愛とはどんなものかしら
猫が愛の神の使いだという教えは、この世界では広く知られている。それゆえ、猫が何らかの形で神のメッセージを伝える存在だとされているのだ。
「でも、ドクター…猫が、あんなことをするなんて…」
イワーヌシュカは言葉を絞り出した。夢の中での出来事がただの幻想であることを願う一方で、その猫が愛の神の使いであるという事実が彼をさらに不安にさせた。
ニニアンは、イワーヌシュカの顔をじっと見つめた。
「猫が神の使いだというのは、確かにこの世界ではよく言われています。でも、君が見た夢が神の使いからのメッセージだとは限らないでしょう。」
イワーヌシュカは眉をひそめた。
「でも、どうして…?あの猫が僕にそんなことをするなんて、何か意図があるんでしょうか?愛の神の使いが、僕に何か伝えようとしているのか・・・・・・?」
ニニアンは少し考え込んだ後、静かに答えた。
「夢の中で猫が君にしたことが、愛の神の意図そのものであるとは限らない。神の使いであっても、夢の中での出来事は、しばしば心の中の不安や葛藤を映し出すことがあります。君がその猫に何かを感じているのか、それとも愛に対する恐れや未解決の問題が心の中にあるのか・・・・・・」
イワーヌシュカは深く考え込みながら、しばらく無言だった。心の中で何かがざわつき、胸が苦しくなるのを感じた。愛の神の使いである猫が、夢の中で自分に対してあんな行動をとる意味とは一体何なのか。
ニニアンは、イワーヌシュカに真剣に向き合った。少しの沈黙の後、彼は深いため息をつき、話し始めた。
「我々の愛の神、アドゥリレについて語るのは、決して簡単なことではない。多くの者がその存在を信じ、様々な形でその教えに従っているが、愛とは本質的に深く、複雑なものです。」
ニニアンは目を細め、薬の香りの中で続けた。
「アドゥリレは、単なる愛の象徴ではない。その教えは、無償の愛、犠牲の愛、そして時に痛みを伴う愛の深さを含んでいます。」
イワーヌシュカは真剣に耳を傾けながら、心の中で疑問を抱いた。
「それは……どういう意味……?」
「愛の神が示す教えは、常に簡単で平和的なものではありません。」
ニニアンは優しく答える。
「アドゥリレは、愛を通じて世界を創造したとされ、その力はすべての生命をつなぐ力でもある。だが、その力が最も強く働くとき、それは決して無傷では済まないのです。愛には、相手を守り、時には自らを犠牲にすることを求める力があるからです。」
イワーヌシュカはその言葉に戸惑いを覚えた。
「つまり、愛には痛みが伴うということか?」
「その通り。」
ニニアンは静かに頷いた。
「愛する者を守るためには、時として自らを捧げる覚悟が必要になる。それがアドゥリレの教えの一部でもあります。だが、アドゥリレは決して無慈悲ではない。痛みの先に、必ず希望と癒しがあるということを伝えているのです。」
イワーヌシュカはその言葉を胸に刻み込みながら、少しの間黙って考え込んだ。
「でも、愛の神が使いとして猫を送り、僕にあんな夢を見せた意味は?」
ニニアンは優しく微笑んだ。
「それは、君がまだその愛の本質に気づいていないことを示しているのかもしれない。アドゥリレの使いである猫は、ただの愛の象徴ではない。彼らは人々の心に潜む恐れや葛藤を引き出し、愛の真の力に気づかせる役割を持っています。君が見た夢も、君自身が抱えている感情や恐れ、もしかしたら愛に対する疑念を映し出しているのかもしれない。」
イワーヌシュカはふと気づいた。もしかしたら、自分は愛に対して何かを恐れていたのかもしれない。過去に愛することから逃げていた自分、傷つくことを恐れていた自分。それらの心の葛藤が、夢という形で現れたのだろうか。
「アドゥリレは、愛を理解するためには、まず自分を見つめ直すことを求めます。」
ニニアンは続けた。
「君が夢の中で猫に噛まれたこと、そしてその後の恐れ。それらは君が愛とどう向き合うべきかを問いかけているのかもしれない。」
イワーヌシュカはその言葉に深く頷いた。今まで自分は愛を恐れていたのかもしれない。何かに縛られて、愛を受け入れることを拒んでいた自分がいる。それを認めることで、何かが変わるのだろうか。
ニニアンは最後にもう一度言った。
「愛は単なる甘い感情ではなく、時に試練となるものです。しかし、それを乗り越えた先に、本当に深い愛がある。それを君が見つけるための手助けを、猫の使いはしてくれているのかもしれない。」
イワーヌシュカは心の中でその言葉を繰り返しながら、少しずつ自分の気持ちが整理されていくのを感じていた。夢の意味が少しずつ明らかになってきたように思えた。それはただの奇妙な夢ではなく、愛というものに対する自分の未解決の感情に向き合うための、神のメッセージだったのかもしれない。