十三
十月半ば。中間テストも無事終わり、ようやく何にも追われない日常がやってきた。
「愛ってなんだと思う?」
昼休み。いつものように机を囲んでいた三人に僕はそう話しかけた。
「藪から蛇にどうしたんだ?」
「藪から棒だよ。蛇つついてどうするのさ。」
武石と七咲さんはいつも通りの様子だ。永江さんは手を顔に当てて、僕の言葉に対する答えを考えているようだ。
僕としても、不意に脳をよぎった話題であり、明確な答えを用意しているわけではない。ただ数日前に、幼馴染と話した事が頭に残っていたのだ。
話そう話そうと思ってはいたのだが、テストの喧騒ですっかり忘れてしまっていた。それをふと思い出したので、聞いてみた次第である。
「愛、か。そうさな……。」
武石は腕を組み、目を瞑る。そんな彼を横目に、七咲さんが口を開く。
「愛は愛だよ。愛情だよ。誰かのことを強く想う気持ちだと、わたしは思うね。」
「でも、それだと恋、じゃない、かな?」
七咲さん話に、永江さんが控えめに反応した。
「地元愛って、言うけど、いかなる時も、地元を思う、わけじゃない。」
「確かに。そう言われるとそうなのかも。」
七咲さんはすんなり納得したようだ。こういう飲み込みの早さは、彼女の長所なのだと思う。
「それじゃあ、永江ちゃんはどう思うの?」
「愛。愛は、意識の部屋のひとつ。」
永江さんの突然の言葉に、僕と七咲さんは目を見開いた。僕たちの様子などお構いなしに、永江さんは話を続ける。
「意識の中に、愛の部屋があるの。そこに、入ったものは、人の心に、残り続ける。他のものに、強く惹かれても、心の片隅には、それがある。心に棲みついて、離れない。それが愛。」
言わんとすることは分からんでもないのだが、いかんせん発言が抽象的だ。
しかし、二人の意見に共通点を見つけた。どちらの考える愛も、程度によって恋ともいえるモノのようだ。哲学的に、愛は三種類あると聞いたことがある。詳しいことは分からないが、二人の言う愛はそのうちの一種類なのだろう。友愛、同胞愛のようなものだと考えている。
「こうなってくると、恋と愛の話に広がってくるよね。」
僕の言葉を待っていたとばかりに、永江さんが人差し指を立てる。
「恋ら愛と並べられて、同一視されがちなもの。恋情、愛情。同じようで、違うもの。だと、思う。」
「恋人に愛してるって言うだろうからね。恋した先に愛があるのかも。」
「七咲さんにもそんな経験が?」
「まぁ、無いんだけどね。わたしは恋に恋する女の子なのさ。ちなみに永江ちゃん、そういう経験は?」
「私も、そんな経験は、無い、かな。」
「だよねぇ。」
七咲さんは舌を出して笑う。
少し安心した。もし二人に恋人がいた場合、こうして昼休みに他の男と食事をしているのは問題だと思う。
僕たちが話の出口を見出せないでいると、ずっと目を瞑っていた武石がカッと目を見開いた。
「見えたっ。」
「急にどうした武石。地球の周期でも見えた?」
「引力の存在じゃない?落ちるリンゴを見たんだよ。」
「きっと、地動説。それでも、地球は、回ってるんだよ。」
「三人揃って言いたい放題だな。」
僕たちの反応に武石は困惑した表情を浮かべていた。
そりゃあそうか。
「まぁ、待て子供たちよ。落ち着いてパパの言うことに耳を傾けなさい。」
「きみに産んでもらった覚えは無いね。」
「可愛い娘にお小遣いとか恵む予定とかない?」
「武石パパ、お小遣い。」
「待て、俺が悪かったから。話を聞いてくれ。」
別に武石は何も悪くないのだが。少し悪ふざけが過ぎたかも知れない。
「一旦落ち着いて話そうぜ。さっきまで話していた愛やら恋やらの話だよ。」
「武石の答えは出たの?」
「あぁ。恋は花火で、愛は線香なんだ。」
永江さんに続いて、武石までふんわりとした例えだ。
「どういうことなの?」
「つまりだな。恋ってのは花火のように瞬間的だが、華やかで美しいんだよ。愛ってのは、線香みたいに目立たないが、ずっと長い時間燃え続けるんだ。」
存外、もっともらしいことを言う。
「武石くんは、そんな経験あるの?」
七咲さんの質問に、武石は渋い顔をする。
「恋人がいたことはあるぞ。中学校の部活の後輩に告白されてな。」
驚きはしたが、そうだろうとも思った。彼は体付きもしっかりしているし、顔も良い。何より気のいい男だ。そう言う関係の異性がいたとしても当然だろう。
「武石が唯一の経験者だ。」
「経験者ってほどでもないぞ。何度か一緒に出掛けて、向こうから別れを切り出してきた。」
「理想との、乖離、だよね。求め過ぎるのは、良くない。」
武石もこれ以上話したくなさそうだったので、この話はここまでにしておく。
丁度、昼休みも終わりそうだったので、僕たちはそれぞれ席に戻った。緩やかな午後。授業を受けつつどう過ごそうかと、机に頬杖をつき思案を巡られせていた。




