アクドラ対談
フランシスカはディークに使者を送っていた。これから、あなたの領地に参ります、と。その手紙に、フランシスカは正直に書いた。マリアンヌと協定を結んでいることを。これが功を奏す。
手紙を受け取ったディークは、考え込んでいた。
「ふむ……向こうから来るか。それに、正直にマリアンヌと協定を組んでいることを話している。嘘つきではないが……」
ディークにしてみれば、イグドラシルとナイムが味方とはいえ、フランシスカとマリアンヌの能力は不明。それを考えれば、ピリピリするのも無理はない。
「イルゴール、ヴェルゼ。戦いの準備をしろ。特に、ヴェルゼ。お前は汚名を返上せよ」
「わかってますよ」
こちらも苛立っているヴェルゼ。イグドラシル配下のオルエンに、圧倒的敗北をしたためである。イルゴールに苛立ちは無い。彼は、ディークの参謀とも言える。冷静である。
その場には、イグドラシルも居合わせていた。
「私もお手伝いします、ディーク。貴女一人で、聖女二人に相対するのは、危険です」
「それは助かる。イグドラシル、私の補佐に回れ。会談は私が行う」
あくまで強気の姿勢のディーク。弱さを見せればつけこまれる。彼女はそう考えている。
しかし、イグドラシルも譲らない。
「私も同席します。アクドラの今後を決める未来。参加させていただきますよ」
したたか。そう言えるだろう。勢力争いに介入する姿勢。ディークは飲むしかない。正当性があるからだ。
「……よかろう。変な真似はするなよ」
「勿論」
ニッコリとイグドラシルは微笑んだ。何を考えているのか、怪しげである。
「フランシスカに返事を渡せ。対談しよう、と。その旨を伝えろ、使者よ」
「ハッ」
ディーク配下の密偵は、フランシスカの元へ向かった。
そして、手紙を受け取ったフランシスカは、手紙の内容をよく咀嚼し、ディークとの会談に臨むことになった。ただ、ディーク達と違うのは、マリアンヌは同席しないことである。フランシスカの案で、マリアンヌには周りの見張りを頼むことにしたのである。なにせ、マリアンヌはテレパスが使えるのだ。不穏な動きがあれば、すぐに察知出来る。
聖女の能力としては、確かに弱いように見えるかもしれない。だが、このマリアンヌの能力、果てしなく使える能力なのだ。
「フランシスカ様、アクドラを頼みます」
そう言ったのはマリアンヌ。対して、微笑むフランシスカ。お互いの性格の良さが、共鳴しあっている。
会談の場所は、ディーク領内の村。大変良く作物が育つ土地で、とてものどかである。
家は藁や木で作られており、緑が多い。まさに、辺境の村といった感じだ。
村の者たちは、ディークの来訪、そしてフランシスカとの会談を知り、慌てて祝宴の準備をしていた。
たくさんの良質な米、みずみずしい果物。本来、村の者たちのご馳走だったが、ディークが来るとなると、まったく話が違う。村人たちはディークのためならなんでもやる。それくらい、ディークの内政術は優秀だった。
ディーク隊が村に到着。村人たちは、歓喜の表情で、ディーク達を出迎えた。
悪くは無いな、といった表情のディーク。イグドラシルは、あまりの人気に驚いていた。
「この村でフランシスカ達を待つ。村の者!戦いになるかもしれぬ。下がっていろ」
「私共に出来ることは、何もないのでしょうか?何か、ディーク様の力に……」
「気持ちだけで十分だ。それに、この祝宴、感謝する。案ずることは無い。安全に見守っていればいいだけだ。さて、フランシスカはいつ来るか……」
珍しく、村人たちに対しては笑顔のディーク。
それが、彼女の素の姿。
忌々しい国王が、ディークの性格を捻じ曲げたのだ。
国王は、ディークの四天王の指輪の能力を、人任せの役立たずだと罵倒した。
それでも、ディークは、内政において重要な人物に指輪を渡し、祈り、頭脳で貢献していた。ずっと、ずっと、祈っていた。
だが、見捨てられた。使えない聖女。結果を出さない。彼女の心の棘は、取れないだろう。
フランシスカ達は、マリアンヌ隊をやや後方に置きながら、ディークの指定した会談場所へと辿り着いた。妙に閑静な村だったので、少し拍子抜けした感じだ。
フランシスカが先頭。後ろにシュクレとホウオウがついている。
シュクレは忠告をした。
「フランシスカ殿、危なくなった時の引き際は、手筈通りにしたほうが良いかと。ホウオウ殿に前線を任せ、我々が先に逃げる。我々が残っていれば、ホウオウ殿の足手まといになる。ホウオウ殿なら、一人でも死なないはずです」
「わかっています」
そう答えたフランシスカ。その言葉に含まれた、ホウオウへの絶対の信頼。
「行きましょう」
フランシスカが歩みを進める。村人が多いな、と感じていた。
村の中の、一番大きな屋敷の中。木と藁で作られた、テントにも似た建物に、フランシスカは入った。
既に、建物の中には人が大勢いた。恐らく、ディークもいるのだろうと推察。
しかし、臆さないフランシスカ。凛々しいままの表情。
「フランシスカ、参りました。ディーク殿は?」
「私だ」
挙手をするディーク。軽く。
横から、イグドラシルも口を出した。
「私はイグドラシルです。フランシスカ様、御機嫌よう」
そのイグドラシルの言葉に、フランシスカとホウオウ、シュクレの背筋がピリッとした。
聖女が二人。ある程度、予想はしていたが。
立て直すフランシスカ。
「二人の聖女様が並んでいるのですね」
「マリアンヌはどうした?」
問いかけるディーク。
「村の外です。何も、マリアンヌまで危険を冒す必要は無いでしょう。私一人で充分です」
「危険……我々が、凶行に及ぶかもしれない、ということか?」
「とんでもない。しかし、どんな時もなんらかの可能性は考慮すべきだと考えています。それが出来ないなら、単なる無関心な人間です。配慮というものがあります」
「正しい」
ディークはトントンと膝と叩いた。
そして、酒の入った杯を手にした。
「まずは、我々に乾杯といこうか。フランシスカ、お前の狙いは、後で聞き出す。村人の作った酒だ。飲むがいい」
ディークの勧め。それに対してシュクレは、もしや毒が、と案じた。
しかし、そんなシュクレを無視して、フランシスカはノータイムで杯を手にした。
「我々の出会いに乾杯を」
ディークより早く飲み干したフランシスカ。美味しいお酒であった。
「ほう。胆が据わっているではないか。毒が入っているとは、思わなかったのか?」
「それは無いでしょう。そんなことをするくらいなら、さっさと私を串刺しにしてしまった方が早いです」
「その通りだな。フランシスカ……なかなか見どころがありそうだ。面白い」
ディークはフッと笑った。賛辞である。
「ディーク、貴女は何故、イグドラシルと一緒にいるのですか?」
先制攻撃のフランシスカ。腹の探り合い。
「安全が必要なのでな。アクドラは、今大いに動いている。これまではパワーバランスの維持のため、動けずにいたが、事情が変わった。聖女どうしで組んでも問題あるまい?」
「そうですね。私も、マリアンヌと協定を結んでいますし……。……協定を結んでいるのは、イグドラシルだけですか?」
フランシスカの直感。
「質問の意図が読めない」
「聖女はまだ、ミリアムとナイムがいるはずです。その人物たちと、繋がりは無いですか?」
「面白い質問だな。だが、お前が私の立場だったとして、その質問、答えるか?みすみす相手に情報をタダで渡すようなもの」
「返答しないということは、何かあるのでは?」
シュクレが口を出した。その裾を引っ張るホウオウ。
「黙ってろシュクレ」
言われた通り黙る。
「ディーク、あなたは正しい。私だったら、迂闊に情報はバラさないでしょうね。ミリアムとナイムについては、保留にさせていただきます」
「察しが良くて助かる。それで……貴様の狙いは、一体なんなのだ?アクドラを支配するつもりか?マリアンヌと組んで」
「私の狙いは……」
フランシスカが一呼吸置いた。
「国王を殺すことです。アクドラ全体の聖女をまとめ上げ、あの忌々しい国王を殺し、あの国を平和に導くことです」
「国王を殺す?」
ディークはフッと笑った。買い被りすぎたか、というように。
「国王の強さは知っておろう。聖女で勝てる相手ではない。本気でその主張を通すつもりか?」
「はい」
ノータイム。




