十六
武石と永江さんのアニメ談義もそこそこに、僕たちは駅を後にした。一度駅前に集まってテスト勉強をしようとは言っていたが、どこで勉強するのかなどは何も決まってないまま今日に至った。
「さぁて、四人集まったところで、これからどうしようか。カラオケでも行く?」
「七咲さん勉強するんでしょ。で、どこで勉強しようか。」
「この辺りは、コンビニも図書館もあるからな。場所には困らんだろうけど。」
「でもでも、この時期はどこも勉強してる学生でいっぱいらしいよ。」
「それは、少しだけ気が引けるね。どこに行こうか。」
「最悪、俺かお前らの家じゃないか?」
「わざわざ駅まで来て帰るのか……。」
「あ、あの。」
途方に暮れていると、永江さんが服の袖を引っ張る。
「あのお店、なら、人は少ない。と思う。」
「あぁ、確かに。行ってみようか。二人とも、いい場所があるんだけどさ。」
僕は二人に声を掛けて、駅を離れた。
雑談混じりに十数分ほど歩き、小さな喫茶店に辿り着く。
「へぇ、こんな所に喫茶店なんてあったんだな。」
「よく見つけたよねぇ。いかにも穴場って感じ。」
「ここは人の出入りが少ないから、過ごしやすいよね。」
感心する二人を横目に、店の扉に手を掛ける。
ギィと木製の扉が音を立てて開き、取り付けられた鈴がカランカランと鳴る。
「いらっしゃいませ。おや、今日はお友達も連れていらっしゃったんですね。」
店主の老爺はカウンターから顔を出して声をかけてくれる。店内を見渡したが、僕たち以外に客はいないようだ。
「あの、ここで勉強したいんですけど、大丈夫ですか?」
「えぇ、構いませんよ。どうせ、お兄さんたち以外に客はありません。お飲み物のご注文と、最低限のマナーさえお持ちなら、あとはご自由に。では、お好きな席へどうぞ。」
店主は愛想良く笑う。
僕たちは奥の広いテーブル席に座り、メニュー表を開く。
「良い店主さんだな。」
「そうでしょ。店も静かだから過ごしやすいんだ。」
「ねぇねぇ、何頼む?雨天くんはいつも何頼んでるの?」
「僕はいつもコーヒーだよ。あとは気分でスイーツかな。」
「いいねぇ。わたしは紅茶にしよ。」
そう言えば、この店で紅茶を頼んだことは無かったな。コーヒーと比べて二十円ほど割高なので、何となく頼まずにいた。こういう日なら、頼んでみても良いかも知れない。
「武石は何頼むの?」
「俺はメロンソーダでも貰おうかな。」
「永江さんは?」
「私は、いつものを、頼もうかな。」
「おっけー。それじゃあ、店主さん呼ぶね。」
呼び鈴を鳴らすと、店主はすぐにやってきた。
「はい。ご注文を承ります。」
「えっと、紅茶を二つと、アイスコーヒーひとつ。それと、メロンソーダひとつお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
店主はそう言って奥に下がっていった。
注文を終えると、僕は教科書とノートを広げる。
「さて、勉強をしますか。」
「面倒だな。一度、お茶でも啜って雑談でもしないか?」
「武石くん、勉強、しないと。」
「うむ、七咲はどうだ?」
「友達とテスト勉強。青春の一ページ。」
「そっか。勉強、するか。」
武石は観念したようにノートを開く。
「取り敢えず初日数学と地理だから、数学からやっていこうと思うんだけど。」
「うん、わたしもそれで良いと思うな。数学は得意だから教えられるよ。」
「俺、数学が一番苦手だから、教えてくれると助かる。」
武石が大きな溜め息をしたところで、店主が木製のトレーを持って来た。
「お待たせしました。紅茶お二つ、アイスコーヒーおひとつ。メロンソーダおひとつで御座います。ごゆっくりどうぞ。それと、大きなお兄さん。」
「え、俺ですか。」
「溜め息吐くと、幸せが逃げていきますよ。」
ヒヒヒと怪しく笑いながら、店主は戻って行く。武石は不思議そうな顔をしながら口を開いた。
「なんか怪しい爺さんだな。」
「でも良い人だよ。さ、勉強を始めよう。」
飲み物をひと口飲み、僕らはテスト範囲の問題に取り掛かった。