第四聖女ディークの名の元
「協定だと?お前と?」
ディークは予想外の展開に驚いていた。どの形であれ、対立する形となると思っていたからだ。
「そうそう。私、これでも困っているんだよね。西の領地に、ミリアムがいるでしょ?あいつ強いんだ。協定を組めば、後ろも任せられるし、戦力を集中出来る。ミリアムさえ潰せれば、ある種の悲願達成」
「それはお前の都合だろう。私たちに、何の見返りがあるというのか」
「イグドラシル領」
ナイムは肩をすくめた。
「イグドラシルが襲ってくることになれば、私たちは全力で補佐をする。加えて、マリアンヌとフランシスカが何かやらかしたら、ディークの味方になってあげる。どう?」
「……」
ディークは腕を組んだ。気難しそうな表情。
「信用出来ない。現に、私に脅しをかけたし、現在進行形でマリアンヌ領へと侵入を妨害している。言ってることと真逆ではないか。今、協定を結べば、通してくれるとでもいうのか?」
「うん」
即答だった。
「……返事が、ノーだった場合は?」
「それでもディーク次第。ここで私と戦うか、尻尾巻いて逃げるか」
「随分と余裕だな、ナイム」
イルゴールが前へ出た。怒っている。
「よい。下がれ、イルゴール。ナイム、貴様は我が軍に勝てると思っているのか?」
「思ってる」
即答。
「貴様……」
ここまで言われたら、プライドに傷がつく。だが、ディークは極めて冷静を保とうとした。聖女たる者、上に立つ者、その振舞い。資質が求められる。
考える。ナイムへの敵対心を捨て、ナイムに協力した場合、どうなるか?
ナイムはミリアムを攻めるつもり。ディークとミリアムは争ったことは無いが、ナイムが苦戦している時点で、強大な力を持っている。噂も絶えない。
その戦場に配下が投げ出されたら、守り切れるだろうか?危険な目に……。
メリットを考える。ナイムはイグドラシルから守ってくれると言っている。だが、第三聖女イグドラシルは、それほど好戦的な人物ではない。話をしたこともあるが、穏やかだし、攻め入られたこともない。メリット無し。
だが、もう一方。フランシスカとマリアンヌの協定に対抗できるというのは、助かるというのが実情だった。組まれていたら、ディーク領は非常に危うい土地にあるのだ。
三割。ナイム側につくメリットが、それくらいしか無いと判断。だがしかし……。
目の前にナイムがいる。その現実は変わらない。条件を飲まなければ、戦うか、惨めな姿を見せるかの二択しかない。
話は広がる。ナイムの言っていることが、非常に気がかりだったのだ。ミリアムの強さ。
ディークから見れば、ナイムは最強に値した。だが、ナイムはミリアムに苦戦しているという。ミリアム領は、ナイム領の隣にある。ここで申し出を断った場合、今後ナイムの助けは見込めない。第一聖女ミリアムと万が一にも戦うことになった時、自分たちだけで戦うしかない。ミリアムの強さが見えてこない。
すべてが、ナイムの思い通りになる選択肢しか見えない。だからこそ、コンタクトを取ってきたのだろうが。
俯くディーク。しかし、毅然と前を向く。
「よかろう。ナイム、貴女と協定を組む」
「ディーク様!?」
イルゴールが、めずらしく大きなリアクションを取った。
「なりません!!この人物は信頼には値しない!!ディーク様は、堂々としておられればいいのです。戦うのは我々の役目。組む必要は」
「黙れ。第四聖女ディークの名の元、決断しているのだ。否定は私への侮辱とみなす」
「ディーク様……」
俯くイルゴール。隣のヴェルゼは、内心安心していた。早死には御免だからな、と。
「頭の回転は私より速いみたいだね。この短い時間で、数パターン構想したんでしょ。そう、組むしかない。そういう協定なんだよ、これは。そして……ありがとう、協定を結んでくれて。今後ともよろしくお願いします」
にこやかに笑うナイム。話し方も柔らかくなっている。得体のしれない人物である。




