七
土曜日のこと。何の予定も無く、朝からベッドの上でぼーっと天井を眺めていた。
前日幼馴染の家で夕飯をご馳走になり、そのまま帰宅した。泊まっていけばとも言われたが、そう言う関係でもない異性の家に泊まるのは流石に憚られた。
なので丁重にお断りして、帰宅したのだ。
ところで僕は現在、予定もなく時間を持て余している状態だ。夏休み最終日の様に、何かをしようかと言う気にもならない。
昨日の今日で、幼馴染に声を掛けるのも気が引ける。京香であれば嫌な顔せず付き合ってくれるのだろうが、少し申し訳なく思ってしまうのだ。
時刻は午前八時頃。僕は暫く考えを巡らせ、気を使う必要もない友人へ電話をかけた。
数秒間のコールの後、聞き馴染んだ声が耳に響いた。
「はいはい。あなたの心に一筋の光、武石大志ですよっと。」
武石は変なキャッチコピーと共に名乗る。せっかくなので、僕も悪ノリすることにした。
「きみの親友であり、この物語の一人称視点。雨天樹でありますよ。」
「なんだそのキャッチコピー。俺も今度使おう。」
「キャッチコピーのクオリティはお互い様でしょ。」
「違いないな。」
顔も合わせいないが、お互い電話越しに笑っているのが分かった。
「それで、朝からどうしたんだ?休み明けに提出の課題も無かったよな。」
「そうだね。課題は別に無いんだけど、お陰でやる事も無くてね。武石、暇かなって。」
「ああ、そんな事か。お前の想像通り、俺も時間を持て余していた所だぞ。今から会うか?」
僕から電話をかけているのに、彼の方から誘って来た。僕の気持ちを汲み取ったのだろう。相変わらず良い奴だ。
「助かるよ。僕の方から誘おうと思ってたところ。」
「そうだろうよ。それで、どこか出掛けるか。」
「そうだね。男二人でカラオケってのもアレだしねぇ。ショッピングでも行くにしても、何か見たいものとかある?」
「無いな。身近な物に関して、俺は現状満ち足りている。」
急な連絡なので、そう都合よくは行かない。かく言う僕も同じなのだが。
「じゃあ取り敢えず集合して、うちの近所にある公園にでも行く?本当に何もなければだけど。」
「お、良いな公園。男二人、腹裂いて話そうか。」
「腹割って話そうよ。切腹してどうするのさ。」
「それもそうだな。取り敢えず学校の前に集合で良いか?」
「おーけー。のんびり着替えて家を出るよ。」
「早ければ九時前。遅くても九時十分頃には着くわ。」
「それじゃ、また後で。」
「おう、また。」
彼の言葉を聞き終えて、電話を切った。
顔を洗って歯を磨く。学校であれば、そう時間は掛からない校内に入るわけでもないから、私服で問題ないだろう。
八時四十五分。校門前に立っていると、パンダがプリントされたシャツを着た、ガタイの良い男が近づいて来た。
「お待たせ。待ったか?」
「いや、僕も今来たところだよ。」
「じゃあ、行こうか。」
僕たちは肩を並べて、校舎に背を向ける。校庭の方からは、運動部の大きな掛け声が響いていた。
時計の針が九時を回った頃。僕は公園のベンチに座り、ぼんやりと空を眺めていた。
「ほらよ。スポドリで良かったよな。」
武石が公園の自販機で缶ジュースを買ってきた。
「ありがと。」
お礼を言いつつ、缶を受け取る。
プルタブを開けるとプシュッと心地良い音がして、飲み口から白い水蒸気が立っていた。九月になったが、夏は終わる気配を見せない。少し外を歩くだけでじんわりと汗が出て、服がベタついてくる。
「流石に暑いな。」
「日陰の場所にベンチがあるのが救いだね。」
僕と武石は手に持った液体を口に流し込む。キーンと言う頭痛と共に、喉が一気に潤うのを感じた。
「しかし、良いところだな。この公園は。」
武石がポツリと呟いた。
「そうでしょ。夕方になると小さな子供が遊んでいるんだ。」
朝から人気の無い公園を眺め、何をしたものかと考える僕たちに、声を掛けるものがあった。
「あれ?樹さん何してるの?」
公園の外から僕に声を掛けたのは、つい前日会ったばかりである、幼馴染の弟だった。
「おはよう京くん。」
僕が挨拶をすると、京くんは可愛らしく笑った。
「おはようございます、樹さん。お隣にいるのは、お友達ですか?」
話を振られた武石はスッと立ち上がり、
「俺は武石大志。雨天のクラスメイトであり、親友だ。よろしくな。」
親指を立てて、白い歯を見せた。
「初めまして。夏妃京と言います。樹さんの幼馴染です。」
京くんはぺこりと頭を下げた。そう言えば、彼は少し人見知りするところがあったかな。普段家にいる彼しか見ていなかったので、少し新鮮だ。
「それじゃ、オレはこれで。」
挨拶を終えると、京くんは早足に立ち去ってしまった。彼の後ろ姿を見ながら、武石は呟く。
「可愛い系か。いや、成長したら綺麗系か。」
確かに京香は美人であり、京くんも顔立ちが似ているが。
「男に可愛いも綺麗もないでしょ。」
「男?」
武石は僕の言葉を聞き返したが、やがてひとりで納得したかのように頷いていた。




