やめろぉぉぉぉぉ!!!
ズボンを下ろすようにとニニアンは淡々と言い放ち、手袋をはめた。
パチンッ。
その音がやけに響く。
イワーヌシュカは絶望的な表情で、ズボンのベルトを握りしめた。
「……俺の……俺のちんちん……」
震える声でつぶやく。
嫁さんにだけ見せると決めていた大事なモノ。未来の誓い。男としての誇り。その全てが、今、この医務室で軍医の前にさらけ出されようとしている。
「時間がないぞ。早くしろ。」
何かキャラ変して冷静なニニアンの声が、イワーヌシュカの鼓膜を打つ。
「ぐっ……!!」
意を決したイワーヌシュカは、震える手でズボンのベルトを外し、ゆっくりとズボンと下着を下ろした。
——運命の瞬間。
「……」
ニニアンは何の感情もない顔で患部を見つめた。
「腫れてるな」
「言うなぁぁぁ!!」
羞恥心に震えるイワーヌシュカ。
ニニアンは淡々と診察を進める。イワーヌシュカの尊厳など気にしていない。そこにあるのはただの「負傷した患者」だ。
「傷は浅いが、放置すると感染のリスクがある。消毒するぞ」
「や、やさしくしてくれ……」
「無理だな」
「えっ」
「患部がデリケートなだけに、しっかりと消毒しないと危険だ」
そう言って、ニニアンは手元にある見た目からして痛そうな消毒薬の瓶を持ち上げた。
「お前、これがどれほど染みるか知ってるか?」
「やめろぉぉぉぉ!!!」
「耐えろ」
バシャァ!!
「ぎゃあああああああ!!!!」
医務室に、イワーヌシュカの魂の叫びがこだました。
ニニアンは表情一つ変えず、手際よく治療を続ける。悶絶するイワーヌシュカ。医務室の狭いベッドの上で転げ回ることもできず、ただ耐えるのみ。
「動くな。傷口にしみ込ませないと意味がない」
「しみ込ませなくていいぃぃぃぃ!!!」
「それだと治らないが」
「治らなくてもいいぃぃ!! 俺の誇りが死ぬ!!!」
「お前の誇りより、下半身の健康の方が大事だろう」
「くそぉぉぉぉぉ!!!」
イワーヌシュカは涙を流しながら耐えた。
「さて、次は軟膏を塗る」
ニニアンが冷静にそう告げると、イワーヌシュカは反射的に股間を押さえた。
「ちょ、ちょっと待て!!!」
「何を待つんだ?」
「お前、それはつまり……ドクターの手で……その……」
イワーヌシュカは言葉に詰まり、涙目で震えた。
ニニアンは淡々と手袋をはめ直し、軟膏の瓶を手に取る。
「当然、手で塗るしかないな」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
イワーヌシュカは叫びながら、診察台の上をのたうち回る。しかし、逃げ場などどこにもない。
ニニアンは呆れたようにため息をついた。
「お前な……そんなに嫌なら、自分で塗るか?」
「……!!!」
イワーヌシュカは目を輝かせた。
「それだ!! 俺が自分で塗る!!!」
そう叫ぶと、勢いよく手を伸ばした。
だが——
パシッ
「塗り残しがあったら意味がないからな」
ニニアンは冷静に軟膏を持ったまま、イワーヌシュカの手を制した。
「私がやる」
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇ!!!」
イワーヌシュカの悲痛な叫びが響く。
「あぁぁぁ……もうお婿に行けねぇ……」
絶望しきった表情のまま、彼はただ運命を受け入れるしかなかった。
ニニアンは何の感情もない顔で軟膏を手に取り、無駄のない動きでそこに塗り始める。
「……!?」
イワーヌシュカの全身がビクンと震えた。
ニニアンの手つきは、思ったよりも——いや、想像していたよりもずっと優しかった。
手袋越しに伝わる、ほんのりとした温もり。
乱暴に扱われることを覚悟していたのに、ニニアンの指先は慎重で、的確で、無駄がない。それどころか、妙に気を遣っているような、繊細なタッチすら感じられる。
(……あれ? これ、意外と……)
イワーヌシュカは自分の心の奥底で、とんでもない感情が芽生えそうになるのを必死で押し殺した。
「……ッ!!!」
やばい。
やばい!!!
自分は何を考えている!?
これは治療だぞ!? 軍医が患者を診ているだけだ!!
それなのに——
「……おい、大丈夫か?」
ニニアンが淡々と尋ねる。
イワーヌシュカはハッとして、慌てて首を振った。
「だ、大丈夫だぁ!! だから早く終わらせろ!!!」
「そうか。ならじっとしてろ」
再び塗られる軟膏。
優しく、しかし確実に患部を覆っていくニニアンの手。
(やばいやばいやばい!!!!)
(こんな気持ちになるはずじゃなかったのにぃぃぃぃ!!!!)
「うわあああああああ!!! やめろおおおお!!!」
「おとなしくしてろ。すぐ終わる」
「終わる終わらないの問題じゃねぇぇぇぇぇ!!!」
「これを塗らないと治らないが?」
「治らなくてもいいぃぃぃぃ!!!」
「またそれか。お前は本当に下半身の健康を軽視するな」
「くそぉぉぉぉぉ!!!」
イワーヌシュカは絶望した。
ニニアンの手つきが思いのほか優しく、温もりすら感じるほどだったせいで、どうしようもなく反応してしまっている。
軍医の前で。
軍の医務室で。
軍規違反の猫に噛まれた結果、こうして自分の尊厳が崩壊することになるとは、誰が予想しただろうか。
「……」
ニニアンの動きが止まる。
静寂。
張り詰める空気。
イワーヌシュカは涙目で震えながら、必死で言い訳を考える。
(違うんだ!!! これは違う!!! そういうんじゃない!!)
でも、反応しているという揺るぎない事実がそこにある。
「……」
軟膏を塗り終えたニニアンは冷静に、何も言わずに手袋を外し、無言で片付けを始めた。
その態度がかえって恐ろしい。
イワーヌシュカは完全にパニックだった。
「……おい」
「ち、違うんだぁぁぁぁ!!!!」
「何も聞いてないんだが」
ニニアンは呆れたように言う。
だが、イワーヌシュカはもう後戻りできないと悟った。
こうなったら——
「ニニアン、お前……責任取れ!!!!」
叫んだ。
もう知らん。
これはこの軍医のせいだ。ニニアンが手つきを優しくするから悪い。ぬくもりなんて感じさせるから悪い。だからこれは——
「お前が責任を取るべきだ!!!!」
イワーヌシュカは決死の覚悟で叫ぶ。
しかし、ニニアンは一瞬きょとんとした後、深いため息をついた。
「……はいはい。じゃあ、包帯巻くぞ」
「えっ、違っ……」
「責任取るって、ちゃんと治療を終わらせることだろ?」
「いや、それは……いや、そうだけど!!! そうだけども!!!!」
「じゃあ、動くな」
イワーヌシュカの言葉など聞く気もなく、ニニアンは淡々と包帯を巻き始める。
この軍医は、どこまでもブレない。
イワーヌシュカは涙目で天を仰いだ。
プライドも、尊厳も、全て散った。