八
どうしてこう、週明けと言うのは憂鬱なのだろうか。別段、何か嫌な事がある訳でもないし、やり残した課題もない。大手を振って登校して良いハズだ。
だと言うのに月曜日の朝というのは、どうしてこうも気怠いのだろう。布団の中でゴロゴロと、答えを探すつもりもない自問自答を繰り返した。
時刻は午前六時。ゆっくりと布団から起き上がり顔を洗う。僕はあまり機敏では無く、どちらからと言えばノロマな男だ。だから朝から遅れないよう、早起きして支度するようにしている。
通学路は特に変わったことも無く、普段通りの時間に学校に着いた。玄関で靴を履き替えていると、背中から聞き馴染んだ挨拶が聞こえた。
「雨天くん、おはよ。今日もいい天気だねぇ。」
「おはよう七咲さん。朝から灰色の雲がかかっていていい天気だよ。」
「雨、昼から降るらしいよ。」
「午前中は曇りか。雨が降って、少しでも気温が下がると良いけどね。」
「まだ暑いもんねぇ。もうすぐ衣替えだよ。わたしの夏服も見納めだよ。」
「どうせ来年また見れるでしょ。」
そんなことを話している内に、僕たちは教室にたどり着いた。
自分の机に座り教科書を出していると、七咲さんが足早に近づいて来た。
「ねぇねぇ。今日も朝から体育だよ。」
「週末が体育祭だもんね。昼から眠くなっちゃうから勘弁して欲しいよ。」
「眠くなるのもそうなんだけどね。ちょっと問題がね。」
「問題?」
僕が聞き返すと、彼女は恥ずかしそうに頰を赤らめた。
「その、まだ暑いからさ。汗かくじゃん。だからね、匂いが気になる言いますか。」
「なあんだそんな事。」
「女の子には大事な問題なのよ。特に、わたしの様なレディにはね。」
「レディねぇ。」
「お、なんだその顔は。」
七咲さんはわざとらしく気取った態度を取る。その仕草には淑やかさなど微塵も感じられない。わんぱくさなら、溢れ出ているのだが。
しかし、汗の話をしてみて。ひとつ心配事ができた。
「ねぇ七咲さん。」
「なあに?」
「体育の時って男子は教室で、女子は更衣室で着替えるじゃない。」
「そうだね。男子用の更衣室もありはするけど、ほとんど物置みたいなものだもんね。」
「あのさ。」
僕は思い切って、言葉を発する。
「男子が着替えた後の教室ってさ、もしかして臭かったりする?」
「いや、まぁ。」
七咲さんは分かりやすく言葉を濁す。こう言う嘘の付けないところは、素直に好感が持てる。
「少しだけ、酸いと言いますか……。刺激的な香りとでも言いましょうか……。」
「臭いんだね。」
「まぁまぁ、個人の感想なのですけども……。」
「そっか。そっかぁ。」
大きく息を吐いて、机に項垂れる。
「あぁ、そんなに落ち込まないで。別に雨天くんや武石くんが臭い訳じゃないから。」
七咲さんは慌てて僕の背中をさする。優しい友人だ。
「明日から、教室に置く芳香剤でも持ってくるよ。」
「それはそれで先生に回収されそうだけどねぇ。」
七咲さんはそう言いつつ僕の肩を揉む。別に肩は凝っていないのだが、彼女の優しさが身に染みる。
窓から見える空はどんよりと曇っており、今にも雨が降り出しそうだ。
「ヘイ七咲さん。」
「わたしは音声ナビか。で、なに?」
「今日のお天気は?」
「うーんとねぇ、ちょっと待ってて。」
七咲さんは目を瞑り、両手の人差し指を眉間に当てる。どこかで見たような仕草だ。
「むむむ……見えた。朝から少し曇るけど、夕方には晴れるみたいだね。持ってきた傘は、荷物になっちゃうね。」
彼女はにへらと笑ってそう言った。
さっきの仕草で、いったい何が見えたと言うのか。ひょっとすれば彼女は宇宙人なのかも知れない。
「ん、どうしたのは雨天くん。わたしの可愛いい顔をまじまじと見つめて。惚れた?」
「いや、七咲さんは本当に人間なのかなって思ってね。」
「何を言いますか。正真正銘地球人でしょうが。」
「いや、何か電波受信してたみたいだから。」
「あぁ、これのこと?」
七咲さんは両人差し指を眉間に当てて見せる。
「そうそう、それ。」
「これねぇ実は、眼精疲労のマッサージって痛い。」
久々に、僕の手刀が彼女の頭部を捉えた。
「何するのさ。久々に。ほんっとに久々だけども。」
「紛らわしい事してるからだよ。でもほんと久しぶりにやった気がするね。」
「ねー。」
一瞬の怒った顔はどこへやら、七咲さんはケロッと笑っている。
それから二十分ほど。他のクラスメイトが来るまで、僕たちは他愛のない話題に花を咲かせていた。
蛇足。まことに勝手ながら、体育祭や文化祭での出来事は省略されてもらう。何も起こらなかった訳ではないが、特別語るようなことも無かったのだ。




