それ間違ってない?
ホウオウとナイムが対峙する形になっている。だが、ホウオウは相手がナイムだとわかっていない。ただ、とても強い人物だとしか、認識していない。
ナイムは認識した相手を殺すことが出来る。一種の縛りがあるが。その時点で、ホウオウに勝ち目はほぼ無かった。
ナイムは片手で剣を引き抜き、構えている。右手はポケットの中。左手一本で戦うつもりらしい。しかし、構えに隙は見当たらない。構えてるのは東方の剣。
ホウオウは仕掛けない。冷静に、相手の弱点を探していた。
だが、無い。ナイムの構えに隙が無い。待ってばかりもいられない。こうしている間にも、マリアンヌにディークが接近されてしまうかもしれない。
ここは、押してでも。ホウオウはそう判断した。逃げる決断。
正面側に陣取られているが、左右どちらか、抜け道はある。
この相手と戦ってはならないと、ホウオウの直感が囁いていた。木々に囲まれている彼女。
「惑わすこと林の如し」
そう呟いた。その言葉で、ホウオウの分身がいくつも作り出された。
全てが分散。その時間を使って、ホウオウも前に向かって突破を試みた。
ナイムはニコニコしている。赤いおかっぱのナイム。
「無駄なんだな、それ」
そうナイムが告げた直後、ナイムが消えた。さっきまでいた位置にいない。気配が消えた。
消え……。
直後、ナイムはホウオウ本体の真横にいた。
横を見るホウオウ。ナイムが笑っている。
ゾッとした。
「君、名前は?私は第二聖女ナイム。うん、君は結構実力者だと思うよ。そうだねぇ……あと五年も修行すれば、私に追いつくかな?金の卵だね。まあ、返答次第では、ここで死ぬんだけど」
ホウオウはそれに対して構えた。反面ナイムは笑う。
「おやおや。名乗らないのかい?」
「ホウオウ」
「よろしい。君、フランシスカの部下だよね?」
その言葉に、ホウオウに僅かな焦り。知られている。スケッチは、こいつの元へ渡ったのか?あるいは、気配を消して自分たちを見ていたのか?
だが臆さない。弱みを見せてはならない。
「フランシスカの部下だったら、どうする?」
「うーん、情報を喋らせるよね。普通に考えて。だって私は聖女だし」
「悪いが、付き合っている時間は無い。確かに、私では勝てないかもしれない。しかし、ただ朽ち果てるつもりもない。相手になろう」
「まあまあ、落ち着いて。情報が欲しいんだ。何度も言うけど。そう、フランシスカに……赤い牙と戦う覚悟があるのかどうか、知りたい。まだ存在すら認識していないかもしれないけど。赤い牙っていうのは、金さえ貰えば、なんでもやる連中。個人的にはね、あいつらさえアクドラからいなくなればいいと思うんだよ。だって、そうでしょ?善悪の判断を自分でしない。金が全て。間違ってない?」
「間違っているとは思うが」
「そうでしょ?じゃあ、その悪は潰さないと。個人的にはミリアムも気に食わないけどね。一時期、お芝居の小競り合いをミリアムとやったけど、アイツ、隙あらば私を殺す気だったな。おっと、ごめんごめん。そっちにも情報が足りていないんだよね。そう……何か、聞きたいことある?」
「まず、お前は一体何者なのか、かな」
「何度も言うように、第二聖女のナイム。土地は、ミリアムとディークに囲まれている。あんまり豊かではない。剣なら誰より強い。他には?」
「お前は私の敵なのか?」
「ナイムでいいよ。敵かどうか?現状だと、中立かな。どうしようもない無能なら、ここで斬り殺していたかもしれないけど、それは惜しいなぁ。だって、ホウオウ君、君強そうなんだもの。飼ってあげたいな」
ナイムはホウオウの頭を撫でた。ホウオウは動けない。神経は擦り減っている。
考えるホウオウ。もう、情報を公開しておくべきか。自分の持ってる情報を。ここを突破出来たとしても、この超一級危険人物が、フランシスカに接近してしまう可能性が高いのだ。ナイムはガラハの森での出来事もお見通し。それなら、フランシスカとマリアンヌの関係性を白状してしまうのも、あり。全て、ホウオウの選択にかかっている。
言う。情報はナイムに全て伝わる。
言わない。ナイムはなんとしてでも情報を得ようとする。
決断。
「私はフランシスカの部下で間違いない」
言った。正面突破。正直に話す。
「部下なのね。それで、今、何をしようとしているのかな?」
「マリアンヌがディークに狙われている。マリアンヌに、どうしても伝えなければならないことがある。だから、無駄な時間は取ってはいられない」
語るホウオウ。実力はナイムの方が上。ならば、話すしかない。言葉を交わすしか。
「ん?思ってたのと違うな。マリアンヌに何を伝えたいの?」
「嘘をつかないように」
「嘘をつかないって、誰に?」
「第四聖女ディーク。マリアンヌとフランシスカは協定を結んでいるが、協定は結んでいないと、マリアンヌは言うつもりらしい。それだけは避けねばならない。ナイム、貴女を退けてでも」
「あ、そう……。なるほどね。遠距離で交信出来る、何かがあるのね。うん、そういう理由なら、見逃してあげてもいいかな。要は、嘘をつかせたくないってことでしょ?協定組んでないっていう嘘を」
「その通り」
「それは正しいよ。マリアンヌのしようとしてる事なんて、裏切りじゃん。そんな聖女のいう事なんか、誰も信じてくれないよ。マリアンヌなぁ……。武術でも学べばいいのに」
やれやれ、といった様子で、ナイムが肩をすくめた。
そして、続ける。
「ホウオウ君、君、行っていいよ。見逃してあげる」
「何故、見逃す?」
「可愛いから」
ナイムはホウオウの頬を撫でた。生きた心地がしない。
「フランシスカにも会うつもりだったけど、帰ろうかな。ディークがマリアンヌを攻めるつもりなら、周りを見張っておかないとね。日和見のイグドラシルはともかく、ミリアムが怪しいんだな。ああ、最後に聞いておくけど」
「なにか」
「私って、間違っていると思う?」
ナイムの問い。ホウオウは返事を考える。感じる。
「思わない、かな。別に悪い行動をしているわけでもない。情報を聞いているだけ。マリアンヌの側に非があるというのも、頷ける。少なくとも、私から見て悪ではない。少しばかり怖いが」
そのホウオウの言葉に、ナイムは笑顔になった。
「うんうん、そうだよねぇ。私は間違った行動は嫌いでね。じゃあ、早く行った方がいいんじゃない?ディークとマリアンヌが接触する前に」
「ナイムが邪魔をしているのだが」
「ああ、ごめん。私も帰るわ。忙しいね、お互い」
そう言うとナイムは足早に、ガラハの森を駆けて行った、移動スピードが尋常ではなく早かった。
ホウオウはため息をついた。安堵の溜息である。なんとかなったが、戦っていたらどうなったかと思うと、生きた心地がしなかった。




