はじまりはじまり
イワーヌシュカ・スクリアビンは夢を見ていた。
冷たい風が吹きすさぶ中、一匹の猫が身を縮めていた。毛並みは黒で、ところどころ泥に汚れ、痩せ細った身体が震えている。
その姿に胸を締めつけられたイワーヌシュカは、そっと手を差し伸べた。
彼自身、貧しく身寄りのない身の上で、戦火の絶えないこの世界で飢えと寒さに怯えながら生きてきた。この小さな猫に己の姿が重なり、放っておくことができなかった。
猫は警戒しつつも、彼の手のひらに顔を擦り寄せ、か細く鳴いた。イワーヌシュカはその小さな身体を包み込むように抱き上げた。そして、自分の部屋の温もりの中へと連れて帰る。
部屋に戻ると、彼は猫を布団の中に隠した。
冷え切った身体を温めようとするように、猫はもぞもぞと動きながら、イワーヌシュカの膝の間へと入り込んでいった。
次の瞬間——
「ぐあああっ!」
鋭い痛みが股間を貫き、イワーヌシュカは飛び起きた。
ちんちんを噛まれた!
息が詰まり、声にならない叫びが喉の奥で絡みつく。
思わずズボンを掴みながら布団を跳ね除けたが、そこには何もいない。猫の姿はどこにもなかった。
乱れた寝台の上で、彼は呆然と座り込んだ。夢だったのか?いや、あの痛みはあまりにも鮮明だった。未だに下腹部に鈍い感覚が残っている。
彼は息を整えながら周囲を見渡した。薪の燃え尽きた炉、結露した窓、軍の制服のかかった椅子。どこを探しても、猫の気配はなかった。
イワーヌシュカは額に手を当て、苦笑した。戦場で死線をくぐり抜けた兵士が、猫の夢にうなされるとは。
しかし、あの感触は現実だったように思えてならない。
再び布団に潜り込む前に、彼はそっと窓を開けた。夜の空気が冷たく肌を撫でる。その向こうから、どこか遠くで猫の鳴き声が聞こえた気がした。
イワーヌシュカはふっと息をつき、不安のなかでそっと目を閉じた。