視力の差
大きな動きがあった。イグドラシルが、ディークに接触されるよりも早く、逆にディークに対してアプローチしたのである。奇襲を防ぐためもある。
ディークは快く承諾した。赤い牙と手を結んでいたのは一時的で、スケッチを購入しただけのこと。イグドラシルはそれを知らない。
会談は、ディーク領とイグドラシル領の境で行われることになった。
ディークはイルゴールとヴェルゼを従え、イグドラシルはオルエンを従える条件。ナイムは自領に戻っている。ミリアムの動きが気になる、とのことだった。
先に会談場所に辿り着いたのは、ディーク達。布陣は展開しておらず、兵も広げていない。
会談場所は、元コロッセオ。廃墟と化した闘技場。淡いクリーム色の建物なのだが、所々破損している。
ディークはそのコロッセオに足を踏み入れた。イルゴールとヴェルゼもついてくる。
周りを見回すイルゴール。
「ディーク様、油断なさらぬよう。イグドラシルの罠かもしれません」
「わかっている。そう緊張するな。いらぬ緊張は身を滅ぼす。我らは弱くはない」
「ナイムも来てくれたら良かったんですけどねぇ」
ヴェルゼの薄笑い。余裕がある。
「そう言うな。ナイムはミリアムを見張らなければならない。この会談に、不要と判断した。それに、手の内を開かす必要もない。ナイムとの協定はバレてはいないはず。手にしているカードは多い方が良い」
「まあ、そうかもしれませんね。さて、お出ましの様ですよ」
「ほう。視力が上がったか、ヴェルゼ」
「ほんの少し……ね」
ククッとヴェルゼは笑った。ヴェルゼが目視したのは、イグドラシル部隊。ディークとイルゴールには、まだ見えていない。
コロッセオへと進むイグドラシル達。オルエンが手を額にかざし、遠くを見ていた。
「1、2、3……三人いますね。先頭に。後ろに護衛もついている。イグドラシル様、本当に接近して大丈夫っすか?」
オルエンが言った。ヴェルゼの視力を上回る。
「構いません。ここで滅ぶのなら、どの道でしょうね。状況が変わってしまった。もう、均衡などという日和見はしていられない。どこかで行動を起こさねばなりません。安全の理由は一つあります。ここで我々が騙し討ちにあった場合、その情報は他の聖女に知られる。そうなれば、ディークの破滅は必定でしょう」
「それ、聞きましたけど……危なくないっすか?他人に生殺与奪の権を握らせているようなもんすよ。あくまで自分達だけの力で乗り切らないと、ダメなんじゃないすか?」
「疑った上での信頼です。追放されたとて、元聖女。その心には、確かに聖女としての自覚があるはず。国王の仕打ちで荒んでしまったとしても、聖女足り得る人物であることを信じています」
「ディークが攻める準備をしていた。それでもですか?」
「事情を聞くのが私の務め。オルエン、少しお黙りなさい」
「失礼」
ヒュッと少し口笛を吹き、オルエンは黙った。
進む。イグドラシル部隊が、コロッセオへ。
余談だが、イグドラシルの自覚の云々はともかく、イグドラシル部隊の優秀さは、ディーク部隊を優に上回っている。イルゴールとヴェルゼは別だが、全体の兵士の士気、強さを考えると、イグドラシルに分配が上がる。
コロッセオの入口。破損している闘技場。その中、入口、境界線をイグドラシルは踏み越えた。既にディーク、イグドラシル共に、お互いの姿が見えている。
「止まれ!イグドラシル!」
イグドラシルが歩みを進めていた中、ディークが大声で張り上げた。過剰な接近をさせないつもりだろうか。
言われた通りに止まるイグドラシル部隊。
静寂。
睨み合い。
口を開いたのは、イグドラシル。
「ディーク!私達は貴女に投降し、貴女達の軍門に下ります!」
それを聞いたディークが眉を顰めた。予想外の展開。
まるで、ディークの敵意がバレているかの様。それに、気になる。諦めが早すぎる。
騙し討ちか?一瞬、疑う。イルゴールへと、警戒のサインを送るディーク。
そして、イグドラシル部隊に向けて、歩み始めた。距離を縮めていく。
迫る距離。お互いの顔が良く見える、お互いの戦いが始められるくらいの距離まで。
「ディーク、お話があります」
「言ってみろ、イグドラシル」
「貴女が私たちに敵意を持っていることは知っています。その上で……戦うくらいなら、投稿することを誓います。無駄な戦いは御免です。その代わり、条件を提示させてもらいたいのです」
「……言ってみろ」
「第二聖女、ナイムの行動についてです。ディーク、貴女はナイムと最近接触しましたか?」
「……だとしたら?」
「私の聖女の能力をお教えします。私は未来の予測をする、水晶玉を持っています。その水晶で見えた未来に、おかしな光景があったのです。第二聖女ナイムが、国王の前で血濡れで倒れている未来です」
「……」
「信用出来ませんか?」
「出来る出来ないの問題ではない。考える時間を寄こせ」
言葉通り考えている。
基本的には信じる。嘘をつく必要のない内容だったからである。
当然次の疑問が浮かぶ。何故ナイム?国王に反旗を翻しているということか。
水晶玉とやらが本物なら、ナイムは殺されることになる。もっと、情報を引き出したかった。ナイムが心配だったのと、ディーク自身がナイムと関りがあったからである。
「水晶玉の信憑性は?」
「私がそう言っています」
ピシャリ。イグドラシルに迷い無し。




