知略と武力の戦場
第四聖女、ディークの城。砦ではない。城である。マリアンヌ領、それに加えてイグドラシル領、ナイム領と繋がっているディークの土地では、堅牢な守備が必要とされていたからである。
水色のロングヘア、ディークが城内で椅子に座りながら、外の風景を眺めていた。服装は緑である。穏やかな服装だと評価出来るだろう。
彼女は窓の外を見ている。どこか遠くを見つめるように。
その室内に、ディークの部下がやってきた。赤いマントを引っさげた、中年の男性である。
「ディーク様、マリアンヌ領への突入のタイミングは整いました。いかが致しますか?すぐにでも経てますが……」
「もう少し待って。マリアンヌからアクションがあるかもしれない。マリアンヌの密偵を敢えて見逃したのは、彼女の動きを探るため。我々が、マリアンヌ領に向かうという事は、十分に伝わっているでしょう。その動きを知った上で、どう動くか。何しろ……こちらには、高い金を出して買った、赤い牙のスケッチがありますからね。フランシスカとマリアンヌは協定を結んでいる。何故、追放されたばかりのフランシスカが、こんなに早く協定を結べたのかは、謎だけれど」
淡々と語るディーク。いわゆる、様子見をするつもりのようだ。
彼女は、聖女として国にいた時も、いわゆる中立的な立場を保ちたがる人間だった。
善でもなく悪でもない。中立。徹底して中立。そんな性格だから、三つの領地に囲まれていても、バランスを保てていたのかもしれない。
だが、そんな彼女も、聖女同士の協定までは見過ごせなかった。別に、気に入らないとか、そういう気分の問題はない。
パワーバランス。それが崩れるのを恐れたのだ。聖女は強い力を持っている。一人でも厄介なのに、それが協定すると、二人になってしまう。マリアンヌ領と隣接しているディークは、止む無しで、赤い牙のスケッチを買ったのだ。
何故か。選択肢が無いのである。マリアンヌが協定を結んで、ディークを潰しに来れば、為すすべ無し。マリアンヌとフランシスカに轢き殺される。
あるいは、自らも協定に赴き、三人の聖女となってしまうか。これも論外。理由は、ダメージを負うのは、ディークの役目になるからである。フランシスカとマリアンヌはぬくぬくしていられるかもしれないが、ナイムとイグドラシルに隣接しているディークは狙われるのだ。土地の関係上、論外なのである。
結果、ディークは決断をした。中立の彼女。マリアンヌ領への侵攻を決めたのは、あくまでも、最初にマリアンヌが協定をフランシスカを結んだという行いの影響である。そういう理屈。間違ってもいないし、また正しいかどうかもわからない。
ディークも元聖女だっただけに、特殊能力を持っている。
『四天王の指輪』。
ディークが所持している、四つの指輪。それには、ディークの魔力が込められている。
「四天王の指輪を誰が身に着けるか、少し考えています。気が散るので、部屋から出ていくように。静かに考えたいのです」
「御意。御用があればいつでも」
「感謝する」
淡々としているティークだが、言葉の本質は、実に律儀である。
「さて、あの気弱がどう出るか」
ディークの呟き。マリアンヌのことである。
一方、ディーク領から離れた所にて。ホウオウは、馬で駆けていた。森を抜けるまでは、馬に乗っていた方が速い。森に到着したら、置いていく算段。
ガラハの森に、足早に到着。ホウオウは馬から降り、ガラハの森を通過し始めた。
道のりは覚えている。記憶力が抜群に良い。
木々の間を、東方の忍のように駆けてゆく彼女。周りには誰もいない。
ただ、現状いなかったというだけの話である。
森の先に、いたのだ。スケッチをしていた敵ではなく、遠く、遠くからフランシスカ達を視認していた、一人の人間が。
駆けているホウオウに、悪寒が走った。明らかな敵意。悪意?
気配を探す。すぐに見つけた。しかし、わざと気配を強めているようにすら思えた。
何故、ホウオウクラスが悪寒を感じたのか。彼女に取って、初めて感じるような、恐怖にも似た感情を覚えたから。
死。それに近いかもしれない。
「見っけた」
相手の人物は、赤髪のおかっぱ頭である。黒い装束を身にまとっている。そこまではわかった。
ホウオウが深呼吸。木の下で構えを取った。
こいつを突破しないと、進めない。そんな緊張。
相手は、右手をぶらぶらさせて、その手を服のポケットに突っ込んだ。
意味するところ、片手で相手をしてやる。そういうことである。
そんな挑発を受けても、ホウオウの感情としては、焦りの方が強かった。
何者なのか?何故ここにいるのか?
立ちはだかっている相手が何者なのか。
第二聖女ナイム。アクドラの剣豪である。




