十四
人生最後の食事は何が良いか。そんな話がある。
自身の好物なのか、珍しい食べ物なのか、人によって意見は様々だ。ちなみに僕は、綺麗な水が良い。
動かなくなった身体を、少しでも綺麗に保ちたい。残された人に迷惑をかけたくない。そういう思いである。
そんな話を、いつもの三人にしてみたところ、
「後ろ向きだ。」
と、一蹴されてしまった。
確かに、親友の言う通り未来の無い話である。しかし、いざそのような状況になった時に、自分にとって最善の選択をしたいものだ。
何も考えないよりか、幾分かマシだと思う。そんな考え方も、やはり後ろ向きなのだろうか。
金曜日。僕は高校の帰りに幼馴染と会い、近所の公園で時間を潰していた。
「いよいよ寒くなってきたね。」
「夏が終わって、秋と思えば冬みたいだね。ボクは寒いのは好きじゃない。雪は好きだけどね。」
そんなことを、ブランコに座って話していた。
時刻は午後五時過ぎ。陽が傾き、あと一時間もしないうちに暗くなるだろう。普段遊び回っている小学生は、とっくに家に帰っており、公園には僕と京香の二人きりである。
普段から話すせいか、早々に話題が枯渇した僕は、昼休みに話した事を京香にも話してみた。
「人生最後の食事、簡単なようで難しい話だね。」
「人によって考えが変わるからね。正解なんて無いとは思うんだけど。京香はどう思う?」
「ボク?そうだねぇ……。」
彼女はブランコに揺られながら、自身の右頬に手を当てる。ふと思い付いた話なので、深く考える必要もないのだが。真剣に考えてくれているだけに、申し訳ない。
返答を待ちつつぼんやりとブランコを漕いでいると、京香が「考えが纏まったよ。」と、呟くように声を上げた。
「人生最後の食事は、やっぱり普段から食べ慣れた物が良いかな。」
「ほう、そりゃまたどうして?」
気を衒った答えでも返ってくるかと思っていたので、少し拍子抜けだ。
ただ、京香は良くも悪くも、真面目な性格をしている。遊ぶ時も真剣だ。なので決して、ふざけているワケではないのだろう。
「人生最後なんて特別な日。そんな日だからこそ、普段通りに過ごしたいと思わない?」
半分ほど沈んだ夕日が、幼馴染の顔を照らす。僕は黙って、彼女の言葉に耳を傾けていた。
京香は地面を大きく蹴り、ブランコを揺らす。
「もし明日、ボクの人生が終わるとしたらさ……。その時は、朝起きて学校に行って、夕方帰って。そんな日を過ごしたいね。」
「変わらない日ねぇ。」
「一生に一度あるか無いかの出来事。そんなの虚構となんら変わりないんだ。特別な日よりも、今みたいに記憶にも残らないような、そんな時間にこそ特別があると思わない?」
「とても素敵な考え方だね。」
「なんてね、少し格好つけちゃったよ。」
京香は照れ臭そうに頬を掻く。彼女の言葉に、僕は妙な説得力を感じていた。
普段の日々、身に起こる出来事に特別がある。緩やかに変化を続ける日々だからこそ、彼女のような考え方が大事なのではないだろうか。
「樹はさ、明日が人生最後の日だとしたら、何したい?」
「何をしたいか、ねぇ。」
僕は口に手を当て考える。人生最後の時間を、僕はいったいどう過ごすのだろうか。
公園は静寂に包まれており、ブランコの軋む音だけが、物寂しく響いている。数分間の沈黙の後、僕は口を開いた。
「人生最後の日が来たら、きっと何をしても後悔が残るんだろうね。」
「同感だね。どんなに満たされたとしても、満ち足りないのが人間だよ。」
幸福と言うのは、追求を始めると終わりがない。それならば、ある程度満足のいくラインを見つける方が幸せだろう。
「僕も京香と同じだね。人生最後だとしても、いつも通りの一日を過ごしたいよ。」
「やっぱり、考え方が似ているね。幼馴染だからかな?」
京香は嬉しそうに笑う。そんな彼女に、僕はもうひとつの理想を話す。
「あとは、人生最後の日だとしても、やっぱり京香と過ごせたら嬉しいかな。」
言い終えないうちに、僕は明後日の方向に顔を向ける。
頬が熱い。最期の時を、気心知れた友人と過ごしてたいと言う意図での発言である。決して愛の告白をしたワケではないのだが、妙に照れ臭い。
自分でもクサイことを言った自覚はあるので、弁解したいが言葉が出てこない。
「さっきのは、忘れて。」
悩んだ末に絞り出したのは、そんな変な言葉だ。それに対して、京香はひと言。
「絶対に忘れないよ。」
彼女は地面を蹴る足を強める。彼女を乗せたブランコが揺れる。
大きく反動をつけて、京香はブランコから飛び降りた。そしてこちらに振り向き、
「ボクも同じ考えだったよ。やっぱり、考え方が似てるのかもね。」
そう言って、頬を赤くした幼馴染は、照れくさそうに笑った。
申し訳ありません。
次回投稿なのですが、予約設定を間違えまして、十五回と十六回が反転しております。
前後編ではないのですが、十六回と十七回が繋がっているので、ご迷惑をおかけする事と思いますが、よろしくお願いします。




