神隠し
「神秘を失った現代において、神隠しの殆どは人攫いや口減らしなど人為的なものだったと言われている」
大輪の花が、夜空に咲く。一輪、二輪。光の尾をひいて、夜を光で染め上げる。
その華やかな空の下、常盤は不用物を手に白鳥神社の舞台前へと集まっている人々を少し離れた場所から誠司と共に見つめていた。初めて見る村の住民たちは、思いの外明るい顔をしている。まるで夜明けを迎えたと言わんばかりのその顔に、常盤は複雑な思いを押し殺すことができず大きなため息を吐き出した。
強制的に夢境から放り出されたのが豊穣祭の始まる六時間前。そこから若葉の部屋に飛んでいって彼の無事――目覚めを確かめ、各々の現状を鑑みた上で諸々の報告はとりあえず明日行おうと六人と一匹で決めた。
ろくに睡眠を取れていなかったこともあって精神的な疲労が凄まじかった常盤は、当初豊穣祭へ行く気にもなれず若葉の看病を手伝おうと思っていた。天海御子が残した爆弾発言のせいでもある。
しかし、誠司が豊穣祭に行くつもりだと告げたことで急遽予定を変更した。放っておけば彼は絶対に誰彼構わず突撃取材をしに行くだろう。この村落が犯した罪についてどう思うかといらないことを口走って、根掘り葉掘り情報を得ようとするはずだ。そう断言できてしまう程度には、初手で神主の警戒を招いたあの一件が強烈すぎた。
無論、誠司ひとりが困るのであれば構わない。同行者である常盤まで道連れ的に悪様に言われるのも、百歩譲って容認できる。だが、新橋兄妹や紫苑にまで飛び火されてはかなわない。彼らは今後もこの地で生きていく可能性が高いのだ。誠司の振る舞いで地元民との間に軋轢を生じさせることにでもなれば、幾ら常盤の預かり知らぬところで起こったとしても流石に寝覚が悪すぎる。
結局泣く泣く疲労困憊の身を引きずって、常盤は誠司と共に豊穣祭へ訪れた。とは言っても、白鳥神社に着く頃には時刻は午後八時をまわっていた。宴もたけなわと言うにはいささか早い時間帯だが、祭り自体は終盤を迎えていて目玉である舞を残すのみとなっていた。
せっかくだからしっかり見ようと待つこと数分。
手持ち無沙汰に空いたのか、唐突に始まった誠司の講釈を常盤は止める気にもなれなかった。それほどの虚脱感と遣る瀬無さに見舞われていた。
「飢饉や自然災害が起こるたび、彼等はいらない者を間引いたのだろう。都合の悪いことは全て天海御子に責任転嫁して、召し上げられたと思うことで浅慮にも無罪を装えると考えた。萩原一族もそれが紅葉の神威を高めるならと、間違いを正してこなかった」
「…………醜悪だな」
「人とはそういう生き物だ。他者への行いが我が身にだけは返ることがないと無意識に思い込み、タガの弱い者ほど残虐性を発揮して弱者を虐げる。状況次第ではタガの強い者ですら保身のために迎合する。だがこれに関しては、本能が中心の自然界もそう変わりはない。種の保存の観点からすると、より強い遺伝子を存続させていくために必然的に弱者は環境によって淘汰される。自ら手を下しておきながら他責思考で簡単に同族を切り捨てられるのが人類だけだったという程度の違いだ」
「そうか」
「ああ。これの同系統なら姨捨山、鬱屈と無邪気の共存なら花一匁あたりが考察材料として面白い。機会があれば読んでみるといい」
適当な相槌を気にすることもなく正面を見ながら長広舌をふるう誠司は楽しげだ。
思えば彼は、神隠しに遭ったと言うのに元気すぎる。顔色こそ若干白く疲れが見えるが、言ってしまえばそれぐらいしか普段と変わりがない。寧ろ、餌を与えられた魚のような活きの良さを感じる。
「……お前は気楽でいいな」
「何か言ったか?」
「いいや、何も」
打ち上がる花火の音に、愚痴は溶ける。
夢境にいる間誠司がどう過ごしていたのかは知らないが、常盤の苦悩も、奔走も、彼が知る日は来ないだろう。明日の報告会もどきで常盤が語ることもない。