁、彼と少し話す事にした。ジュースは僕の奢りである。年上なので、当然のことだ。
「それで、樹くんは何してたの?こんな朝早くから。」
「いやあ、オレも時間を持て余してましてね。公園に来てたら、子供たちと出くわしまして。」
「一緒に遊んでたと。」
「そう言うことです。」
京くんは僕に向かってニコリと笑う。良くも悪くも、男っぽく無い感じだ。
「おーい、ししょー。」
「ドッジボールやるから、入ってよ。」
子供たちが、こちらに向かって叫んでいる。
「師匠?」
「ええまあ。オレ、運動神経そこそこ良いから。少し一緒に遊んでたらそう呼ばれまして。」
彼は照れ臭そうに頭を掻く。まあ、子供に好かれるのは良い事だろう。
「それじゃ、行ってきます。ちゃんと見てて下さいね。」
「うん、見届けさせてもらうよ。」
京くんを見送り、ぼんやりと空を眺める。
寒空に雲が流れている。赴きあるいい天気だ。
子供たちが何の心配も無く遊べる社会。平和というのは、こう言うことを言うのではないだろうか。なんと平和で文化的なことだろうか。
考え事をしていると、足元にボールが転がって来た。
「樹さん。ボール拾ってください。」
京くんがパタパタと手を振っている。
「任せて。」
ボールを拾って、投げ返す。ボールは小さな弧を描いて彼の手元にすっぽりと入る。
「ナイスパス。」
「ナイスキャッチ。」
そう言ってベンチに座ろうとすると、子供たちがこちらに走ってきた。
「兄ちゃん上手いね。助っ人に入ってよ。」
「ひとり帰っちゃうから足りなくなるの。」
困ってしまった。僕は京くんと違って、運動神経が良いわけではない。もしドッジボールなんてやれば、たちまちボロが出てしまうだろう。
返答に困っていると、京くんがボールを持って近づいてきた。
「はい、樹さん。偶には一緒に身体動かしましょ。」
彼にまでそう言われると、断るわけにはいかない。
なるだけボロが出ないように頑張ろう。腹を括って、ボールを受け取る。
「僕は、どのポジションにつけばいいのかな?」
「年上はみんな、外野で固定ですよ。」
その言葉に少し安堵した。避ける必要が無いなら、ボロも出にくいだろう。
子供たちの輪に加わり、ドッジボールに参戦する。内野に四人と、外野に二人。当然だが、僕と京くんは別チームだ。
「いくぞぉ。えいっ。」
男の子が大きく振りかぶり、相手チームに向かってボールを投げる。それを女の子が受け止めて、即座に投げ返す。
強めのキャッチボールのように、みんなボールを取っては投げの繰り返し。最近の子供たちは、こんなにもアクティブなのかと、密かに感心していた。
「兄ちゃんボール行ったよ。」
男の子の叫び声と共に、ボールが足元に転がってきた。
僕と一緒に外野にいるた女の子にボールを渡すと、
「投げていいよ。内野行きたいから当ててね。」
そう言われた。事前のルール確認で、僕たちがボールを当てた場合、他の子が内野に復帰できることになっている。
「やってみようか。」
そう言って、相手陣地に軽くボールを投げる。ボールは避けようとした男の子の背中にヒットした。
「やった。じゃああたし内野いくね。」
女の子は軽い足取りで内野に走って行く。
大人気ない気もしたが、バランスが乱れない程度に楽しませてもらう事にした。




