十八
木曜日、テスト前日。土曜日の勉強会は結局、数学の範囲をひと通り流した程度だった。日曜日も教科書には手を付けず、朝から晩までアニメを見ていた。
この日の授業は、新しい内容を進めて余った時間でテスト勉強する形式ばかりだった。僕も授業の復習もそこそこに、テスト範囲を流し見ていた。数学は、なんとかなりそうだが、他教科はどうだろうか。
放課後になって、いつも通りクラスメイトが出ていくのを待っていると、不意にスマホが振動する。見てみると、夏妃からメッセージが届いていた。
『明日からテストだけど、数学は大丈夫そう?』
相変わらず世話焼きな幼馴染だと思いつつも、別のクラスになってまで気に掛けてくれる友人をありがたく思う。
『数学は何とかなりそうだよ。地理も、自信はないけど悲惨なことにはならないと思う。』
返信すると、すぐにメッセージが飛んできた。
『来週の分は大丈夫そう?良ければ、前みたいにボクが勉強見たげようか。』
今回のテスト、金曜日に数学と地理があり土日を跨いで月火までテストがある。テスト中は、自宅学習のために午前授業になっている。
『ありがとう。明日の結果次第だけど、頼らせてもらうかも知れない。』
そう返信して、僕も帰ることにした。
いつもの親友たちは、勉強のために我先にと帰宅して行った。こんな日に最後まで教室残っているのは、僕くらいのものである。
教室の鍵を返して、校舎を後にする。テスト前日だからか、正門前にも人がいない。駐輪場もがらんとしている。
真っ赤な夕日が校舎を照らしている。学校なんてあまり好いていなかったが、こう見ると風情があるものだ。帰ってテスト勉強をしないといけないのだが、この景色を放っておくのは勿体無い。ゆっくりのんびり、時間を掛けて帰ることにしよう。
帰路に着く途中、公園の前を通りかかった。暗くなるまで、まだ時間がある。小学生だろうか、子供が数人楽しそうに集まっている。
子供たちは手を繋いで円を作り、ぐるぐる回っている。かごめかごめだろうか。僕も幼い頃にやったものだが、大抵誰が後ろにいるか分かってしまう。
微笑ましく眺めていたが、ふと違和感を感じる。子供たちは何を囲んでいるのだろう。子供たちの足の隙間からは蹲る子供が見えない。あの子たちは、誰を囲んで歌っているのだろう。
かごめかごめ かごのなかのとりは いついつでやる
僕の耳に幼い声が響く。遠巻きに聞こえていたはずのその声は、だんだんと距離が近くなり、遂には耳元に聞こえるようになっていた。
よあけのばんに つるのかめがすべった
無邪気な声はその数を増し、無数の声が僕を中心に回っている。僕の周りには誰もいない。誰もいないはずなのだ。
うしろのしょうめん だあれ
僕の背後で、幼い声が囁いた。
慌てて後ろを振り向くも、やはり誰もいない。公園の子供たちはいつの間にか姿を消してきた。
わけもわからず立ちすくんでいると、カラスの鳴き声が聞こえた。夕日はもう沈みかけている。
「夕焼け小焼けで日が暮れて……」
呟くように歌いながらゆっくりと歩き出す。
さっきのは夢か、想像力が豊か過ぎて幻覚を見たのだろう。そう思い込むことにした。そうでもなければ、明日からテストなど受けていられない。
不思議な夢はできるだけ早く忘れてしまいたい。心の中でまで平静を装っているが、正直怖かった。
誰かに話したい気持ちもあるが、いつもの親友たちにはこんなことを話すのも、なんだか気が引ける。週末、勉強を見てもらうことを口実に、幼馴染に話を聞いてもらおうか。
『ごめん。今週末、勉強を見てもらってもいいかな?』
思い立ったが吉日。夏妃にメッセージを送ると、数秒と待たずに返信が来た。
『いいよ、ボクも予定は無いからね。それよりも、頼ってくれて嬉しいよ。』
ハートマークと一緒に返ってきたメッセージを見ながら、僕に不相応なほど良い友達を持ったものだと実感していた。




