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地元の少年

 少年は萩原紫苑(はぎわらしおん)と名乗った。白鳥神社の一人息子で、次期宮司だと言う。今は下っ端で勉強中らしく、現宮司の祖父にこき使われる日々なのだと面白おかしく語ってくれた。


 それ以外にも、道中暇を持て余さないようにと気遣ってくれているのか、少年は様々な話をした。

 たとえば、遠目では日焼けに見えた浅黒い肌は、血筋に海外の方の血が混ざっているかららしい。飴色みたいで綺麗だと率直に褒めたら照れくさそうに笑ってくれた。


「それで、二人は何をしにここまできたの?」


 錆びたガードレールが描く緩やかな曲線に合わせて、紫苑の手がハンドルを切る。

 免許を取って間もないと思える年齢にも関わらず、紫苑の運転の腕前は(すこぶ)る良かった。曲がり道の多い山道を走っているわりに車体から伝わる揺れは少なく、寧ろ快眠できそうなほど快適だ。


「少し奇妙な手紙が届いて、その謎を解くためにきたんだ」


 口から出かけた欠伸を誤魔化すために、常盤は懐から封筒を取り出して顔の横で振った。その動作が見えたわけでもないだろうに、へぇ、と紫音が興味深そうに声色に滲む笑みを深めた。


「どんな手紙か聞いても?」

「構わないよ。尤も手紙と言うのも失礼……というのもあれか。うん、とにかく変わった内容でね」


 切り目からメモ用紙を取り出して常盤は文字に目を滑らせる。確認せずとも十分暗唱できる長さだが、こういうのは雰囲気ふんいきが大事だと考えてのことである。


「彼を助けて、と。そう赤いペンで、平仮名で書かれていたのさ」

「……彼を?」

「そう、彼を、だ。しかも同封された地図には印が打ってある。これは気になるだろう」

「…………君は渋っていたがな」


 誠司が横でぼそりとぼやいた。それ以上余計なことを言われる前に常盤は何食わぬ顔で彼の足を踏みつけて、運転席の紫苑の様子を窺った。


 ミラー越しに見える彼の表情は直前までと変わっていない。しかし、どことなく様子がおかしいように思われた。説明しろと言われたら言葉に困るが、緊張している気がするのだ。メモに書かれた内容に触れるまでは興味深そうにしていたのに、今は必死で思考を巡らせているような、そんな気配を感じる。


 誠司の足が動く。踏みつけた常盤の足を無造作に退けて、じっと紫苑を観察している。いや、()()()している。


 奇妙に緊迫した雰囲気が車中に立ち込めた。息をするのも憚られる空気に常盤はごくりと生唾を嚥下する。


「それ、具体的にどの辺りに印がされてたんだい?」


 やや間を開けて、紫苑が尋ねてきた。相変わらず笑みが滲んだ声音だったが、ミラー越しの目は笑っていない。幾つも下の少年に気圧されるのは癪に感じられて、常盤は丹田(たんでん)に力を込めた。


「山頂付近だ。ちょうど、紫苑の家――白鳥神社がある山のね」

「…………そう」


 猫目が笑う。弓形(ゆみなり)にきゅうっと細まって、まるで怖気ついた常盤を揶揄(からか)っているようだ。


「心当たりがあるのか」


 誠司が口を開いた。あまりの大胆さに常盤は開いた口が塞がらない。変化一つ見逃すまいとする姿勢はそのままに、単刀直入に探りを入れるなど怖いもの知らずにも程がある。普通こう言う時はもっと婉曲的えんきょくてきな表現で間接的に尋ねるものだろう。


 気分を害したりはしないかとはらはら見守る常盤を知ってか知らずか、紫苑がきらりと目を輝かせる。


「あると言えばあるかな。それよりお兄さん、探偵か小説家……あってライターさんとかでしょ」

「ああ」


 即答だった。呆気ないぐらい簡単に頷いた誠司に紫苑がご満悦な様子で目をきゅうっと細めた。


「だよね。手紙を受け取ったのはお兄さんじゃないみたいなのにここまで一緒に来てたり、気になったことをすぐ口にしたり、すごくそれっぽい」

「そうだろうか」

「そうだよ。お兄さん、出立ちから何からそんな感じがする」


 出立ち、と言う言葉に釣られて誠司の服装を改めて視認する。草臥れたストライプのカッターシャツに、アイロン不要の生形のズボン。履き潰した革靴に高級そうな懐中時計。オーパル型の眼鏡には落下防止のためかそれなりに洒落た眼鏡チェーンが付けられていて嫌になるほど様になっていた。


 なるほど、言われてみれば誠司は探偵とか物書きとかそれっぽい格好をしているかもしれない。


「怪奇小説を書いている」


 誠司が幾つかタイトルと思われる本の名をあげた。その内の一つは来年映画化が決まっていると、確か昨日見たテレビ番組で放送されていたような気がする。


 そうか、と常盤は目から鱗が落ちる思いで誠治を凝視した。

 いつもふらりとアトリエに訪れるものだからとんだ暇人だと思っていたのだが、彼は彼できちんと就職して働いていたらしい。


 好きこそ物の上手なれ。

 オカルトサークルに所属していたくらいだ。趣味が高じて自ら複雑怪奇な物語を書き出したと言うのは素直に納得できた。


「そうだったのか」


 とはいえ、今になって知った事実が常盤に与えた衝撃は大きかった。意図せずぽろりと驚愕が音になって漏れてしまったのである。


 え、と促音を伴わない間抜けた声が紫苑の口からも溢れた。車体が大きく揺れる。常盤は慌ててアシストグリップに手を伸ばし、振動を凌ぎ切った。

 ごめんという謝罪もそこそこに、ミラー越しに紫音が常盤と誠司を見比べる。


「待って。ふたりは友達じゃないの?」

「「違う」」


 綺麗にはもった。一ミリのズレもなく、気持ちいいほどに同じタイミングで否定の言葉が吐き出される。


 仲良いじゃん、と紫苑が年齢不相応な苦笑いを浮かべた。


「まあお兄さんたちが何者でも僕はいいよ。殺人犯だったりすると困るけど」


 ブレーキが踏まれる。微かな振動とともに、車が停車した。シートベルトを外した紫苑が半身を捩って振り返る。


「買い出してきた物を運ぶのに協力してくれたら、知ってることを教えてあげるよ」


 どうする?と(したた)かに駆け引きを持ちかけてくる紫苑に誠司が無言でシートベルトを外した。どうやら応じるつもりらしい。そこまでして事前情報を得たいのかと思いつつ、一人車中に取り残されるのも気まずく思えて常盤も誠司に倣った。


 数十分ぶりに吸った外の空気は田舎特有の青い香りと森林の澄んだ香りが混ざっていて心地が良かった。肺いっぱいにそれを吸い込んで、吐き出す。


 トランクからいくつか袋を取り出した紫苑が、こっち、と短く声をかけてきた。その手から誠司が三袋ほど受け取って、比較的小さい一袋を常盤に差し出した。お前も持て、と眼鏡の奥で瞳が訴えている。


「無理しなくていいよ」

「いや、僕だけ手ぶらなのも気が引ける。ここは持たせてくれ」


 紫苑の気遣いを遠慮して、誠司から袋を受け取る。青葱や味噌、生姜や魚などの食材が見えた。なんとなく今日の夕飯が想像できた気がして、常盤は咳払いをする。


「じゃあ、行こうか」


 紫苑が笑う。蝉の鳴く声が、木の葉越しに夏の日差しに照らされる少年を眩しく包み込んでいた。

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