一
月曜日の朝はいつも憂鬱だ。休日が終わり、またいつも通りの学校生活が始まる。布団から出るのも億劫だが、遅刻する方が後々面倒だ。布団から体を起こし手足を伸ばす。少し、意識がはっきりしてただろうか。こうして僕、雨天樹の朝は始まる。
枕元のスマホで時間を見る。時刻は午前六時。顔を洗い、歯を磨く。性格上素早い行動が徹底できないので、早い時間から準備をするようにしている。
ダラダラと朝食を食べ、制服に着替え家を出る。家から学校までは徒歩二十分ほど。太陽が昇っているのを眺めなが登校する。早朝は人も少ないので、朝日に照らされる街の景色を独占した気になれるのだ。
学校に着くのは七時十分頃。部活動の朝練以外でこの時間に来る生徒は珍しく、ほとんどの教室に人がいない。
玄関で靴を脱いでいると、背後から声を掛けられる。
「おはよう、雨天くん。」
七咲綾。僕の同級生であり、用事もなく早朝から登校してくる女の子だ。4月初頭、僕が教室に一番乗りしてから、目を付けられている。
「おはよう、七咲さん。」
「今日はわたしの負けだねぇ。明日は勝つよ。」
七咲さんはそう言いながら、靴を履き替える。登校する時間を競っているわけではないのだが、貴重なクラスメイトとの交流だ。早く登校すれば彼女と話すキッカケになる。あえて時間をずらす理由もないのだ。
「そう言えば、七咲さん数学の課題終わったの。」
「勿論終わってるよ。わたしは真面目だからねぇ。」
七咲はドヤッとふんぞりかえる。平均的な身長に反して奥ゆかしい胸囲を突き出しても、可愛いらしいだけである。
教室に入っても、勿論誰もいない。時刻は七時十五分。あと三十分もすればクラスメイトがぞろぞろと入ってくるだろう。
僕は席に着くと、鞄から文庫本を取り出す。読書家と言えるほどではないにしろ、それなりに本を読む。短編集など、時間を潰すのに丁度いい。早朝の静かな教室は、読書するのにうってつけの場所なのだ。
「ねぇねぇ雨天くん、何かお話ししようよ。クラスメイトも来てないから二人きりだよ。こんな可愛い女の子と二人きりだよ。こんな機会は滅多にないよ。密室に男女二人、はっもしかして、これからえっちな展開が……って痛い。」
言い終わらないうちに、僕の手刀が彼女の頭部を捉える。早朝の静かな時間は、数秒と経たずに終わりを告げた。グッドバイ。
「ぶったな。年頃の女の子の頭を。よくも……。」
七咲さんは頭を抑えてピィピィ喚いている。ちなみに、手刀と言っても威力なんて微塵もない。ただ、話題を変えたりするのにちょうど良く、僕たちの間で定番化したやりとりである。
「七咲さんがおかしな事を言うからじゃないか。」
「これが原因で頭が悪くなったらどうするんだ。」
「大丈夫だよ。だって、もう……。」
もう変な人だよと言おうとしたが、流石に失礼なので控える事にした。それに、たとえ変人だとしても成績は僕よりも全然良い。
「もうなに?何て言おうとしたのさ。」
「いや、何でもないよ。何話そうか。」
誤魔化しつつそう言うと、彼女のむくれていた表情がパァッと明るくなった。
「え、そうだねぇ。そう言えば昨日、近くの公園に大きな犬がいてねぇ。」
「散歩中だったのかな。その犬を撫でたの?」
「いや噛まれた。噛み傷は浅いから大事には至らなかったけど。」
「なんでそうなるんだよ。」
「なんでだろうねぇ。」
早朝の閑静な校舎。そのなかで、僕たちの教室だけ小さな賑わいを見せていた。