十一
十月に入って間もない時。体育祭、文化祭共に無事終了したかと思えば、休む間もなく中間テストが近づいてくる。そんな慌ただしくも緩やかなある日。
昼休み。いつもの四人でひとつの机を囲み談笑していた時のこと、七咲さんがぽつりと言う。
「あのさ。言い辛いことなら別に構わないんだけどさ。」
いつもの彼女らしくない、たどたどしい様子だった。
「どうたのさ、改まって。一学期仲良くしてて、今更聞き辛いことなんてある?」
「あ、いや。初対面ならいざ知らず、今更聞き辛いと言いますか。大したことはないんだけど、大したことあると言いますか……。」
「なんだ、身長体重か?中学時代の黒歴史か?ひとつ目なら構わんが、二つ目は気が引けるな。」
「んなわけないでしょ。」
呑気なことを言う武石の横腹を、軽くこづく。
「分かんないだろ?女子からしたらセンシティブな話でも、男からしたら大したことない話があるかも知れんだろ。逆も然りだ。」
「七咲さんも大したことないって言ってるし、武石は回答に困らんでしょ。」
「なんだ、人を単細胞みたいに言ってからに。」
僕らがぎゃあぎゃあ言い合っている間、七咲さんは全く口を挟まなかった。
少し落ち着いたので、話を戻す。
「それで、何の話だっけ?大したことないけどある話?」
「あ、うん。答えないならそれで良いんだけどさ。」
そんなに言い辛い話題だろうか。
「みんなの名前って、どんな意味で付けられたのかなぁって。」
「あぁそんなこと。」
少し拍子抜けした。人によっては分からないが、僕にとっては大した話題ではなかった。
「僕は、樹木のようにと。どんな場所でも根を張り、のびのびと育つようにって話だったかな。」
「良い両親。なんだね。」
「うん。とてもね。」
永江さんの言葉に、僕は頷く。
「わたしはねぇ、漢字だと綾って書くでしょ。言葉の通り、華やかで上品にってね。」
「華やかなで……。」
「上品に、か……。」
目を合わせる僕と武石に、七咲さんは鋭い視線を向ける。
「何か言いたい事でも?」
「いえいえ。名前の通りだなと。」
「華やかで、そう。華やかだなと。」
「なんで同じ言葉繰り返してるのさ。」
慌てて弁明する僕たちを見て、永江さんがくすりと笑う。
僕と七咲さんの名付け理由は話した。後の二人も重い話題で無ければいいが。
「永江さんは、聞いたことある?名前の理由。」
「あ、うん。まぁ……。」
永江さんは歯切れ悪そうに答える。
「永江ちゃん、別に話したくなかったら話さなくていいからね。嫌なことなら、忘れていいんだから。」
「いや、そう言うことじゃ、ないの。重い話でも、ないし。」
「なら良いんだけどね。」
僕たちの注目を浴びた永江さんは、ポツポツと話し始める。
「私が産まれた時ね、産声が、ミィミィって、猫みたいだったんだって。元々違う名前を、考えてたみたいだけど。私を見て、みゃー子になって、宮子になったの。」
「つまり、永江ネコちゃんだったかも知れないってこと?」
「極論だけと、まぁ、うん。」
永江さんの真面目な性格からは想像も出来ない、とんでもない両親なのかも知れない。
「だからこんなに可愛いんだねぇ。永江ちゃん。」
七咲さんは、恥ずかしそうに俯く永江さんに抱き着き、彼女の頭を撫で回す。
「よーしよしよし。可愛いねぇ。」
「ちょっと、七咲ちゃん。くすぐったい。」
じゃれ合う二人を横目に、武石に声を掛ける。
「武石は何かあるの?名前の由来。」
「ん、俺か。俺はアレだよ。アレ。」
武石は立ち上がり、左手を背に回して右腕を横に伸ばし指をさす。そしてひと言。
「大志を抱けってやつ。」
「そのまんまなんだね。」
「かのクラーク博士の如く、知的で開拓精神があり、尚且つ良い男だろ。」
白い歯を見せる親友に、どう反応したものか。
「三つ目はあってるかもね。二つ目もまぁ、あってるか?」
「おいおい、俺は知的な男だろう?」
「知的なら、数学も、大丈夫、だよね。」
腰に抱き着いた七咲さんの後頭部を撫でつつ、永江さんが会話に参入した。
「それはそれ。これはこれと言うことで。」
「おう親友。ちゃんと人の目を見て話そうぜ。」
武石は分かりやすく顔を晒す。今回のテスト範囲、数学は特に広い。浅く広く勉強するだけでは、高得点は望めないだろう。
「この前みたいに、勉強会する?」
頭を撫でられつつ、七咲さんが会話に入ってきた。
「やるなら参加したいね。家で勉強すると誘惑が多くて。」
「私も、参加するよ。」
「知的な俺も参加するぞ。」
彼が知的かはともかく、テスト前に四人で勉強する予定が立った。




