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十二

 十月上旬のある日。金曜日の放課後。

 テスト勉強もそこそこに、ぼんやりと窓の外を眺めていた。陽が落ちる時間が、日に日に早くなっている。秋の訪れを感じる、赴きある季節だ。

「んー……。」

手に持ったままだったペンを置き、体を伸ばす。

 僕は帰宅してしばらくテスト勉強に励んでいたが、すっかり気が緩んでしまっていた。

 今更ながら、僕の家は二階建てであり、僕の部屋は二階にある。窓の外からは、通学路と沈み掛けの太陽がよく見える。

「あー……。」

情けない声を出しながら、椅子にもたれ掛かる。

 土曜日に友人四人で集まって勉強するので、今日はもうやめておこうか。そんな事を考えていると、スマホに着信があった。

「はいもしもし。」

「あ、もしもし樹?ボクだけど。」

電話の主は、付き合いの長い幼馴染だった。

「京香、どうしたの?」

「いやね、暇を持て余してね。樹の声でも聞こうかと。」

えへへと、電話越しに可愛い笑い声が聞こえる。

「僕の声に何を求めてるのさ。」

「うーん、愛とか?」

「それなら別のところに頼んでよ。電話越しに愛は伝えらんないよ。」

「一時間千円コースでお願いします。」

「お金で愛は買えないよ。しかも、結構ボッたくるし。」

千円だと電話越しで一時間、愛を伝え続けるのだろうか。

「そもそも愛って何なんだろうね。」

彼女は急に落ち着いた口調で、そう問いかけてくる。

「愛は愛でしょ。それ以外の何物でもないんじゃない?」

「そこが論点なのだよ、ワトソンくん。」

「いつから僕はきみの助手になったんだい?」

なんなら、僕の幼馴染はいつから探偵になっていたのか。愛より先に、この謎を解いて欲しいものだ。

 僕の心などつゆ知らず、彼女ははっきりとした口調で言葉を紡ぐ。

「愛の言語化は難しいんだよ。咄嗟に聞かれて、答えられる人はそう多くないと思う。」

「少なくとも、僕には無理だね。表現力と語彙力も乏しいんだ。」

「とぼとぼしいんだね。」

「とぼとぼしくはないよ。」

とぼとぼしいとは何だろう。弱々しいのだろうか。愛よりも気になる事ができてしまった。

「脱線はここまでだ。」

「脱線したのはどっちだ。」

「愛の言語化は難しい。愛に溢れる、愛が足りない。そんな言い回しがあるよね。」

「そうだね。愛には物量があるみたいだね。」

「愛しているって言葉もあるよね。」

「愛とは行動を表す言葉にも思える。」

「愛を育むって言い方もあるね。」

「愛とは、植物や動物の様に成長するものなのかも知らないね。」

終わりの無い螺旋階段の様な話だ。

「それじゃあ、愛ってなんなんだろうね。」

「僕にも分からないよ。」

愛そのものと言うより、愛の表現法の話になっていた気もするが。

「それで、樹の電話に愛を求めた話だったよね。」

「時間指定のカラオケよりも、割高な値段でね。愛をお金で買ったら、それは愛ではないんじゃない?」

「それは違うよ。」

京香は突然、僕の言葉に待ったをかける。

「愛だけじゃあ、お腹は膨れないんだよ。愛しか無ければ、それは次第に痩せ細っていくんだ。」

「急に詩的な表現だね。」

詩的かどうかは、個人の感想である。

「愛を育むためには、ある程度のお金があるに越したことは無いと思うんだ。お金があって、その上に愛があるんだよ。」

「つまり金と愛、兼ね合いが大事ってこと?」

「うまい。座布団一枚。」

電話越しに称賛の声が聞こえる。褒められるのは嬉しいが、ウケを狙った訳でもないので少し気恥ずかしく思う。

「と、言いたいところだけどうち座布団あったかな。」

「別に座布団はいいよ。椅子に置くくらいしかしないだろうし。」

「せっかくお届けしようと思ってたのに。」

「その気持ちだけで十分だよ。」

わざわざ座布団ひとつ届けさせるのも忍びない。

 そもそも、何の話をしていたのかも分からなくなってきた。

「と言うわけで、座布団の代わりにボクをお届けするよ。」

「どう言うわけでそうなったのかな?」

「いやね、樹が上手いこと言ったから座布団一枚贈呈しようと思うじゃん。」

「普通、話の中だけで実際に座布団渡すなんて思わないじゃん。」

僕の幼馴染は、いつの間にか電波少女になってしまったのだろうか。

「あいにく、座布団が無かったから代わりにボクを樹に届けようと思ったわけですよ。」

「恐ろしいほどの発想の転換だね。でもそうなると、僕は京香を尻に敷くことになるけど。」

「それは困ったね。尻に敷かれても構わないけど、理想を言うならお互い遠慮無くモノを言える関係でいたいな。」

「僕も同意見だよ。だからきみを届けられても困るのさ。」

「えーもう家の前に着いたのに?」

「は?」

慌てて椅子から飛び上がり、窓から外を見下ろす。

「やっほー。」

陽気な声が耳に響いたと思えば、スマホを片手にこちらに手を振る幼馴染の姿が、そこにはあった。

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