疾風の彼女
視点は変わり、第五聖女マリアンヌの場所。マリアンヌは焦っていた。密偵の報告が、ディークの敵対を示唆するものであったから。
急ぎ、フランシスカにテレパスを送った。フランシスカが、自分の領地に辿り着いていることを、願うばかりだった。それでなければ、救援要請は無意味となる。
マリアンヌは、ディークの能力を知らない。対して、自分はテレパスしか持っていない。
不安。それは今までも感じてきたもので、特にディークに対してはそうだった。
領地が隣接している。他の聖女たちは、ある程度離れた距離にいたが、マリアンヌとディークは、土地の関係上、隣接しているのである。
だが、マリアンヌ側から見れば、ディーク領は確かに隣接しているが、ディークは、ナイム、イグドラシルとも隣接しているのだ。マリアンヌを攻めるとなれば、自然と、ナイムとイグドラシルに対して、勝手を許す。兵力を分けるのだから。
マリアンヌは考え込んでいた。紅茶も進まない。焦っていると言える。
彼女は馬鹿ではない。どうすれば、戦いを逃れられるかを考えていた。あの、水色の髪をしたディークを、どう抑え込むか?
マリアンヌは、スケッチの人物を知らない。敵に情報が洩れていると気づいていない。
「私は、だれとも協定を結んでいない。そう言い通すしかなさそうです」
マリアンヌが言った。
しかし、それは史上類を見ない悪手。何せ、最悪なことに、スケッチは他ならぬディークに渡っていたのだ。あの、ガラハの森で、フランシスカと、マリアンヌの護衛達が共闘している姿が。しかしマリアンヌは気づかない。当たり前である。そんなことは想定外。
彼女の頭が悪いのではない。致命的に運が悪い。
「皆さん、領地から出てはなりません。ここに籠城し、ディークの襲来を待ちましょう。こちらから仕掛けることは、しないでください。以前も、ディークと二つ、三つの話をしたことはあります。その時には、戦いにはならなかった。今回も、それを目指します。問題なのは、赤い牙。彼らに対しては、攻撃を許可します。確認が取れれば」
マリアンヌが部下に対して言った。そして、テレパスをフランシスカに送った。
『我々は協定を結んでいない。フランシスカ様と関りはない。それで通します。そちらもお気をつけて』
この内容。これを、フランシスカに送った。
それを、紫水晶で受け取ったフランシスカ。既に、フランシスカ領を立っているフランシスカ軍。
いけない!!
フランシスカが、珍しく焦った。マリアンヌのテレパス。ダメ。致命的にダメ。
マリアンヌが知らないものの、既にフランシスカとマリアンヌの護衛の共闘は、目撃されている。それなのに、ディークに嘘をつけば、マリアンヌは大噓つきになる。そして、二度と信頼されなくなるだろう。あるいは、そのまま怒りの任せて領地を押しつぶされるかもしれない。
選択肢がほぼ無い。急ぐしかない。だが、フランシスカ軍は徒歩である。道中にガラハの森、ガラハの洞窟があり、馬では移動できない。数頭連れてはいたが、それも途中で置いていくつもりだった。
どうする?どうする?
焦り。それを察したホウオウ。
「マリアンヌのテレパスか?」
「そう。こういう内容」
フランシスカは端的に話した。聞いたホウオウも、流石に少し動揺したようだった。
だが、すぐに立て直す。
「私が先行して、マリアンヌに伝えてこよう。私は徒歩でも、俊足で移動できるつもりはある。とにかく、知らせるのが最優先事項だと思う。こちらの兵力は大丈夫だろう」
「……そうね。ホウオウの足なら……お願いするわ。一刻も早く、そう……」
フランシスカは喋りながらも、考えていた。伝達事項。
戦うのはマズイ。マリアンヌに被害が出る。それなら……。
「ホウオウ、マリアンヌに、戦わないように伝えて。貴女も、極力戦わないように努めて。私とマリアンヌが協定を結んでいることは、ディークに話してもいい。スケッチのことも含めて、そのことを伝えて」
「わかった。他には?」
「いざとなれば、貴女一人で戦って。マリアンヌを戦わせてはならない」
フランシスカは、いかにも残酷なことを言った。
しかし、ホウオウから見れば違う。本当に信頼されているという、充実の証だった。
「すぐに出る。フランシスカ、無事で」