旅立ち、そしてふぐりの使徒
ふぐりに導かれし者、イワーヌシュカ。
彼は今、己が股間に刻まれた数々の激痛を胸に秘め、新たなる旅路を歩み始めていた。
ローシュランドの朝は、静謐であった。
だが、その静けさの中を、ひときわ騒がしく駆け抜けていく男がいた。
「行くぞ、ふぐりの巫女に会うんだ……!」
まるで聖地巡礼でも始まるかのような意気込みで、イワーヌシュカは軍営の門を突破した。
誰も止めなかった。止めようとすらしなかった。むしろ彼の姿を見る者の視線はどこか生温かく、あるいは哀れみすら滲んでいた。
──そして数日後。
イワーヌシュカは、ある村に辿り着いた。
その名を「フグリア」と言った。
「まさか、村の名前まで……偶然か?」
不穏な予感を覚えつつ、イワーヌシュカが宿に入ろうとした、そのとき。
「あなたが……“イワーヌシュカ”殿でございますね?」
突如、道端に現れた黒ローブの集団。
全員がふぐりのように丸くふくらんだ帽子をかぶっていた。
「わ、なんだお前ら……」
「われら、ふぐり教団でございます」
異様な沈黙が流れる。
その名を聞いた瞬間、イワーヌシュカの眉間には深いしわが刻まれた。
「何だそのバカみたいな名前……また悪ふざけか?」
「いいえ、これは神の名のもとに授かった高貴なる称号……!」
男たちは片膝をつき、イワーヌシュカを見上げた。
「……イワーヌシュカ殿。あなたを迎えに参りました。“ふぐりの巫女”として。」
沈黙。
「いやだよ!!!」
即答だった。即断、即拒否。
軍医に何度も晒したとはいえ、彼にはまだ羞恥心という高貴な感情が残っていた。
「なぜ俺が“巫女”なんだよ! 見ろ、男だぞ!? しかももうボロボロなんだぞ!? 見せてやろうか!? 包帯の──」
「いけません!」
教団の一人が慌てて止める。
そして、低く重々しい声で言った。
「イワーヌシュカ殿、あなたは“ふぐりの真実を知る者”。猫に選ばれ、神に試された存在。我らが求めていた救世主なのです……!」
「……救世主……?」
イワーヌシュカの心に、ざわめきが走った。
どこか懐かしい響き――否、なぜかとてもどうでもいい響きであった。
だがその瞬間。
ローブの下から姿を現した教団の面々の顔を見たイワーヌシュカは、思わず言葉を失った。
「……なんか、お前ら全員……やたら愛されオーラ出てね?」
「それが……ふぐりの加護なのです」
「は?」
「ふぐりを讃える者は、すべからく魅力を得る。人を惹きつけ、癒し、愛をもたらす。それが“ふぐりの神”の祝福なのです」
「ちょっと待ってくれ、それ本当なのか?」
「疑うなら、試してみてください」
一人の教団員がふぐり型の香袋(アロマ袋)を取り出した。
それは鈴カステラのような丸い形をしており、かすかにラベンダーの香りが漂っていた。
イワーヌシュカが手に取った瞬間、背後で村の娘がつぶやいた。
「……あの人、なんか……すごく素敵……」
「今の聞いたか!?」
「それが……ふぐりの力なのです」
「マジかよ……」
──イワーヌシュカの中に、一つの可能性が芽生えた。
この忌まわしきふぐりの呪いに、何か意味があるのではないかと。
そして、その真実を求める物語が、今幕を開ける。




