傷痕の聖印(セイクリッド・バイト)
ふぐりは、語るものに非ず。
ふぐりは、崇めるものにして、触れてはならぬ聖域。
だが時に、神は選ばれし者にその“痕”を刻む。
***
その日、ふぐり教団の地下礼拝堂では、奇妙な静けさが支配していた。
イワーヌシュカは、まるで罪人のごとく壇上に立たされていた。
その周囲を、鈴カステラのようなふぐり帽をかぶった信者たちがぐるりと囲む。
彼らは床にひざまずき、片手を胸に、もう片手を股間の前で軽く握っていた。
そう、それがふぐり教団の正式な礼拝ポーズ、「ふぐり捧持の印」である。
「……こ、これは何の儀式なんだ……」
イワーヌシュカの声は震えていた。
祭司の一人が、ゆっくりと前に進み出ると、荘厳な声で告げた。
「選ばれし者よ。我らの記録にある、古の預言を知っていますか?」
「知るかよ」
「では、読み上げましょう」
すると後方の石壁に、巨大な羊皮紙の掛け軸が引き下ろされた。
その中央には、実に堂々とした筆致でこう記されていた。
“そしてその者、ふぐりに噛まれしとき、
痛みと共に刻まれるは神の口づけ。
その跡こそ、聖なる選別の証なり。”
「えっ……まさか……」
「そう。あなたの……ちんちんに刻まれしその噛み跡こそが、神より賜りし祝福……すなわち、傷痕の聖印なのです!」
「なにぃいいいいっっ!!?」
場がざわつく。
だが信者たちは神妙な面持ちで、声を揃えて唱え始めた。
「セイクリッド・バイト! セイクリッド・バイト!」
その合唱は地下堂に響き渡り、まるで千のふぐりが歌い出したかのようだった。
イワーヌシュカは逃げようとした。もちろん逃げようとした。
だがその足を、巫女服をまとった女性がそっと止めた。
彼女の名はキアラ。ふぐり教団の筆頭巫女であり、柔和な眼差しの奥に、ふぐりに対する異様なまでの信仰心を宿していた。
「……見せてください。あなたの聖印を」
「ちょっと待て……君、それ完全にセクハラ……」
「これは神の務めです」
押し切られた。
イワーヌシュカのズボンが静かにずり下ろされる。
彼のちんちんに残された、猫の小さな牙跡――
「……美しい……」
キアラはつぶやいた。
その目は真剣そのもの。まるで救世主の額に現れた聖痕を見るような、信仰と敬意に満ちた光。
「この噛み跡……完全に一致します。我らが古文書に記された双牙の祝痕と!」
「そんな名前ついてたの!?」
「イワーヌシュカ様……あなたは間違いなく、ふぐりの加護を受けし者。もはや逃れられぬ運命です……」
「嘘だろ……なんでこんなことで人生決まっちゃうんだよ……」
イワーヌシュカは項垂れた。
だがその瞬間、キアラがそっと彼の手を取り、言った。
「ふぐりは、決して試練だけではありません。癒しと、愛と、平和の象徴でもあるのです。イワーヌシュカ様、あなたの中にそれを感じます」
「…………」
そこに嘘はなかった。
彼女の言葉の中には、ほんの一滴もふざけた色がなかった。
……だからこそ、逆にバカバカしさが増すのである。
イワーヌシュカは、ただただ天井を見上げ、ため息をついた。
「……もう好きにしてくれ……」
こうして、ふぐりの巫女候補・イワーヌシュカの運命は、新たな段階へと進んだ。




