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 「お、奇遇だね。」

放課後。いつものように鍵を閉めて教室を出ると、横から声をかけられた。声のする方に目を向けると、最近学校でも話すようになった幼馴染の姿があった。

「樹も、今から帰るのかな。」

京香はそう言って僕に近づく。

「そうだよ。も、ってことは京香も帰り?」

「いえす。そういうこと。」

彼女は人差し指を僕の前に突き出して、ニコリと笑う。

 僕たちは教室の鍵を返して、一緒に下校することにすることしにした。

「樹は、今日も今日とて教室の施錠かな?」

「お察しの通りだよ。いつものことだからね。そう言う京香の方は、どうしてこんな時間まで?」

僕の問いかけに、彼女は照れ笑いを浮かべる。

「いやね、ボクもきみを見習ってさ、クラスの役に立とうと思ってね。」

「別にそこまで高尚な考えがあるワケじゃないよ。」

京香はどうも僕を買い被っているようだ。

「それにさ……。」

そこまで言って、彼女は足を早める。

「それに?」

「やっぱり何でもない。さ、早く鍵返しちゃおうよ。」

「何なのさ、もう。」

京香が何かを誤魔化す時、大抵そそくさと歩いて行ってしまう。知らなかったからと言って、何か不利益を被るわけでもあるまい。深く追求しないでおこう。

 職員室に鍵を返して、校舎を出る。夕暮れ時、帰る時間はいつも薄暗くなっている。

「秋空だね〜。」

夕日に当てられ、赤く染まった雲を眺めて京香は呟く。

「どちらかと言うと晩夏だけどね。まだ結構暑いよ。」

「どっちでも良いよ。この赴き深い空を、樹と共有できたんだから。」

「……。」

反応に困ってしまう。どうしてこう、照れくさい事をツラツラと言えるのだろうか。

「話変えるんだけどさ。週末は空いてるかな?」

「週末?土曜日なら空いてるけど。」

「今日これからの予定は?」

「無い。課題も出てないから暇だね。」

「それならさ……。」

彼女は一歩前に出て、僕と正面から向かい合う。夕日を背に受けたその姿は、美しさと儚さを感じさせた。

「今からウチに来ない?ついでに夕飯も食べてかない?」

「あぁ、そっちさえ良ければお邪魔するけど、勝手に決めちゃって良いの?」

僕の家は両親が共働きで、遅く帰ってくることも多い。その事を憐れんだのか、近所という事もあって京香の母がよく世話を焼いてくれていた。中学校に上がって以降は、話す機会も少なくなったのだが僕にとって恩人と呼べる人だ。

「いいのいいの。母さんも樹に会いたがってるし。このまま家に直行する?」

「いや、流石に一度着替えてくるよ。ついでに汗かいたからシャワーも浴びてくる。」

「別にそのままでも良いんだよ。なんならウチでシャワー浴びる?」

「幼馴染とは言え、女の子の家に行くんだよ。流石に身だしなみは整えるよ。」

「ふうん?樹はボクのこと女の子として見てるんだ。」

京香はニヤニヤしながら顔を近づけてくる。ふわりと花の香り、女の子とはそういうものなのだろうか。

「京香は可愛い女の子だと思ってるよ。」

「かわいい。」

「あと、異性でも友情は成立するものだと思ってる。」

「ふーん、友情ね。」

彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにそっぽを向いてしまった。

「あれ?京香、どうしたのさ。」

「別に、なんでもない。ほら、早く行こうよ。」

そう言うと彼女は、僕に背を向けて歩き出してしまった。

 暫くの間、僕たちは言葉を交わさずに帰路を辿る。京香も僕も何も話さなないが、そこに気まずさなんてものは無い。気心知れた間柄だ。むしろ、この静けさが心地良いほどだった。

 何も話さないのをいい事に、雲を眺めて空想に耽っていると、いつの間にか彼女の家に来ていた。

「それじゃ、ボクはここで。なるだけ急いで来てよね。」

「分かってるよ。それじゃ、一旦バイバイ。」

僕は京香に手を振り、足早に自宅へと向かう。休日の到来と友人と遊ぶことが重なり、浮き足立っていた。

 家に着くなり制服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。素早く、そして丁寧に。女の子の家に上がるのだから、最低限の身だしなみを整える。服は、いつも遊びに行っている服でいいか。

 時刻は午後五時半。まだ九月で日が暮れるには早い時間帯だ。太陽が半分ほど沈みかけ、カラスの鳴き声がこだまする。

 薄暗くなった住宅街をゆっくりと眺めながら歩く。周囲には音が無く、耳鳴りがするほどの静けさだった。

「ふんふーん……。」

誰にも聞こえないような小さな声で、お気に入りの曲を口ずさむ。中学生の頃、京香に教えてもらった曲だ。高校に入っても聴き続けている。

 家を出て、十分と経たないうちに幼馴染の待つ家に辿り着いた。おばさんも、もう帰ってきているだろう。軽く深呼吸をして、インターホンを押した。

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