二十八
今日は一学期の終業式。朝から全校生徒を集めた集会があり、少し長いホームルームをして昼前に下校。なんの変哲もない、ありきたりなスケジュールだ。
ホームルームを終えた僕は、クラスメイトが出払ってから、教室の鍵を閉めていた。なんだかんだ、一学期の間ずっとやってきたが、特に不満を感じることもなかった。
教室を出た時、スマホが震える。見てみると、京香からメッセージが来ていた。
『今どこにいるかな?よかったら一緒に帰らない?』
彼女もまだ、学校にいるということだろうか。
『今から教室の鍵を返しに行くんだ。その後どこかに集まろうか。』
彼女からすぐに返信が来た。
『それなら、一階の中庭で待ってるね。何か飲み物買って、少し喋ろうよ。』
了解とだけ送信して、いつもより少しだけ急いで職員室に向かう。
幼馴染と一緒に帰るなんて、中学生の頃以来だ。その頃は、やれ夫婦だとか、恋人だとか揶揄われたりもしたが、高校にもなればそんな事を言う人間はいないだろう。僕は特に気に留めなかったが、恐らく京香は嫌に思っただろう。今でも親しくしてくれていることに、感謝しなければならない。
中庭に着くと、京香は自販機の前に立っていた。
「あ、樹。早かったね。」
彼女は僕の顔を見ると、にこりと笑顔を向ける。夏の熱い風が、彼女の短い髪を揺らす。そんな幼馴染が、眩しかった。
「ごめん。待たせたよね。」
「いいよ、急に呼び出したのはボクだし。とりあえずさ、何か飲み物買わない?ボク喉乾いちゃった。」
京香はペロリと舌を出し、財布を取り出す。顔立ちも整っていて、こんな仕草をするのなら、周りの男子たちは放っておかないのではないだろうか。
考え事をしていると、京香が顔を近づけてくる。
「なにぼーっとしてるのさ。もしかして夏バテ?大丈夫?」
「いや、いたって健康だから大丈夫。少し考え事してただけだから。」
「そっかぁ、なら良いけど。ところで何飲む?付き合ってもらうお礼にボクが奢るよ。」
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。僕は緑茶を貰っていいかな?」
「勿論。缶でいいかな?」
「大丈夫。」
京香は小銭を自販機に入れて、ボタンを押す。ガランと音を立てて、飲み物が入った缶が二つ転がってきた。
「はい、緑茶。しっかし暑いよねぇ。」
僕に缶を渡して、京香は自分の缶を開ける。彼女が購入したのは、スポーツドリンクの缶だ。
僕も緑茶の缶を開けて、中の液体を口の中に流し込む。緑茶の苦味とほのかな香りが喉を通り抜ける。缶から口を離し、息を吐くと微かな清涼感を感じる。
「暑い中で飲む冷たい飲み物って、どうしてこんなに気持ち良くなるんだろうね。なんて言うかな、整うって感じ。」
「同感だね。体の内側から涼しくなる感じだ。」
飲み物をもうひと口飲み、京香が僕の方に目を向ける。
「そう言えばさ、ボクの顔見て考え事してたみたいだけど、何考えてたの?」
「え、そうだね。言わなきゃダメかな?」
「ダメ。人に言えないようなことを考えてたわけでもないんでしょ。年齢制限かかるような事、考えてないんでしょ?」
「それはそうなんだけど。えっとねぇ。」
どうにか誤魔化せないかと考えたが、僕はそこまで頭が良くない。正直に話そう。
「京香ってさ、やっぱり美人だよねって思ったんだよ。クラスメイトも放っておかないんじゃない?」
「あぁ、そう言う話ねぇ。」
京香は微妙そうな顔をしている。
「実はついさっきねぇ、告白されたんだ。同じクラスの男子なんだけど。付き合ってくれってね。」
「あら、それでどうしたの?」
「断ったよ。ボク、その人のことよく知らないし。確かに同じクラスだけどさ、直接話したこと無いんだよ。」
「それは仕方がないね。」
「断ったこと自体、別に後悔はしてないんだけどね。なんとなく帰り辛くなっちゃって、こういう時に樹なら横にいてくれるかなって。そう思ったんだ。」
「そりゃあ、京香は大切な幼馴染だからね。なにかあったら助けたいって、そう思うよ。」
「うん、ありがと。」
そこまで言って、京香は手に持った缶をグイッと飲み干す。ひと息ついた彼女は僕の耳元で囁く。
「樹のそういうところ、ボクは好きだよ。」




