六
金曜日の夜。僕は幼馴染の家で夕飯をご馳走になっていた。
幼馴染とその弟を呼びに来た祥子さんは、僕に寄り掛かった二人を見るなり僕の膝に頭を乗せて寝転がった。
「母さん何してるの。」
「そうだよ。何してるのさ。」
「嫌ならさっさと立って、お皿並べる。」
祥子さんの号令で、二人は立ち上がって部屋を出て行った。それを確認して、祥子さんも起き上がって部屋を後にした。ちなみに僕は足が痺れてしまって、少し遅れて三人の後を追うことになった。
一時間ほどして。夕食を終えた僕たちは、京香の部屋でのんびりとしていた。
「そう言えば、樹さん今日泊まっていくの?」
彼女のベッドに寝そべり、京くんが聞いてくる。そのことばに京香も便乗する。
「確かに、樹らどうするのかな?泊まって行ってくれても全然構わないけど。あと京、ベッドから降りて。」
「ご飯までご馳走になっちゃったから、流石に帰るよ。」
「えー。」
「えー。」
姉弟で同じ反応だった。
「なんでよぉ、泊まってけばいいじゃん。オレの部屋で寝ればいいじゃん。」
「いや、そこは正当は幼馴染であるボクの部屋でしょ。」
「正当な幼馴染って一体何さ。」
「それはまぁ、一旦置いておいて。」
置いておかれた。特に意味もない言葉なのだろうけど、京香は時々脊髄反射でものを言う節がある。
「久しぶりに泊まっていけばいいじゃん。どうせ明日も予定ないんでしょ。」
「高校生にもなって、男女がひとつ屋根の下。流石に問題じゃない?」
「問題じゃないんじゃない?」
「京香さん、知らないかもしれないから言っておくけどさ。男ってのは狼なんだよ。」
「そうだそうだ。だから樹さんは僕と一緒の部屋で寝るんだ。」
「京くんは少し静かにね。」
騒がしくなった美少年の頭を撫でつつ、話の筋を戻す。最近話が脱線してばかりな気がする。
「ともかく、もう少ししたら僕は帰るからね。」
「むむむ。」
京香は険しい表情を見せたが、すぐに明るい表情に戻った。
「分かったよ。これ以上引き止めて、嫌われてもヤだしね。この辺が引き時だよ。」
余程のことがあっても、僕が彼女を嫌うなんてあり得ないのだが、納得してくれただけ良しとしよう。
やっとひと段落着いたところで、京くんが姉の本棚から何か取り出してきた。
「樹さんまだ帰んないでしょ。ならこれで遊ぼうよ。」
彼が持ち出して来たのは、なんの変哲もない将棋版だった。
プラスチック製の物だが、知識もない人間が遊ぶ分には十分過ぎる代物だろう。
「いいね。やろうか。」
「じゃあ最初はオレと樹さんで。」
「じゃあボクは横から口を出させて貰おうかな。」
京香の予想外の反応に、僕と京くんは少々面食らった。「ちょっと、ボクはどうするのさ。」くらい言ってくると思っていたので、意外な提案だ。
何事も起こらず、平和なひと時。そう思っていた時期が、僕にもあったのかもしれない。
「じゃあ、ボクは樹にアドバイスさせて貰うよ。正面から見た方が分かりやすいから、ちょっと失礼。」
京香はそう言うと、僕の背後から抱きつく様にして将棋盤を覗き込んだ。
「ちょっと姉さん、何してるのさ。」
「何って、適切なアドバイスをする為に思考を巡らせているんだけど。」
「それは構わないんだけど、問題なのはその態勢だよ。」
「あの、京香さん。僕の方からも、少し離れて欲しいかなぁって。」
京香の身体は僕の背中にピッタリとくっ付いている。動きづらいと言うのもあるが、良くない気分になりかねない。
「樹がそう言うなら少し離れるよ。」
京香はあっさりと引き下がった。顔が熱い。心なしか、彼女の顔も赤く見える。
「京香、顔赤いね。」
僕の言葉に、京香は緩んだ笑みを浮かべる。
「あはは、樹こそ。熱でもあるんじゃない?」
「ちょっと待った。何二人で良い雰囲気になってるんだよ。オレだけ仲間外れじゃんかよぅ。」
気まずい雰囲気が流れそうになったが、向かいに座った美少年のお陰で危機を脱することが出来た。
「ごめんね京くん。さ、早いとこ一局指そうか。」
「え、あうん。」
彼は戸惑う様子を見せたが、流されるまま将棋を指し始めた。京香は僕の横に座りあれこれ話していたが、その様子はどこかぎこちなく感じだ。
結局京くんと一局指し終えた時には、いい時間になってしまっていた。僕は幼馴染二人と祥子さんに挨拶をし、帰路に着いた。
ちなみに対局の結果は、京香のアドバイスのお陰で僕の勝ちに終わった。




