お隣少しよろしいかしら?
場は静まり返った。ナイムのミリアムへの評価が、異常に高かったからである。
ナイム曰く、ミリアムとはほぼ互角。ナイムは語る。
「いやさ、殺人鬼ではないんだよ。赤い牙とも敵対しているし。ただ、領地を譲ってあげてばかりもいられないわけ。ミリアム領は西にあって、私の領地を通らないと、物資が補給できない。だから、何度も領地を巡って小競り合いがあったんだよね」
「それで、戦いに?」
フランシスカが促した。
「そうそう。あいつね、魔法が使えるんだよ。火の玉とか。あり得ないでしょ?私が戦った時なんか、氷の柱を私に飛ばしまくっていたよ。あれは殺す気だったね。全部弾いたけど。雷だって使う。魔力が高まったからか、たまに天候が荒れてたよ」
「大魔法使い……」
「そういうこと。まあ、逆に言えば、味方につければそれなりに頼もしくはあるかな」
「何か、仲間にする手がかりはありませんか?」
「うーん……土地くらいしか思いつかない。何かを譲渡するとか。ただアイツ、自分は絶対正しいって信じてる。その上で私と敵対してたんだから、条件飲むかなぁ」
「自分が正しい、ですか」
フランシスカは長考の構えを見せた。自分以外は全て敵。そういう判断を下していても、おかしくないな、と。
なら、どうやって味方につけるのか?
それは……。
「武装を捨てるというのは?」
フランシスカが人差し指を上げながら言った。
「丸腰になれってこと?」
「そうです。無抵抗、不戦の構えの相手を殺すことを、正しいことだと信じるでしょうか?そうは思えない。そこまでの馬鹿なら、仲間になってもらう価値がありません」
「あ、いいね。その考え方。確かに、アイツが馬鹿だったらそもそも戦力にならないわけだ」
「そうです」
「まあ、そうだとしても。誰がその役やるの?下手すりゃ死ぬよ?」
「私がやります」
フランシスカは即答した。ホウオウに僅かな気の動き。
「死にたいの?」
「私は生きます」
「根拠ちょうだい」
「根拠を提示すれば、認めてもらえてるのですか?」
「うん。納得出来る根拠ならね。そうじゃないと、見殺しにするようなもんだし」
「ふふ。根拠はですね……」
フランシスカは笑顔で首を傾げた。
「ありません。そんなものは。それが根拠です」
「……は?」
「人の命がいつ散るか。そんなことはわかりません。だから、人は頑張って生きる。明日死ぬかもしれない。それでも生きる。何が起きるかなんて、やってみなければわからない。生も死も、根拠のないものです。確かに、ミリアムとの交渉で私は死ぬかもしれません。けれど、その死に方なら、私は納得して死ねると思うのです。私が、私の死に対して、満足している。交渉で死ぬなら本望。つまり、これは願いです。あなたにお願いしているのです、ナイム」
「……」
ナイムは短い沈黙の後、フッと笑った。そして言った。
「護衛、何人必要?いつ出発する?」
結局、フランシスカがナイムを説得し、フランシスカがミリアム領に赴く事になった。謎の魔法使い聖女ミリアムの元へ。
ナイムは、護衛をつけると言ってくれた。精鋭である。しかし、フランシスカはそれを固辞した。この交渉、1でも戦力をつければ、意味を成さない。
マリアンヌ、イグドラシル、ディークは反対していた。特にマリアンヌは、激しく反対した。フランシスカの性格に惹かれていたからである。国を変えようとする姿勢に。
だが、それらの意見もフランシスカが一蹴。ホウオウは逆らわない。フランシスカの意向を聞き遂げた。
結果として、なんと一台の馬車、それも乗っているのは御者とフランシスカだけという、まるでノーガードの恰好で、ミリアム領に経つことになった。加えて、フランシスカには戦闘能力などない。
「生きて帰れ」
ディークが、出発しようとするフランシスカに声をかけた。気まずそうな顔である。
「必ず。私は生きます」
馬車は出発した。残りの戦力たちを残して。
一番強いナイムが大声を上げた。
「フランシスカが戻るまで、国に攻め入る支度をするぞ!!」
フランシスカの乗る馬車にて。ミリアム領に突入していた。
異常に、緑が多い。これだけの緑が広がっているのであれば、ナイム領に攻め込む必要もないような、という感想をフランシスカは抱いた。しかし、きっと事情があるのだろう。
馬車の速度が遅い。もう少し、早くならないものか。
「御者殿、もう少し速度を上げてください。このままでは日が暮れてしまう」
「かしこまりました」
ミリアムが言った。『ミリアムが言った』。
「え?」
脊髄反射で声を出したフランシスカ。
フランシスカは馬車の椅子に座っている。その隣に、女性が座っている。
紫色の長髪。魔法のような紫色の瞳。綺麗なドレス。
「ごきげんよう」
女性は言った。しかし、流石のフランシスカも返事が出来ない。
どこから来た?幻術?
「挨拶をしているのですが?」
「フランシスカと申します」
「ほう」
女性、すなわちミリアムが驚いた顔をした。
「なかなか頭の回転の速いお方のようで。失礼しました。私は、ミリアムと申します。元聖女です。貴女が新しく追放されたフランシスカ様ですか」
「ミリ、アム……」
「何をしに来たのですか?」
ミリアムは淡々と喋る。
フランシスカの直感。この状況、おそらく今後に影響する。もし、フランシスカを殺そうと思ったら、有無をいわさず殺せている。
試されている。それしかない。
ならば、説得あるのみ。
「ミリアム様。あなたを説得に来たのです」
「説得とは?手短にお願いします」
「国王を殺します」
「どこの?」
「私達を追放した、忌まわしき国王です」
「……先ほどまで、睡眠でも取られていたのですか?」
意味は、寝ぼけているのですか、である。馬鹿にされている。
だが、フランシスカは畳みかける。
「起きておりました。ミリアム様、状況変化をご存じないかもしれませんが、既に五つの聖女は団結しているのです。六人の聖女で、国王を殺す。貴女が協力してくれれば、叶うかもしれないのです」
フランシスカの臆さない解答。ミリアムの方が驚いたくらいだ。
「……そのようなことが起こっていたとは。五つの聖女ということは、もしや、ナイムも?」
「ナイムも味方です」
「そうですか。それなら、私は手を貸しません。自分達だけで、国王と戦ってください」
ミリアムが冷めた表情で言った。やはり、ナイムと仲が悪い。
馬車が揺れている。ミリアムを乗せているのに、ミリアムの住処に向かっているという、異常事態。




