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 金曜日の夜。僕は幼馴染の家で夕飯をご馳走になっていた。

 幼馴染とその弟を呼びに来た祥子さんは、僕に寄り掛かった二人を見るなり僕の膝に頭を乗せて寝転がった。

「母さん何してるの。」

「そうだよ。何してるのさ。」

「嫌ならさっさと立って、お皿並べる。」

祥子さんの号令で、二人は立ち上がって部屋を出て行った。それを確認して、祥子さんも起き上がって部屋を後にした。ちなみに僕は足が痺れてしまって、少し遅れて三人の後を追うことになった。

 一時間ほどして。夕食を終えた僕たちは、京香の部屋でのんびりとしていた。

「そう言えば、樹さん今日泊まっていくの?」

彼女のベッドに寝そべり、京くんが聞いてくる。そのことばに京香も便乗する。

「確かに、樹らどうするのかな?泊まって行ってくれても全然構わないけど。あと京、ベッドから降りて。」

「ご飯までご馳走になっちゃったから、流石に帰るよ。」

「えー。」

「えー。」

姉弟で同じ反応だった。

「なんでよぉ、泊まってけばいいじゃん。オレの部屋で寝ればいいじゃん。」

「いや、そこは正当は幼馴染であるボクの部屋でしょ。」

「正当な幼馴染って一体何さ。」

「それはまぁ、一旦置いておいて。」

置いておかれた。特に意味もない言葉なのだろうけど、京香は時々脊髄反射でものを言う節がある。

「久しぶりに泊まっていけばいいじゃん。どうせ明日も予定ないんでしょ。」

「高校生にもなって、男女がひとつ屋根の下。流石に問題じゃない?」

「問題じゃないんじゃない?」

「京香さん、知らないかもしれないから言っておくけどさ。男ってのは狼なんだよ。」

「そうだそうだ。だから樹さんは僕と一緒の部屋で寝るんだ。」

「京くんは少し静かにね。」

騒がしくなった美少年の頭を撫でつつ、話の筋を戻す。最近話が脱線してばかりな気がする。

「ともかく、もう少ししたら僕は帰るからね。」

「むむむ。」

京香は険しい表情を見せたが、すぐに明るい表情に戻った。

「分かったよ。これ以上引き止めて、嫌われてもヤだしね。この辺が引き時だよ。」

余程のことがあっても、僕が彼女を嫌うなんてあり得ないのだが、納得してくれただけ良しとしよう。

 やっとひと段落着いたところで、京くんが姉の本棚から何か取り出してきた。

「樹さんまだ帰んないでしょ。ならこれで遊ぼうよ。」

彼が持ち出して来たのは、なんの変哲もない将棋版だった。

 プラスチック製の物だが、知識もない人間が遊ぶ分には十分過ぎる代物だろう。

「いいね。やろうか。」

「じゃあ最初はオレと樹さんで。」

「じゃあボクは横から口を出させて貰おうかな。」

京香の予想外の反応に、僕と京くんは少々面食らった。「ちょっと、ボクはどうするのさ。」くらい言ってくると思っていたので、意外な提案だ。

 何事も起こらず、平和なひと時。そう思っていた時期が、僕にもあったのかもしれない。

「じゃあ、ボクは樹にアドバイスさせて貰うよ。正面から見た方が分かりやすいから、ちょっと失礼。」

京香はそう言うと、僕の背後から抱きつく様にして将棋盤を覗き込んだ。

「ちょっと姉さん、何してるのさ。」

「何って、適切なアドバイスをする為に思考を巡らせているんだけど。」

「それは構わないんだけど、問題なのはその態勢だよ。」

「あの、京香さん。僕の方からも、少し離れて欲しいかなぁって。」

京香の身体は僕の背中にピッタリとくっ付いている。動きづらいと言うのもあるが、良くない気分になりかねない。

「樹がそう言うなら少し離れるよ。」

 京香はあっさりと引き下がった。顔が熱い。心なしか、彼女の顔も赤く見える。

「京香、顔赤いね。」

僕の言葉に、京香は緩んだ笑みを浮かべる。

「あはは、樹こそ。熱でもあるんじゃない?」

「ちょっと待った。何二人で良い雰囲気になってるんだよ。オレだけ仲間外れじゃんかよぅ。」

 気まずい雰囲気が流れそうになったが、向かいに座った美少年のお陰で危機を脱することが出来た。

「ごめんね京くん。さ、早いとこ一局指そうか。」

「え、あうん。」

彼は戸惑う様子を見せたが、流されるまま将棋を指し始めた。京香は僕の横に座りあれこれ話していたが、その様子はどこかぎこちなく感じだ。

 結局京くんと一局指し終えた時には、いい時間になってしまっていた。僕は幼馴染二人と祥子さんに挨拶をし、帰路に着いた。

 ちなみに対局の結果は、京香のアドバイスのお陰で僕の勝ちに終わった。

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